大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

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研究成果

地域的な海水準上昇が氷床融解を促進していた可能性を提唱
-9~5千年前に発生した東南極氷床大規模融解に新メカニズム―

2022年11月29日
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所
学校法人中央大学
国立大学法人大分大学
国立大学法人東京大学大気海洋研究所
国立研究開発法人海洋研究開発機構

国立極地研究所の菅沼悠介准教授、中央大学の金田平太郎教授、大分大学の小山拓志准教授、東京大学大気海洋研究所の阿部彩子教授、海洋研究開発機構の齋藤冬樹研究員らを中心とする研究グループは、東南極沿岸の広域にわたる現地調査(動画1)と岩石試料の年代測定から、東南極氷床が約9千年前から5千年前にかけて急激に縮小したことを明らかにしました。そして、各種のモデルシミュレーションから、この縮小は温暖な海洋深層水の沿岸への流入に加え、地域的な海水準上昇が生じていたために起こった可能性を示しました。本研究結果は、南極氷床の大規模融解メカニズムの理解に貢献するだけでなく、南極氷床融解と海水準上昇に対する将来予測の検証・校正にも貴重なデータとなります。この成果は2022年11月9日にCommunications Earth & Environment誌にオンライン掲載されました。

動画1:東南極における調査の様子

研究の背景

近年、南極氷床融解の加速が相次いで報告され、地球温暖化に伴う近未来の急激な海水準上昇が社会的にも強く懸念されています。一方で、このような氷床の融解がさらなる大規模な南極氷床融解を引き起こし、やがて地球環境の激変を招くのかについては、まだ不明な点も多く残されています。また、南極氷床融解や海水準上昇の将来予測には精密な数値モデルシミュレーションが不可欠ですが、いまだ南極氷床の融解メカニズムは充分に理解されておらず、将来予測における大きな不確定要素となっています。この問題の解決のためには、現地調査によって過去の氷床変動の地形・地質学的記録を取得・分析し、この「過去の事実」をモデルシミュレーションによって解析することで、南極氷床の融解メカニズムを解明していくことが非常に重要です。そこで本研究グループは、東南極の中央ドロンイングモードランド(図1)を対象に氷河地形・地質調査を行うこととしました。

図1:東南極における本研究の主な対象地域。

研究の内容

第57次南極地域観測隊(2015~2016年)で、ノルウェーの南極観測基地(トロール基地)のメンバーの協力の下、中央ドロンイングモードランドの露岩域(注1)で重点的に調査を実施しました(図1)。この氷河地形・地質調査と、その際に採取した岩石試料の表面露出年代測定(注2)から、最終氷期(注3)以降の南極氷床の変動を詳細に復元しました。その結果、この地域の南極氷床は約9千年前から5千年前にかけて急激に縮小(氷床高度が低下)したことが明らかになりました(図2)。また、この氷床縮小の規模とタイミングは、同じく東南極、昭和基地周辺のリュツォ・ホルム湾(図3)で復元された氷床縮小(文献1)とほぼ完全に一致しました。この結果に対して、中央ドロンイングモードランドと南極大陸全体を対象とした氷床のモデルシミュレーションを実施したところ、この氷床縮小は局所的な現象ではなく、少なくともドロンイングモードランド地域全体で起きた大きなイベントであることが確認されました。

図2:中央ドロンイングモードランドのGrjotfjelletで採取した岩石試料の表面露出年代測定結果。数値はベリリウム-10(10Be)を基にした表面露出年代(単位kaは千年を表す)。ローマ数字はモレーン(注6)の番号に対応する。この結果から、最終氷期には山地の中腹ほどまでを南極氷床が覆っており、その後約9000年前以降に急激に氷床高度が低下したことが分かった(国立極地研究所 菅沼悠介撮影)。

そこで研究グループは、この急激な氷床縮小の原因を探るため、過去2万年間の気温(ドームふじ氷床コアによる復元)と南極沿岸に向かう海洋深層水の温度(海洋モデルによる推定)に加えて、地球のアイソスタシー(注4)を考慮した海水準の変化との関係を検討しました。特に海水準の変化は、今回新たに明らかになった氷床縮小による荷重の減少とそれに伴う地殻の隆起の効果を考慮したシミュレーションから推定しました。その結果、気温および海洋深層水の温度は最終氷期以降上昇を続け、約1万2千年前頃に最も高くなったのちはゆっくりと下降したことがわかりました。一方、海水準は、この地域において約9千年前から8千年前に最も高くなっていたことが明らかになりました(図3)。これらのことから、海洋深層水の温度上昇に海水準上昇が加わることによって南極大陸沿岸部の氷床・棚氷が大規模に融解・崩壊し、この影響が内陸に伝播することによって本研究が明らかにした約9千年前から5千年前の氷床縮小が引き起こされたと考えられます(図4)。

図3:ドロンイングモードランドにおける最終氷期以降の氷床融解と各種古気候記録との比較。(a)中央ドロンイングモードランド(内陸部)とリュツォ・ホルム湾(沿岸部)における氷床高度低下。(b)氷床高度低下に基づく荷重の減少に基づき、本研究で推定したこの地域の海水準変動(緑)(紫は従来のモデルによる推定)。(c)過去2万年間の気温(南極ドームふじ氷床コアからの復元(Kawamura et al., 2017)と、中央ドロンイングモードランド沖の海水温(Obase et al. (2021)から求めた水深450mの海水温)。

