大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

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研究成果

南大洋の温暖化が引き起こした氷期における大西洋深層循環の急激な変化

2021年8月20日発表
国立大学法人東京大学
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所

  • 大西洋深層循環の変化は、氷期における急激な気候変動を引き起こしたと考えられていますが、南大洋の温暖化がその引き金となっていた可能性を指摘しました。
  • 大西洋深層循環は南半球から北半球への熱輸送を通じて、地球上の気温分布をコントロールしている一方、南大洋での温暖化が大西洋深層循環の急激な変化につながりうることを、海洋モデルシミュレーションにより明らかにしました。
  • 本研究の成果は、氷期における急激な気候変動をはじめとする数百~数千年の時間スケールで生じる気候変動の仕組みの理解に貢献するものです。

海のコンベアベルトとも呼ばれる海洋深層循環は、海洋の表層と深層をつなぐ地球規模の循環であり、千年程度の時間をかけて世界中の海を巡っています(図1)。大西洋北部は海洋深層循環の沈み込み域にあたり、大西洋における海洋深層循環(以降、大西洋深層循環)は、その北向きの熱輸送を通じて気候に大きな影響を与えています。そのため、大西洋深層循環は数百~数千年の時間スケールでの気候変動を引き起こす最も重要な要素となります。

図1:海洋深層循環の模式図。青色が深層、赤色が表層での流れを示しています。大西洋北部は海洋深層循環の沈み込み域となっています。大西洋深層循環は、大西洋における表層での北向きの流れ(赤矢印)と深層での南向きの流れ(青矢印)から成る循環のことを指します。

実際、今から約10万〜2万年前の最終氷期には、ダンスガード・オシュガーイベント(注1)と呼ばれる急激な気候変動が何度も起こっていたことが知られていますが、それらは大 西洋深層循環の急激な変化によって引き起こされたと考えられています。しかしながら、大西洋深層循環の急激な変化がどのような仕組みで起こったのかについてはまだ良く分かっていません。東京大学大気海洋研究所の岡顕准教授らは、海洋大循環モデルによる数値シミュレーションにより、氷期における大西洋深層循環の急激な変化を引き起こす仕組みとして、南大洋での温暖化がその引き金となりうる可能性を指摘しました。本研究は、氷期における急激な気候変動についての新たな知見を与えるものであり、数百〜数千年の時間スケールで生じる気候変動の仕組みの理解にも貢献する成果です。

研究の背景

グリーンランド氷床コアの気温データから、今から約10万年〜2万年前の最終氷期にはダンスガード・オシュガーイベント(以降、DOイベント)と呼ばれる急激な気候変動が起こっていたことが知られています(図2)。

図2:(a)グリーンランドおよび南極の氷床コアによる酸素同位体比データで、当時の気温を記録した指標。数字はDOイベントを示しており、南極での大きな気温上昇イベント(A1〜A2)を伴ったDOイベントをtype L(赤字)、それ以外をtype S(青字)と分類して図示しています。(b)type Sと(c)type LのDOイベントの比較。横軸と縦軸は、それぞれグリーンランドと南極の酸素同位体比で、矢印の始点がDOイベントの開始、矢印の終点がDOイベントのピークを示しています。

DOイベント発生のメカニズムについてはさまざまな説が提案されてきましたが、氷床コアデータを用いた詳細な解析などから、近年では大西洋深層循環の変化により引き起こされたと考えられるようになってきました。現在の大西洋深層循環は、図1に示すように北大西洋を沈み込み域とする全球規模の循環であり、その北向きの熱輸送は現在の気候形成に大きな役割をもつことが知られています。これまでの研究から、氷期においては、大西洋深層循環は現在と同様な「亜間氷期モード」に加えて、現在よりもやや弱い状態の「亜氷期モード」も存在し、2つのモードの間を何度も行き来していたことがDOイベントの要因となっていたという考えが提案されていました。氷期において存在した大規模な北半球大陸氷床からの融解水が、このようなモード遷移を引き起こしうることは広く知られていましたが、循環の弱化は説明できても循環の強化についての説明にはならない、氷床融解と循環変化の因果関係が必ずしも明確でないなど、融解水以外にモード遷移を引き起こす他の仕組みが存在する可能性も示唆されていました。現在もさまざまな研究が行われていますが、氷期における大西洋深層循環のモード変化がどのような仕組みで起こったのかについての結論はまだ得られていません。

