大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

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研究成果

南極の海氷がペンギンの繁殖に影響するメカニズムを解明

2020年6月25日

大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所

国立極地研究所(所長:中村なかむら卓司たくじ)の渡辺わたなべ佑基ゆうき 准教授を中心とする研究グループは、動物の体に記録計を取り付けるバイオロギングの手法を用いて、海氷の増減が南極のアデリーペンギンの繁殖に影響するメカニズムを明らかにしました。海氷が減少すると、ペンギンは氷上を歩かずに海中を泳ぐようになり、行動範囲が広がるだけでなく、氷の割れ目に制限されずに自由に潜水するようになります。潜水中に氷の割れ目を探して浮上する必要がなくなり、また海面に降り注ぐ日光が植物プランクトンの大発生を引き起こすため、獲物の捕獲効率が上がります。その結果、親鳥の体重が増加し、雛の成長速度と生存率が上昇します。南極の海氷は今世紀中に急激に減少すると予想されており、普段から厚い氷に覆われている地域のアデリーペンギンは、それにともなって繁栄すると考えられます。本研究は、南極地域観測事業の一環で実施されました。

極地の海を覆う海氷の面積は、その年の気象条件によって大きく変動します。そうした海氷の変動は、野生動物にどのような影響を及ぼすのでしょうか。この疑問に答えるため、南極のアデリーペンギンの個体数や繁殖成功率が長年にわたり、世界各国の研究者によって調査されてきました。しかし、過去の研究の多くは、ペンギンの個体数や繁殖成功率と海氷状況との相関関係を調べたものであり、両者を結びつけるメカニズムについては、推測の域を出ませんでした。

そこで本研究では、小型のGPS、加速度記録計、ビデオカメラ等を動物の体に取り付けるバイオロギングの手法を用い、南極の昭和基地の近くで子育てをするアデリーペンギンの捕食行動を4シーズン(各シーズン12月~1月)にわたって調べました(図1)。調査地の海は普段、厚い海氷に覆われていますが、2016年12月~2017年1月のシーズンだけ異例なことに、海氷が流出して海面が露出しました(図2)。

図1: ビデオカメラを背中に、加速度記録計を頭にそれぞれ取り付けたアデリーペンギン。
生態に影響しないように機器はテープですばやく固定し、数日で取り外した。撮影:国立極地研究所 渡辺佑基。

図2: (A)海氷の張ったシーズン(2012年1月)と(B)海氷の流出したシーズン(2017年1月)の調査地の様子。調査地は昭和基地の南に位置するラングホブデと呼ばれる露岩域の、袋浦と呼ばれる小さな湾にある。黄色の枠内にアデリーペンギンの集団営巣地がある。撮影:国立極地研究所 渡辺佑基。

海氷の張ったシーズンには、ペンギンは氷の上を歩いて移動し、割れ目を見つけて潜水しました。一方、海氷のなくなったシーズンには、ペンギンは海を泳いで移動し、氷の割れ目に制限されることなく、広い範囲で潜水しました(図3)。歩くよりも泳いだほうが速いため、海氷のなくなったシーズンには、移動距離が増えたにもかかわらず、移動時間が減りました。また、海氷のなくなったシーズンには、潜水中に氷の割れ目を探して浮上する必要がないため、一回の潜水時間が短くなりました。さらに、海氷のなくなったシーズンには、ペンギンが一回の潜水で捕らえるオキアミの数が上昇しました。海氷がなくなって日光が海面に射し込み、植物プランクトンが大発生して海が緑色になったことが確認されており、その結果としてペンギンの獲物であるオキアミが多数集まったと考えられます。このように、獲物を捕るための条件が格段に良くなった結果、海氷のなくなったシーズンは、親鳥の体重が増加し、雛の成長速度と生存率が上昇しました。

図3: (A)海氷の張ったシーズン(2010年12月~2011年1月)と(B)海氷の流出したシーズン(2016年12月~2017年1月)のペンギンのGPS追跡。黄色の丸印は巣の位置を示す。

本研究により、海氷の増減がペンギンの繁殖に影響するメカニズムが明らかになりました。本調査地における過去のペンギンの個体数変動を見てみると、海氷の減った年に個体数が増える傾向があり、今回の結果と一致します。普段から厚い氷に覆われている地域のペンギンにとって、海氷の減少は好都合なのです。気候モデルによると、南極の海氷は今世紀中に急激に減少すると予想されており(文献1)、本調査地のペンギンはそれにともなって繁栄すると考えられます。ただし、アデリーペンギンは普段から海氷が少なく、海面が露出している南極半島などの地域にも生息しています。南極全体の影響を正確に把握するためには、そうした地域での調査が必要です。

引用文献

文献1: Bracegirdle, T. J., W. M. Connolley, and J. Turner (2008),
Antarctic climate change over the twenty first century, J. Geophys.
Res., 113, D03103

発表論文

掲載誌: Science Advances Vol.6, no.26
タイトル: Foraging behavior links sea ice to breeding success in Antarctic penguins
著者
 渡辺佑基(国立極地研究所 生物圏研究グループ 准教授)
 伊藤健太郎(総合研究大学大学院 複合科学研究科)
 國分亙彦(国立極地研究所 生物圏研究グループ 助教)
 高橋晃周(国立極地研究所 生物圏研究グループ 准教授)
DOI: 10.1126/sciadv.aba4828
URL: https://advances.sciencemag.org/content/6/26/eaba4828
論文公開日: 米国東部時間2020年6月24日

研究サポート

本研究は南極地域観測事業(第52次、53次、54次、58次)、国立極地研究所研究プロジェクト(KP309)、JSPS科研費(基盤研究B、20310016)の助成を受けて実施されました。

お問い合わせ先

研究内容について
国立極地研究所 生物圏研究グループ 准教授 渡辺佑基

報道について
国立極地研究所 広報室
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