図4:ドロンイングモードランドにおける東南極氷床融解メカニズムの模式図。2万年前:最終氷期には海水準低下により東南極氷床が拡大。1.2-1.1万年前:深層水の温暖化によって棚氷の後退が始まったと考えられるが、東南極氷床には変化は認められない。9000-5000年前:地域的な海水準がピークを迎えたタイミングで温暖な深層水の流入が促進され、これにより棚氷の融解・崩壊が進んだ。この影響は内陸に伝播し、東南極氷床が大きく減少した。この傾向は約5000年前まで続いた。現在まで:氷床荷重の減少による南極大陸の隆起により、相対的に海水準が低下した。その結果、ドロンイングモードランド地域の棚氷等が安定化し、氷床の海への流出が阻止されて東南極氷床が若干再拡大した可能性がある。

今後の展望

本研究により、近年の融解が多数報告されている西南極氷床のみでなく、南極氷床体積の9割以上を占める東南極氷床においても、条件が揃えば大規模な融解が起きうることが明らかとなりました。しかし、南極大陸沿岸部の氷床・棚氷の大規模な融解・崩壊のメカニズムについては、いまだ不明な点が多く残されています。そこで今後は、南極周辺の海底堆積物等の分析を進めることによって、温暖な深層水の流入と氷床・棚氷の不安定化の関係にも注目して研究を進めていく必要があります。

注1:露岩域
現在氷床に覆われておらず地表面が露出している場所。

注2:表面露出年代測定
地表面が宇宙線にさらされることによって岩石中に形成される核種(宇宙線生成核種;10Be・ 26Alなど)の蓄積量から、その地表面の露出時間を推定する方法。この方法を用いることによって、地表面が氷床から解放されてからの経過時間を推定することができる。

表面露出年代の概念図。氷床が融解するとその中に含まれていた岩石(基盤や迷子石(注5))が氷床から露出し、宇宙線にさらされ宇宙線生成核種が蓄積する。その蓄積量から、氷床から解放されて以降の経過時間、すなわち表面露出年代が求められる。Heyman et al. (2011)を一部改変して作成。

注3:最終氷期
約77万年前に始まったチバニアンの時代以降、地球の気候は約10万年の周期で「氷期」と「間氷期」を繰り返してきた。氷期には北米大陸やユーラシア大陸においても氷床が大きく発達した。約7万年前に始まり約1万年前まで続いた氷期を最終氷期といい、とくに地球上で最も氷床が拡大した2万年前頃を最終氷期最盛期と呼ぶ。

注4:アイソスタシー
地殻(とその上に乗る氷床)の荷重の変動に対して、その下にあるマントルが流動することによって、地殻の荷重と浮力がつりあう現象。この現象により、荷重変動に対して遅れて隆起や沈降が起き、その結果海水準は地域的に異なった変動を示す。

注5:迷子石
氷河によって削り取られた岩塊が、長い年月のうちに氷河の流れに乗って別の場所に運ばれ、氷河が融け去った後にその場に取り残されたもの。

注6:モレーン
氷河によって削り取られた岩塊が氷河末端や側方に集積することによって形成される堤防状の地形。氷河が後退したあとにもこの地形は残るため、この地形から過去の氷河の位置や高さを知ることができる。

文献

文献1:
総合研究大学院大学・国立極地研究所プレスリリース「南極現地調査で明らかになった過去の急激な南極氷床の融解とそのメカニズム」2020年9月18日)
https://www.nipr.ac.jp/info/notice/20200918.html

発表論文

掲載誌:Communications Earth & Environment
タイトル:Regional sea-level highstand triggered Holocene ice sheet thinning across coastal Dronning Maud Land, East Antarctica

著者:
 菅沼 悠介(国立極地研究所 地圏研究グループ 准教授)
 金田 平太郎(中央大学 理工学部 教授)
 Martim Mas e Braga(Department of Physical Geography, Stockholm University, Sweden)
 石輪 健樹(国立極地研究所 地圏研究グループ 助教)
 小山 拓志(大分大学 教育学部 准教授)
 Jennifer C Newall(Department of Physical Geography, Stockholm University, Sweden)
 奥野 淳一(国立極地研究所 地圏研究グループ 助教)
 小長谷 貴志(東京大学 大気海洋研究所 特任研究員)
 齋藤 冬樹(海洋研究開発機構 研究員)
 Irina Rogozhina(Department of Geography, Norwegian University of Science and Technology, Norway)
 Jane Lund Andersen(Department of Geoscience, Aarhus University, Denmark)
 川又 基人(土木研究所 寒地土木研究所 寒地基礎技術研究グループ 研究員)
 平林 幹啓(国立極地研究所 気水圏研究グループ 特任助手)
 Nathaniel A Lifton(Department of Earth, Atmospheric, and Planetary Sciences, Purdue University, USA)
 Ola Fredin(Department of Geoscience and Petroleum, Norwegian University of Science and Technology, Norway)
 Jonathan M Harbor(Department of Earth, Atmospheric, and Planetary Sciences, Purdue University, USA)
 Arjen P Stroeven(Department of Physical Geography, Stockholm University, Sweden)
 阿部 彩子(東京大学 大気海洋研究所 教授)
DOI:10.1038/s43247-022-00599-z
URL:https://www.nature.com/articles/s43247-022-00599-z
論文出版日:2022年11月9日

研究サポート

本研究はJSPS科研費(JP16H05739、JP 17H06321、JP 19H00728、JP 21H01173)、東レ科学技術研究助成、および国立極地研究所のプロジェクト研究費(KP-7、KP306)の助成を受けて行われました。また、現地調査・試料採取は第57、59次南極地域観測隊、ノルウェー南極観測隊、南アフリカ南極基地(SANAE基地)の支援により行われました。

お問い合わせ先

(研究内容について)
国立極地研究所 地圏グループ 准教授 菅沼悠介(すがぬまゆうすけ)
※南極調査中につき、2022年2月中旬まで直接の対応には時間がかかります。

(報道について)
国立極地研究所 広報室
大分大学総務部総務課広報係

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