大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

国立極地研究所ホーム>研究成果・トピックス

研究成果

南極大陸の海岸の砂の中から新種のセンチュウを発見

2021年4月21日
北海道大学
慶應義塾大学
情報・システム研究機構 国立極地研究所

・南極・昭和基地周辺の海岸の砂の中から新種の海産センチュウを2種発見。
・今回の研究グループによる南極の海産センチュウの新種報告は2017、2019年に引き続き3報目。
・解明が進んでいない昭和基地周辺に生息する海産無脊椎動物の多様性の一端を明らかに。

北海道大学大学院理学研究院の嶋田大輔研究員、角井敬知講師、慶應義塾大学の鈴木忠准教授、辻本惠専任講師、国立極地研究所の伊村智教授らの研究グループは、南極の昭和基地周辺の海岸から新種の海産センチュウを2種発見しました(1)。

センチュウは糸のような形をした、地球上でもっとも個体数が多いとされる動物です。生鮮魚介類に寄生して食中毒を引き起こすアニサキスや、クジラに寄生する体長8mを超える種など、寄生虫として一般にはよく知られますが、寄生せずに自由生活を営む種(自活性種)が大部分を占め、海域からも多くの種が見つかっています。しかし南極の昭和基地周辺の海産自活性センチュウについては近年まで全く研究されていませんでした。そこで嶋田研究員らの研究グループは、2015年から昭和基地周辺の海産自活性センチュウの多様性解明プロジェクトを開始、2017年と2019年にそれぞれ1種の新種を学術誌に報告しました。今回の成果は第3弾となる成果で、昭和基地から約20km南に位置するラングホブデ地域の海岸の砂の中から得られたセンチュウ2種について詳細な観察を行ったところ、いずれも未知の種であることが明らかになったため、新種Odontophora odontophoroides(オドントフォラ・オドントフォロイデス)、Parabathylaimus jare(パラバチライムス・ジャレ)として報告しました。

2新種が得られたラングホブデの海岸は、全く波も音もない静謐さで、採集を行った鈴木准教授は「本当に何か生きているのだろうか?」と思いながら砂を掘ったそうです。今回、胴長靴とシャベルで調査可能な、あまり生物の気配がしない1地点から2種も新種が発見されたことから、今後、より広い地域・水深帯で調査を行うことで、多くの未報告種の発見が期待されます。

なお本研究成果は、2021年3月22日(月)にSpecies Diversity誌でオンライン公開されました。

図1左:氷の浮いた南極の海岸で調査を行う鈴木准教授。 右:Odontophora odontophoroidesの雄の標本写真。

背景

人間活動の影響が少なく、独特な生態系を擁し、氷の中に過去の大気などの膨大な地球史情報が保存されている南極では、世界の様々な国が観測基地を置き、過去の気候変動や、現在進行中の環境変動の生態系への影響などを調べることを目的に様々な研究が行われています。

昭和基地は日本の南極観測基地の一つです。1957年に開設されて以降、中断を挟みながらも60年以上同基地を拠点とした研究が行われており、生物学の分野に限ってみても、これまでに「コケ坊主」と呼ばれるコケと細菌を中心とした集合体の発見や、南極のクマムシが30年間に渡る長期休眠が可能なことを明らかにするなど、興味深い発見が数多くなされてきました。しかし、実は昭和基地周辺の海に棲む動物の生物多様性については、魚類や軟体動物、プランクトンなどを除くとまだあまりよくわかっていません。生物多様性を明らかにすることは、生態系保全のための基盤づくりという側面のみならず、生物のもつ遺伝資源の人間社会への応用機会を増やすという側面からも非常に重要です。

