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研究成果

日本初の大型北極研究プロジェクト「GRENE北極気候変動研究事業」を振り返るレビュー論文が出版されました

2020年10月6日

2011年から2016年に実施された「グリーン・ネットワーク・オブ・エクセレンス事業(GRENE)北極気候変動分野」(以後「GRENE北極」)の成果をまとめたレビュー論文がPolar Science誌に掲載されました。GRENE北極は文部科学省の事業として企画された日本初の大型北極研究プロジェクトで、延べ39機関から360名を越える研究者が参加し、言わば「オールジャパン」に近い体制で北極の気候変動に関する総合的な研究を展開しました。

北極域では地球の平均よりも温暖化が顕著であり、「北極温暖化増幅」と呼ばれます。GRENE北極での分野横断的な研究により、大気、海洋、雪氷、生態系といった、北極の環境を構成する要素がそれぞれ北極温暖化増幅に寄与していること、また同時に、逆に北極温暖化増幅の影響も受けていることが明らかとなりました。

大気中二酸化炭素濃度の増加に伴う地球温暖化の下で、北極では地球平均の2倍以上の早さで温暖化が進んでおり、これを「北極温暖化増幅」と呼んでいます。北極海の氷は減少を続け、2000年以降は特にその減少が激しくなっています。このような激しい温暖化のメカニズムを解明し、将来の気候変動予測に貢献しようと、「急変する北極気候システム及びその全球的な影響の総合的解明」を目的としたGRENE北極が5年計画で実施されました。

取り上げられた北極気候システムとその個別のプロセスは図1の通りです。それまでも、わが国では北極研究は進められてきていましたが、小分野ごと、研究機関ごとの計画が多く、国際的に存在感のある総合的研究ではありませんでした。そこで、GRENE北極では分野横断、観測・モデル連携による総合的融合研究を目指しました。文部科学省より提示された4つの戦略研究目標について、国立極地研究所が代表機関として主導し、公募により選ばれた7つの分野の研究課題グループが北極の気候システムの解明に挑戦しました。

図1: GRENE北極で扱った北極気候システムと素過程

本レビュー論文では、プロジェクトの成り立ちや仕組みに続いて、その成果について、各戦略目標に沿って5つの章に分けて記述されています。すなわち、3章:北極温暖化増幅、4章:北極—中緯度リンク、5章:海氷分布と北極海航路、6章:北極における環境変動が海洋生態系や水産資源に及ぼす影響の評価、7章:全球への影響という構成です。その上で、最終的にGRENE北極として得られた顕著な成果として以下が挙げられています。

1)様々な要因(氷—アルベド、熱輸送、雲、ブラック・カーボン、雪氷微生物クリオコナイト等)の北極温暖化増幅に対する寄与と、それらの季節性(図2参照)

2)北極温暖化に伴う海氷減少が日本の冬の寒波豪雪をもたらす可能性

3)大気—海氷—海洋結合が海氷域分布を決める主因になっており、海氷の拡散が氷—海アルベド・フィードバックを通じ海氷減少の主要なきっかけになっていること

4)海氷分布の季節予報が成功し北極海航路の選択に役立つこと

5)北極海の海洋酸性化、海洋基礎生産の海氷後退への依存性、動物プランクトンや底棲生物、魚類、海棲ほ乳類の分布域の北への遷移が確認され、海洋生態系は海洋環境、特に海氷分布や食物連鎖の変化に敏感であること

6)陸上植物のCO2取り込みは変動が大きく、一方海洋による吸収は安定的であり、現在の北極海は強い吸収源であること、将来の温暖化で土壌呼吸が増大すれば環北極陸上生態系は吸収源から放出源に変わる可能性もあること

図2: 北極温暖化増幅の季節性(a)と各素過程の寄与(b)(吉森,2014)

そして全体としての関係が図3のようにまとめられました。すなわち、
・北極温暖化増幅が全ての中心に存在し、大気、海洋、雪氷、生態系はそれぞれ北極温暖化増幅に寄与していると共に、逆にその影響を受けていること
・各戦略研究目標も有機的につながっており、全体で北極気候システムを構成していること
が明らかとなったのです。

図3: GRENE北極で扱われた北極温暖化増幅とその影響に関する各要素の関係・つながり。①~④が戦略研究目標

GRENE北極では多くの成果が得られ、北極温暖化のしくみが分かってきましたが、未だまだ将来に向けて多くの課題が残されています。観測・モデルの連携は強まったものの、まだ得られた観測成果を全球システムモデルに繰り入れるまでには至っていません。北極と中緯度のつながりについても予測精度の向上が課題です(現在、極域予測年計画「YOPP」(2013年~22年)などで実施中)。また、観測点の乏しい北極海での長期連続観測や、その他、雲・大気エアロゾル・大気循環(ブロッキングなど)の役割、氷河—海洋相互作用、永久凍土の融解とメタン放出など、多くの要素の研究が求められ、特に気候変化とのフィードバックの解明が必要となっています。

北極域では、GRENE北極に続いて2015年からArCSプロジェクトが実施され、さらに今年から3番目のArCS IIプロジェクトが始まったところですが、これら未解明の多くの課題解明が期待されます。

本レビュー論文は、GRENE北極のプロジェクトマネージャーを務めた山内恭特任教授(極地研)と高田久美子特任助教(極地研、現在麻布大学生命・環境科学部)が執筆しました。

発表論文

掲載誌:Polar Science
タイトル:Rapid change of the Arctic climate system and its global influences – Overview of GRENE Arctic climate change research project (2011-2016)
著者:
 山内恭(国立極地研究所 特任教授)
 高田久美子(国立極地研究所(現所属:麻布大学 生命・環境科学部 特任助教))
DOI:10.1016/j.polar.2020.100548
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1873965220300566
Article onlineおよびprint版公開日:2020年9月25日

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