大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

国立極地研究所ホーム>研究成果・トピックス

研究成果

氷に閉じ込められた太古の大気からアルゴンの検出に成功
~過去の地球環境変動の精密解析への貢献に期待~

2021年11月24日
国立大学法人 北海道大学
大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所
国立大学法人 長岡技術科学大学

  • 極地氷床の深部氷中に存在する太古の空気を含む結晶中にアルゴンが含まれることを発見。
  • アルゴンを直接検出するため、走査型電子顕微鏡を用いた検出手法を開発。
  • 地球環境の変動に伴う大気成分の変化の歴史の解明に期待。

北海道大学大学院工学研究院の内田努准教授、国立極地研究所気水圏研究グループの東久美子教授、長岡技術科学大学大学院工学研究科の本間智之准教授らの研究グループは、グリーンランド氷床の深部氷中に形成される空気包接水和物(エアハイドレート)結晶(注1)中に、太古の大気微量成分であるアルゴンが含有されていることを、新しい検出法を用いて発見しました。

南極やグリーンランドには夏でも融けない巨大な氷体(氷床)が存在し、雪から氷に変化するときにその時代の大気を気泡として氷中に取り込みます。毎年の積雪により氷床の深い氷ほど古い大気を保存しており、太古の大気の直接解析が期待されますが、氷床深部では気泡は圧縮されて消滅し、無色透明で直径1mm以下の微細なエアハイドレート結晶に変化してしまいます。結晶内に大気の主成分である窒素、酸素が存在することは確認されていますが、それ以外の微量成分は発見されておらず、氷中のどこにあるかわかりませんでした。

そこで本研究グループは、3番目に多い大気成分であるアルゴンがエアハイドレート結晶中に存在していることを確かめるため、新たに走査型電子顕微鏡(SEM、注2)を用いた検出技術を用いて、グリーンランド氷床深部氷(2万年前の氷河期の氷と、12万5千年前の間氷期の氷)中のエアハイドレート結晶を分析しました。その結果、アルゴンがエアハイドレート結晶中に含まれていることを発見しました。

本研究成果は、極地氷床(注3)氷中に含まれる太古の空気の解析精度を向上させ、地球環境の変化の歴史と私たちの人間活動による影響を明らかにする研究にも繋がると期待されます。

なお本研究成果は、2021年11月18日(木)にJournal of Glaciology誌にてオンライン公開されました。

図1:気泡が消滅して透明になった氷床深部の氷試料(氷コア:左)。
気泡から変化したエアハイドレート結晶の光学顕微鏡写真とSEM写真(右)。

研究の背景

極域では降った雪が夏でも融けずに積もるため、古い積雪は上載荷重で圧密され、ある深さになると雪から氷へ変化します。そのときに雪粒子の隙間にあった空気を気泡として取り込むため、氷床深部の氷は地球上で唯一太古の空気をそのまま保存している貴重な試料です。この氷床の氷を表層から深部までを掘削した氷コアを分析することで、深さ方向に時間軸を持った過去の地球の大気の歴史を解明することができます。

氷床の深部では、氷中の気泡は高い圧力で圧縮され、エアハイドレート結晶へと変化します。このとき気泡中の大気成分が、エアハイドレート結晶へ全部受け継がれているかについては、詳しくわかっていません。そのため、気泡が消滅する深さより深い氷コア中の空気の解析結果が、正しいかどうかが問題になっています。一方掘り出された氷も長く保存していると、大気成分が抜け出してしまうことが懸念されていますが、大気成分が氷中をどのように動いているかもまだわかっていません。太古の空気の歴史を正確に知るため、氷中で大気成分がどのように存在しているかを探る研究が進められています。

これまで、空気の主成分である窒素と酸素はエアハイドレート結晶中に貯蔵されていることが、レーザーラマン分光法(注4)という分析手法で明らかにされています。しかし第三成分であるアルゴンや、大気微量成分で温室効果ガスである二酸化炭素やメタンなどについては、氷を融解または切削して抽出できることは分かっていますが、氷中のどこに存在しているか不明でした。アルゴンが氷中のどこに存在しているかがわかれば、氷中の気体分子の移動についての理解が進み、環境復元の精度向上に寄与すると考えられます。

研究手法

本研究では、大気の第三成分であるアルゴンが氷床深部でエアハイドレート結晶中に貯蔵されていることを、直接観察することを目的としました。しかしアルゴンは、これまで窒素や酸素の検出に用いられていたレーザーラマン分光法では検出できないため、新たにSEMとエネルギー分散型X線分光法(EDS、注5)を用いた手法を開発しました。試料としては、北グリーンランド氷床深層掘削計画(注6)で掘削された氷コアのうち、約2万年前の氷河期の氷(1,548m深)と約12万5千年前の間氷期の氷(2,406m深)中に存在していたエアハイドレート結晶を用いました。

研究成果

光学顕微鏡で観察すると、氷試料中には多数のエアハイドレート結晶が観測されました(図2a)。これは、使用した氷試料が掘削後も品質が保たれていることを意味します。この氷試料を-20℃の低温室内で観測用に整形し、SEM試料室中の-140℃まで冷却できるステージ上に設置しました。試料室は窒素ガス120Paの低真空状態にして、安定した電子顕微鏡観察ができるように工夫しました。

