大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

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研究成果

全海洋の深層に広がる南極底層水の起源水形成機構を発見
~海中深く大量に生成される海氷が海洋大循環を駆動する~

2022年10月21日
国立大学法人北海道大学
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所

  • 南極底層水の起源水を作る海域(沿岸ポリニヤ)での通年の連続観測に成功。
  • フラジルアイス(海中で生成される海氷)が大量に生成され重い水ができるメカニズムを発見。
  • 海洋大循環の駆動源である底層水の一形成機構の解明で、気候変動予測にも繋がることに期待。

北海道大学低温科学研究所の大島慶一郎教授、国立極地研究所の伊藤優人研究員らの研究グループは、南極地域観測隊によるケープダンレー沖での観測から、海中で大量に海氷が生成されるメカニズムを発見し、それによって南極底層水の起源水となる重い水が作られることを明らかにしました。

世界で一番重い海水は南極海で作られ、南極底層水として沈み込み、海洋の大循環が駆動されます。研究グループは10年ほど前に、南極底層水の生成域として、それまで知られていた3ヶ所に加え、新たに南極・昭和基地の東方1,200kmのケープダンレー沖が南極底層水生成域であることを発見しました。しかし、なぜここで底層水が生成されるのかはよくわかっていませんでした。

本研究では、底層水起源水が生成されると推定される沿岸ポリニヤ(注1)内において、通年の連続観測を行い、海中100m深近くまで海氷(フラジルアイス、注2)が生成される、極めて効率的な海氷生成メカニズムの存在を発見しました。さらに衛星観測から、このケープダンレー沖が全南極で最もこのメカニズムが働く海域であることも明らかにしました。大量に海氷が生成されると塩分の大半が氷からはき出されることで低温・高塩の重い水が作られ、この海域が底層水を形成する海域となるわけです。

海洋大循環の起点となる南極底層水の形成過程の一つを明らかにした本研究は、気候変動の理解や予測にも繋がります。また、フラジルアイスが海中深くまで達すると、生物生産を誘起する物質を海底から取り込むことができ、海氷を介する物質循環や生物生産の理解にも繋がる研究と言えます。

本研究は科学研究費補助金・基盤研究S(課題番号20221001、20H05707)等の助成を受け、現場観測は南極地域観測の公開利用研究として実施されました。なお、本研究成果は、2022年10月21日のScience Advances誌にFOCUS論文としてオンライン掲載される予定です。

図1:ケープダンレー沖でのフラジルアイス形成と南極底層水形成の模式図。

背景

世界の最も大きな海洋循環は、極域の海で重い水が沈み込み全海洋の深層に拡がりながら徐々に湧き上がることで作られる循環(海洋深層循環)です。世界で一番重い海水は南極海で作られ、南極底層水として全世界の底層に拡がっており、南極底層水起源の水は地球の全海水の30~40%をも占めます。重い水の沈み込みが弱くなったり、沈み込む場所が変わったりすると、海洋深層循環が変わってしまい、海の持っている熱容量は非常に大きいので、地球上の気候が大きく変化することになります。また、過去の地球ではそのような事態が起こっていたことも示唆されています。

南極底層水は南極海のどこでもできるわけではありません。ロス海・ウェッデル海・アデリーランド沖が底層水の3大生成海域として知られていました。研究グループは10年ほど前に、昭和基地の東方1,200kmのケープダンレー沖が未知(第4)の南極底層水生成域であることを、底層水の通り道である峡谷での実測から明らかにしました(文献1)。底層水の起源水となる重い水は峡谷の上流にある沿岸ポリニヤ(ケープダンレーポリニヤ)での大量の海氷生成によることが示唆されていますが、このポリニヤ内での実測がないため、どのくらい、どのようにして、海氷生成が生じ、それがどのように底層水形成に繋がっていくのかはわかっていませんでした。

研究手法

本研究では、係留系観測と人工衛星観測の2つの観測手法を用いました。係留系観測とは、浮きと重りで海中に立ち上げたロープに測器を取り付けて観測する手法で、ケープダンレーポリニヤ内に2つの係留系を設置し、2010年2月から1年間、海水と海氷の長期連続データを取得しました。南極沿岸域の係留観測は、アクセスが難しく氷山の存在もあり、リスクが非常に高い観測ですが、係留中に2回の氷山のアタックの形跡があったものの、第51次及び52次南極地域観測隊により、無事に係留系は回収されました。この係留系には、流速を計るための音響測器が付いていますが、その音響測器により海中の後方散乱強度が計測できます。研究グループは、この散乱強度データから海中内部の海氷(フラジルアイス)を捉える手法を開発し、南極沿岸ポリニヤでは初めて長期連続の海中フラジルアイスデータの取得に成功しました。研究グループでは同時に、衛星マイクロ波データにより、乱流状態で海氷が生成されるフラジルアイス域を検知するアルゴリズムも開発しています。このアルゴリズムの活用により、毎日全南極でフラジルアイス域や海氷生成量の推定をすることが可能となり、係留観測と組み合わせて解析を行いました。