センチュウは糸のような形をした、地球上でもっとも個体数が多いとされる動物です。生鮮魚介類に寄生して食中毒を引き起こすアニサキスや、クジラに寄生する体長8mを超える種など、寄生虫として一般にはよく知られますが、寄生せずに自由生活を営む種(自活性種)が大多数です。自活性種は地底深くから海の底、森の中から砂漠まで、世界中のあらゆる環境から報告されています。しかし昭和基地周辺の海産自活性センチュウについては近年まで全く研究がなされておらず、生息の有無すらわからない状況でした。そこで嶋田研究員らの研究グループは、2015年から昭和基地周辺の海産自活性センチュウの多様性解明プロジェクトを開始、2017年と2019年にそれぞれ1種の新種、Oncholaimus langhovdensis(オンコライムス・ラングホブデンシス)とGraphonema antarcticum(グラフォネーマ・アンタルクティクム)を学術誌に報告しました。

今回の研究成果は、上記プロジェクトの第3弾となる成果で、昭和基地から約20km南に位置するラングホブデ地域の海岸の砂の中から得られたセンチュウ2種に関するものです。

研究手法

図2:ラングホブデの海岸。

本研究には、第56次南極地域観測隊(JARE56)の夏期観測期間中の2015年1月31日に、昭和基地南方約20kmに位置するラングホブデという場所の海岸の砂の中から採集したセンチュウを用いました(図2)。得られたセンチュウについて各種顕微鏡を用いた形態観察を行いました。

研究成果

本研究の結果、採集されたセンチュウ2種はいずれも未記載種(名前のついていない種)であると判断されたため、Odontophora odontophoroides(オドントフォラ・オドントフォロイデス)、Parabathylaimus jare(パラバチライムス・ジャレ)という学名で新種として報告しました。本研究により、昭和基地周辺に生息する、名前のついた海産自活性センチュウの種数は計4種となりました。

今後への期待

今回2新種が得られたラングホブデの海岸は波もなく、全く音のしない静謐な環境で、採集を行った鈴木准教授は「本当に何か生きているのだろうか?」と思いながら砂を掘ったそうです。実際、今回調査を行った場所は、海とはいえ通常は海底まで凍結しており、夏の1、2ヶ月の間だけ溶けるものの海水温は-2、3度という、生物の生存にとって特に厳しい環境です。そのような環境から発見された2種は厳しい環境を生き抜く特性を備えていると考えられるため、2種を材料とした研究を進めることで、例えば極低温で細胞を維持する仕組みなどに関する新知見が得られる可能性があります。

昭和基地周辺の海産生物に関する生物多様性については近年盛んに研究が行われており、センチュウ以外にも様々なグループで新種が発見されています。今回、ラングホブデという1地点、それも胴長靴とシャベルで調査可能なほど浅い場所から2種も新種がみつかったことから、今後、より広い地域・水深帯で調査を行うことで、さらに多くの未報告種の発見が期待されます。

発表論文

掲載誌: Species Diversity
タイトル:Two new species of free-living marine nematodes (Nematoda: Axonolaimidae and Tripyloididae) from the coast of Antarctica

著者:
 嶋田大輔(研究当時:慶應義塾大学生物学教室、現在:北海道大学大学院理学研究院)
 鈴木忠(慶應義塾大学生物学教室)
 辻本惠(慶應義塾大学環境情報学部/国立極地研究所)
 伊村智(国立極地研究所/総合研究大学院大学複合科学研究科)
 角井敬知(北海道大学大学院理学研究院)
DOI:10.12782/specdiv.26.49
URL:https://doi.org/10.12782/specdiv.26.49
論文公開日:2021年3月22日(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道大学大学院理学研究院 研究員 嶋田大輔(しまだだいすけ)
北海道大学大学院理学研究院 講師 角井敬知(かくいけいいち)
慶應義塾大学医学部 准教授 鈴木忠(すずきあつし)
慶應義塾大学環境情報学部 専任講師 辻本惠(つじもとめぐむ)
国立極地研究所 教授 伊村智(いむらさとし)

北海道大学総務企画部広報課
慶應義塾広報室
国立極地研究所広報室

【報道機関の方】取材・掲載申込フォーム
【一般の方】お問い合わせフォーム

ページの先頭へ