研究方法の概要

Oka et al. (2012)(文献1)では、海洋大循環モデルを用いた数値実験の結果から、最終氷期最盛期(注2)の大西洋深層循環が現在に比べて弱化していた要因として、海面の冷却により北大西洋での深層水形成域が南にシフトすることが重要であり、そのシフトは冷却がある閾値を超えると急激に起こるという熱的閾値(注3)の存在を指摘しました(Nature誌のNews&Viewsで紹介記事も掲載されました)。この熱的閾値は、先行研究により提唱されていた「亜氷期モード」と「亜間氷期モード」の2つのモードの存在に物理的説明を与えるものであると考えられます。本研究では、「北半球」および「南半球」での海面熱境界条件の変化により、熱的閾値を超える大西洋深層循環のモード遷移がどのように起こりうるのかをさらに詳細に調べました。具体的には、海洋大循環モデルCOCO (Hasumi, 2006;文献2)を用いた数値実験を、大気海洋結合モデルMIROC(K-1 model developers, 2004;文献3)による現在および氷期のシミュレーションの結果から作成した海面境界条件(注4)を利用することで実施しました。Oka et al. (2012) と同様に、現在と氷期の間の海面熱境界条件を複数作成し(20%氷期、40%氷期など)、その境界条件のもとで大西洋深層循環が定常状態になるまでそれぞれ実験を実施するとともに、北半球と南半球での冷却の影響を分離して評価するために、「北半球のみ」あるいは「南半球のみ」で熱境界条件を変更した感度実験(計81通りの実験)を系統的に行いました。

結果

海面境界条件を現在から氷期に徐々に変更すると、冷却が大きくないうちは大西洋深層循環がだんだんと強化されていきます(図3aとb)。

図3:海洋大循環モデルにより再現された大西洋深層循環。等値線の値が正の場合に時計回りの流れがあり、値が大きいほど流量が大きいことを意味しています(等値線の間隔は106m3/s)。図のaは現在気候条件での実験、bとcは氷期気候条件での実験であり、bよりもcのほうがより寒冷な海面熱境界条件のもとでの実験の結果。bからcにかけて、海面での冷却により循環が弱化しており、大西洋深層循環の熱的閾値の存在(Oka et al. 2012)が確認できます。

これは、海面の冷却により、大西洋北部で沈み込む海水が冷やされることで密度が上昇し、循環を強化する効果があるためだと考えられます。一方、冷却の大きさがある閾値を越えると、大西洋深層循環は急激に弱化することが確認できます(図3bとc)。この弱化は、Oka et al. (2012) で提唱された熱的閾値により説明ができます。つまり、海面の冷却が十分に大きくなると、海氷が広範囲に南下し、北大西洋北部における深層循環の沈み込み域においても、海氷で覆われてしまいます。海氷に覆われた場所では、大気との熱交換が遮断されて、これまでの沈み込みが維持できなくなります。そのため、新しい沈み込み域の場所は、海氷がまだ覆われていない南側に移動することになります。つまり、沈み込み域の移動を伴うほどに海面の冷却が十分に強くなると、大西洋深層循環は強化ではなく、沈み込み域の南下によって弱化することを意味します。これまでの研究でも、氷床からの融解水が大西洋深層循環の強さを大きく変えることは知られていましたが、海面における冷却の効果のみでも循環の変化、とくに弱化が起こりうることを示した点が新しい知見でした。今回のモデル結果によると、熱的閾値による大西洋深層循環のモード遷移が起こるかどうかは、全球的な冷却の程度だけでなく、北半球および南半球それぞれでの冷却の程度にも依存して決定していることが分かりました(図4aの白線)。

図4:(a)モデル結果と(b)氷床コアデータとの比較。(a) 横軸と縦軸は、それぞれ北半球と南半球の海面境界条件で、図の値はモデルで再現された大西洋深層循環の強さを示しています。白線は熱的閾値の場所を示しており、それを境にして大西洋深層循環の強さが急激に変化していることが分かります。(b)図2と同様に氷床コアデータから、すべてのDOイベントを矢印で示した図。(c)南大洋の温暖化がtype LのDOイベントを引き起こすことを示した模式図。

とくに、北半球の冷却が十分大きく、かつ南半球の冷却はやや小さいという熱境界条件下では、熱的閾値を超えるかどうかは、北半球よりも南半球の熱条件がより重要となることを示唆しています。追加実験として、南半球での熱境界条件のみを徐々に温めていく遷移実験についても実施したところ、DOイベントに相当する「亜氷期モード」から「亜間氷期モード」へのモード遷移が南半球での温暖化により再現できることも確認できました。グリーンランドと南極における氷床コア記録(図4b)においても、南極での大きな昇温を伴い、比較的長く継続するDOイベント(図2のtype L)については、多くのイベントが互いに類似した気温条件において発生しており、その気温条件はモデル結果から得られた熱的閾値を超える条件と概ね一致していることが確認できます(図4c)。南半球の大部分は海に覆われており、南半球の温暖化は南大洋の温暖化と同期していたと考えられます。これらのことは、比較的長く継続するDOイベントについては、南大洋の温暖化がDOイベントの引き金となっていた可能性を示唆する結果です。