研究成果

係留系観測での最も大きな発見は、この沿岸ポリニヤでは、海中で生成されるフラジルアイスが、海中深く少なくとも測器がある水深80m付近まで達するようなイベントが頻繁に起こるとわかったことです(図2C)。これまで観測された北極海やオホーツク海のポリニヤでは、フラジルアイスが観測されるのは水深30m程度まででした。このようなフラジルアイスイベントは強風イベントに非常によく対応し(図2A)、フラジルアイスが達する深さも風の強さとよく対応します。フラジルアイスの生成は海水の過冷却により生じるのですが、フラジルアイスが生成される冬季は、海水が過冷却になっていたことも観測されています(図2D水色シェード)。

図2:ケープダンレーポリニヤでの気象(A)・衛星(B)・係留系(C, D)データの時系列。(A)風速(青)、風ベクトル(紫)、気温(赤)、(B)衛星によるフラジルアイス出現率、(C)音響測器による、海中の後方散乱強度、強いシグナルがフラジルアイス、(D)水温(青)、塩分(赤)、水色シェードは過冷却を表す。

海中でフラジルアイスが生成されると、海洋表面が、断熱材となる海氷に覆われないので、海水が直接寒気にさらされ続けて極めて効率的に海氷が生成されます。このためにフラジルアイスイベントでは大量に海氷生成が行われます。海氷が生成されると、塩分の大半が氷からはき出されるので低温・高塩の重い水ができます。そのためポリニヤ内の塩分は冬季にどんどん上昇します(図2D赤線)。こうしてポリニヤ内の沿岸側では重い水が生成され、それが下層に潜り込み、陸棚斜面を下りながら周りの水と混合し南極底層水が形成される、という一連のプロセスが観測から明らかになりました(図1)。

このようなフラジルアイスイベントは、研究グループが開発した衛星アルゴリズムからも捉えることが可能です(図2B)。この係留観測によってアルゴリズムが検証されたとも言えます。

さらに、この衛星アルゴリズムと風データから、深いフラジルアイスイベントが南極海のどこで生じやすいかをマッピングすることもできます(図3)。マッピングから、このイベントは、他のポリニヤでも生じることが示唆されるとともに、ケープダンレーポリニヤが一番生じやすいことが示されました。このことが、このポリニヤ域を南極底層水の形成域たらしめており、それは沖向きの卓越風が非常に強く(図2A)、上流に氷山舌があること(図1)が原因と考えられます。

図3:衛星マイクロ波放射計と風データから推定された、深いフラジルアイスイベントの出現率マップ。ケープダンレーポリニヤが抜きんでて高い出現率を持つことが分かる。

今後への期待

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)から、南極底層水の生成量が有意に減少しているということが報告されています。底層水の減少は海洋深層循環の沈み込みの力の弱化を引き起こし、地球規模の海洋大循環や気候システムに影響を及ぼす可能性があります。これらの将来予測にはモデルが用いられますが、本研究で明らかにされた底層水の形成過程を今後組み込んでいく必要があります。

生物生産が大きい季節海氷域では、フラジルアイスが生成される際に鉄等を含む堆積物を取り込み、海氷が融解するときに放出することで植物プランクトンの大増殖を誘起する、という仮説が提唱されています。今回明らかになったフラジルアイスの生成域が海中深くまで達するという事実は、その可能性を高めるもので、海氷を介する物質循環や生物生産の理解にも繋がる研究と言えます。

注1:沿岸ポリニヤ
沿岸の海氷域内に出現する開水面もしくは薄氷域。

注2:フラジルアイス
乱流強度が強い時に、過冷却下の海中で生成される海氷。

文献

文献1:
北海道大学・東京海洋大学・国立極地研究所共同プレスリリース「未知の南極底層水を発見―海洋大循環を駆動する一番重い水―」(2013年3月4日)

発表論文

掲載誌:Science Advances
タイトル:Dominant frazil ice production in the Cape Darnley polynya leading to Antarctic Bottom Water formation(ケープダンレーポリニヤでの大量のフラジルアイス生成が南極底層水を形成する)

著者:
 大島 慶一郎(北海道大学低温科学研究所、北海道大学北極域研究センター)
 深町 康(北海道大学北極域研究センター)
 伊藤 優人(国立極地研究所)
 中田 和輝(宇宙航空研究開発機構地球観測研究センター)
 清水 大輔(国立極地研究所)
 小野 数也(北海道大学低温科学研究所)
 野村 大樹(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター)
 橋田 元(国立極地研究所)
 田村 岳史(国立極地研究所)

DOI:10.1126/sciadv.adc9174
URL:https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adc9174
出版日:2022年10月21日

お問い合わせ先

(研究成果について)
北海道大学低温科学研究所 教授 大島慶一郎(おおしまけいいちろう)

(報道について)
北海道大学社会共創部広報課
国立極地研究所広報室

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