大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

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研究成果

南極航海中の船酔い研究 ~呼気中の二酸化炭素濃度との関係

2017年10月16日
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所

第54次南極地域観測隊(隊長:渡邉研太郎、活動期間:2012年~2014年)の長谷川達央隊員(医療担当)を中心とする研究グループは、南極航海中に生じる船酔いの重症度と呼気に含まれる二酸化炭素濃度との関係を調査し、船酔いをしない、あるいはしても軽度で済む被験者群と、重度の船酔いを発症する被験者群で呼気中の二酸化炭素濃度に差異があることを明らかにしました。

研究グループは、南極観測船「しらせ」船内で、観測隊員を被験者とし、船酔いの重症度アンケートの実施と呼気中の二酸化炭素濃度の測定を行いました。その結果、船酔いの症状が無かった、または軽度ですんだ被験者群では、重度の船酔いになった被験者群よりも、乗船後の呼気中二酸化炭素濃度が有意に高くなりました。

今回の結果から呼気中の二酸化炭素濃度を計測し、船酔いが重度になりそうな人をあらかじめ予想することで、船酔いの予防薬の適正使用につなげられる可能性があると期待されます。

研究の背景

図1:南極観測船「しらせ」での激しい航海のようす。艦橋から甲板を見たところ。

南極地域観測隊は、オーストラリアから南極観測船「しらせ」に乗り、南極・昭和基地へ向かいます(図1)。乗船中に生じる動揺病(いわゆる乗り物酔い)は、単に不快なだけでなく、繰り返す吐き気などのため、船内で調査研究を行う隊員達の業務効率を低下させる原因になりえます。動揺病の研究を進めていくためには、客観的な動揺病の指標が求められますが、これまで、有用な指標はあまり見つかっていませんでした。

そのような中、自動車や実験室内の装置を用いた実験で、動揺病を発症すると呼気中の二酸化炭素濃度が低くなる、という報告があります。今回、研究グループは、動揺病の中でも特に発症する人が多い船酔いにおいて、この動揺病と呼気中の二酸化炭素濃度の間に関係性がみられるのか、そして有用な客観的指標になりえるか、を調査しました。

方法

第54次南極地域観測隊員に被験者として参加してもらい、南極観測船「しらせ」がオーストラリアのフリーマントルを出港した日から3日間にわたって、3-4時間ごとに被験者に船酔いスコアリング(SSMS:乗り物酔いの重症度のアンケート、)と呼気中の二酸化炭素濃度測定を実施しました。

結果と考察

被験者14名より連続したデータが得られました。全被験者の全データをみると、船酔いが重度なほど呼気中の二酸化炭素濃度が低い傾向が見られました(図2)。しかし、重度の船酔いになった被験者(SSMSの最大値が5以上)をピックアップしてそれぞれに調べたところ、船酔いの症状の有無・重症度による呼気中の二酸化炭素濃度の変化は見られず、船酔いの症状が進行するにつれて呼気中の二酸化炭素の濃度が低下したのではないことが明らかになりました(図3)。

図2:全被験者での全データでの船酔い重症度と呼気中二酸化炭素濃度の関係

図3:各被験者での船酔い重症度と呼気中二酸化炭素濃度の関係

次に、被験者を船酔いの重症度に応じて2群に分け、呼気中の二酸化炭素濃度を比較しました。調査中に船酔いの症状が無かった、または軽度だった被験者群(SSMSの最大値が4未満; 7名)では、重度になった被験者群(SSMSの最大値が5以上; 7名)に比べて、航海中の呼気中二酸化炭素濃度が高い傾向がみられました(図4)。この差は出港前には見られませんでした。この航海中の呼気中二酸化炭素濃度の差異については、船酔いの症状が無い、または軽度で済む群の中に船の揺れる環境にさらされたときに、おそらく無意識的に呼吸のテンポを遅くして船酔いに対応しようとした人がいたため、呼気中二酸化炭素濃度が高くなった結果、生じたのではないかと考察しました。

図4:船酔いが無し、または軽度だった被験者群と重度だった被験者群の呼気中二酸化炭素濃度の比較

今後の展望

船酔いは南極海航海中の医務室受診理由の40%を占め、観測隊行動中の医療における課題のひとつです。南極観測だけでなく、一般に船上での業務に従事する人や、船旅を楽しむ観光客にとっても、船酔いは大きな問題です。

船酔いに対する薬としては予防薬として症状が出る前に飲む必要のあるものが多いのが現状です。しかし、船酔いの予防薬は眠気や集中力の低下などの副作用を持つものが多いため、船酔いになりやすい人を選んで船酔いが出る前に投与することが理想的です。

前述の自動車や実験室での使った先行研究では、乗り物酔いを発症すると呼気中の二酸化炭素濃度が低くなっており、今回の結果(船酔いが無し、または軽度の人は、航海中に呼気中の二酸化炭素が高くなる)とは異なっていますが、今回の成果をもとに研究が進展することで、乗船後の呼気中の二酸化炭素濃度を計測して重度の船酔いになりそうな人をあらかじめ予想し、船酔いの予防薬の適正使用につなげられるなどの可能性があると期待されます。

SSMS(subjective symptoms of motion sickness):
嘔気・ふらつき・頭痛・発汗などの動揺病の諸症状の強さをアンケート調査し、各症状の強さを加算して主観的重症度を評価する方法。点数が高いほうが重症となる。

発表論文

掲載誌: Auris Nasus Larynx, 44(5), October 2017
タイトル: End-tidal CO2 relates to seasickness susceptibility: A study in Antarctic voyages
著者:
長谷川達央(第54次南極地域観測隊 隊員(医療担当))
大江洋文(第54次南極地域観測隊 隊員(医療担当))
瀧正勝(京都府立医科大学 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学教室 学内講師)
坂口博史(京都府立医科大学 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学教室 准教授)
平野滋(京都府立医科大学 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学教室 教授)
和田佳郎(奈良県立医科大学 耳鼻咽喉科学教室 特任講師)
URL: http://www.aurisnasuslarynx.com/article/S0385-8146(16)30327-3/fulltext
DOI: 10.1016/j.anl.2016.11.005

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