研究の意義と今後の展望

大西洋深層循環の変化は、氷期における急激な気候変動を引き起こしたと考えられていますが、そのメカニズムについてはよく分かっていませんでした。北大西洋深層循環のモード遷移については、氷床からの融解水がその要因となりうることは広く知られていましたが、南大洋での温暖化という全く別の要因によっても起こりうることを本研究によって示すことができました。また、大西洋深層循環は南半球から北半球への熱輸送を通じて、地球上の気温分布をコントロールしていることは広く認識されていましたが、逆に南大洋での温暖化が大西洋深層循環の急激な変化につながりうることを示したという点も意義があると考えています。

一方、本研究の結果は、比較的長く継続するDOイベントについて、南大洋の温暖化が引き金となっていた可能性を示唆するものですが、南大洋の温暖化の要因については、本研究では十分に調べることができていません。また、比較的短周期で起こるDOイベントについては、本研究とは別の説明が必要であると考えています。近年の研究では、MIROCを含めた複数の大気海洋結合モデルによってDOイベントに類似した現象が再現されるとの結果も報告されはじめており、今後の理解の進展が期待されます。本研究の成果は、氷期における急激な気候変動をはじめとする数百~数千年の時間スケールで生じる気候変動の仕組みの理解に貢献するものですが、その全容を理解するためには海洋と大気の相互作用を考慮に入れたモデル実験を進めるなど今後のさらなる研究が必要です。

注1:ダンスガード・オシュガーイベント(Dansgaard-Oeschger event)
グリーンランドの氷床コアデータにより発見された氷期における急激な温暖化イベント。最終氷期には20回以上のイベントが発生しており、大きな温暖化イベントでは10年程度の期間に10度を超える気温上昇が起こっていた。

注2:最終氷期最盛期(LGM; Last Glacial Maximum)
最終氷期において最も寒冷な気候状態であった今から約2万年前にあたる時期。

注3:大西洋深層循環の熱的閾値
Oka et al. (2012) で提唱された大西洋深層循環のモード遷移を引き起こす海面冷却の閾値。下記の情報も参照。
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2012/20120711.html

注4:海面境界条件
海洋モデルを駆動するために用いる気温、風、降水量など、大気の状態についての情報。

文献

文献1:Oka, A., H. Hasumi, A. Abe-Ouchi (2012), The thermal threshold of the Atlantic meridional overturning circulation and its control by wind stress forcing during glacial climate, Geophysical Research Letters, 39, L09709, doi:10.1029/2012GL051421. (参考情報:https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2012/20120711.html

文献2:Hasumi, H. (2006), CCSR Ocean Component Model (COCO) version 4.0, CCSR Report, 25, 103pp. (参考情報:https://ccsr.aori.u-tokyo.ac.jp/~hasumi/COCO/

文献3:K-1 model developers (2004), K-1 Coupled Model (MIROC) Description. K-1 Technical Report 1 [Hasumi, H., and S. Emori (eds.)]. Center for Climate System Research, University of Tokyo, Tokyo, Japan, 34 pp.

発表論文

掲載誌:「Communications Earth & Environment」(8月20日付)
タイトル:Glacial mode shift of the Atlantic meridional overturning circulation by warming over the Southern Ocean

著者:
 岡 顕(東京大学 大気海洋研究所 准教授)
 阿部 彩子(東京大学 大気海洋研究所 教授)
 シェリフ多田野サム(研究当時:東京大学 大気海洋研究所 特任助教/現:リーズ大学 研究員)
 横山 祐典(東京大学 大気海洋研究所 教授)
 川村 賢二(国立極地研究所 准教授)
 羽角 博康(東京大学 大気海洋研究所 教授)
DOI:10.1038/s43247-021-00226-3
URL:https://www.nature.com/articles/s43247-021-00226-3
論文公開日:2021年8月20日

研究サポート

本研究は、JSPS科研費JP19H01963、JSPS科研費 新学術領域研究『熱-水-物質の巨大リザーバ 全球環境変動を駆動する南大洋・南極氷床』、JPSP科研費17H06104からの助成を受けました。

お問い合わせ先

東京大学 大気海洋研究所
准教授 岡 顕(おか あきら)

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