氷試料表面に露出させたエアハイドレート結晶をSEM観察した結果、結晶部には周囲の滑らかな氷とは異なった微細構造が観察され(図2b)、エアハイドレート結晶がほぼ分解せず観察できることを確認しました。そこでこの結晶の内部(図2cの*部)でEDS測定を行ったところ、図3bのスペクトルが得られ、窒素(N)、酸素(O)、アルゴン(Ar)が検出されました。一方エアハイドレート結晶の周囲の氷(図2cの+部)のEDS測定(図3a)ではアルゴンは検出されず、水(H2O)分子中の酸素(O)と、試料室内の窒素(N)の信号が観測されています。これらのスペクトルの差を取り、エアハイドレート結晶中に大気成分である窒素(N)、酸素(O)に加えて、アルゴン(Ar)が存在することを確認しました。このように、SEMで氷コア中のエアハイドレート結晶中に窒素、酸素、アルゴンが存在することを直接確認することに、世界で初めて成功しました。

図2:(a)観測した氷試料の光学顕微鏡(OM)写真:肉眼で見える気泡はなく、ほぼ透明。
(b, c)氷試料中に含まれるエアハイドレート結晶のSEM写真:光学顕微鏡では見えにくかった直径0.3mmほどのエアハイドレート結晶が観察できる。(c)はその一部をさらに拡大し、 EDS分析を行った場所(+印:氷、*印:エアハイドレート結晶)を示した。

図3:図2(c)で示した場所で測定した、EDSスペクトル(a: 氷中(図2+印)、b: エアハイドレート結晶中(図2*印))。計測された元素は記号で示している。

今後への期待

今回開発した手法でエアハイドレート結晶中のアルゴンの濃度を測定できれば、氷中でのアルゴンの分布を正確に知ることができるため、太古の大気中にアルゴンがどれくらい存在し、地球の環境変化とともにどのように変化したかという氷コア解析の精度を向上できると考えています。

地球環境の歴史研究の精度が向上すれば、地球環境の変化のメカニズムに対する理解が進み、人間活動による温暖化などの地球環境への影響について、より正確に見積もることができると考えられます。

注1:空気包接水和物(エアハイドレート)結晶
氷床深部のような低温高圧下において安定で、水分子がつくるカゴ状構造中に空気分子(窒素や酸素等)を包接した、1㎜以下の小さな結晶のこと。

注2:走査型電子顕微鏡(SEM)
電子線を走査しながら試料に当て、試料から出てくる電子の情報を基に、試料の凹凸や組成の違いによるコントラストを拡大して得ることができる装置のこと。

注3:氷コア
氷床氷をボーリングして掘削した氷試料のこと。通常は直径約15㎝、長さ50㎝程度の単位で低温条件下にて保管されており(p1左図参照)、必要な分析毎に低温室で整形して使用する。

注4:レーザーラマン分光法
物質にある波長をもったレーザー光を照射して、散乱光を分光して物質の同定などをする方法のこと。

注5:エネルギー分散型X線分光法(EDS)
物質に照射した電子線によって発生した蛍光X線を、半導体検出器のようなエネルギー分散型検出器で検出し、物質の構成元素を測定する方法のこと。

注6:北グリーンランド氷床深層掘削計画
北半球の氷床氷コアから得られていない最終間氷期(約12~13万年前)の気温や温室効果ガス等のデータ取得のため、デンマークのコペンハーゲン大学を中心に行われた国際共同掘削計画のこと。2008~2011年に行われ、日本など14カ国が参加。

発表論文

掲載誌:Journal of Glaciology(雪氷学の専門誌)
タイトル:Discovery of argon in air-hydrate crystals in a deep ice core using scanning electron microscopy and energy dispersive X-ray spectroscopy(走査型電子顕微鏡とエネルギー分散型X線分光法を使用した深層氷床氷コアの空気水和物結晶中のアルゴンの発見)

著者:
 内田 努(北海道大学大学院工学研究院)
 繁山 航(総合研究大学院大学、国立極地研究所、日本電子株式会社/研究当時)
 大藪幾美(国立極地研究所)
 東久美子(総合研究大学院大学、国立極地研究所)
 中澤文男(総合研究大学院大学、国立極地研究所)
 本間智之(長岡技術科学大学大学院工学研究科)
 川村賢二(総合研究大学院大学、国立極地研究所、国立研究開発法人海洋研究開発機構)
 ダールジェンセン ドータ(コペンハーゲン大学ニールスボーア研究所)
DOI:10.1017/jog.2021.115
論文出版日:2021年11月18日(木)(オンライン公開)

研究サポート

本研究は、北グリーンランド氷床深層掘削計画の一環として行われました。また本研究は、(独)環境再生保全機構環境研究総合推進費、(独)日本学術振興会科学研究費助成事業、文部科学省(ArCS、プロジェクト番号JPMXD1300000000)、及び北極域研究加速プロジェクト(ArCS II、プロジェクト番号JPMXD1420318865)、国立極地研究所のプロジェクト研究、一般共同研究、及び総合協力プロジェクト、及び総合研究大学院大学などの支援を受けて実施されました。

お問い合わせ先

(研究内容について)
北海道大学大学院工学研究院 准教授 内田 努(うちだつとむ)
国立極地研究所研究教育系気水圏研究グループ 教授 東 久美子(あずまくみこ)
長岡技術科学大学大学院工学研究科 准教授 本間 智之(ほんまともゆき)

(報道について)
北海道大学総務企画部広報課
国立極地研究所広報室
長岡技術科学大学大学戦略課企画・広報室

【報道機関の方】取材・掲載申込フォーム
【一般の方】お問い合わせフォーム

ページの先頭へ