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第64次日本南極地域観測隊員候補者の公募について

(資料3)

南極地域観測隊の医療の現状と限界

南極は、極寒、強風、極夜の存在など、厳しい自然環境であるだけでなく、観測隊員は、少人数からなる閉鎖的な環境で数か月から1年以上の期間を過ごすことになります。

様々な技術が進歩を遂げている現代においても、南極での活動は国内とは比較にならない危険を伴いますが、観測隊ではいかなる時も人命を最優先とし、怪我をした際や病気が発症した際には医療隊員を中心に最善の処置を行います。

国立極地研究所では、隊員の生命と健康を守るための医療設備や治療薬の整備拡充を図っていますが、南極という特殊な環境から、医療面で数々の制約があります。

本稿は、南極地域観測隊における医療の現状と限界について説明したものです。

南極地域観測隊に参加される方は、以下に記す文章をよくお読みいただき、十分にご理解ください。また、参加される方ご自身だけでなく、ご家族にも十分に理解して承諾していただく必要があります。

なお、南極では上記のような厳しい環境での生活となりますので、隊員候補時の身体検査については、細部にわたる身体検査が実施されます。その身体検査において、観測隊の出発までに解決しておくべき健康面での条件を付された場合は、出発前までにしっかりと治療等を行い、付された条件を解決しておく必要があります。解決できない場合は、観測隊への参加はできません。また、隊員決定後も南極での活動に支障のないように体調管理が求められます。

1. 医師体制について

南極地域観測隊では、昭和基地を拠点に活動する本隊と本隊とは離れて行動する別動隊があり、それぞれ医師の体制が異なります。ここでは、本隊と別動隊の基本的な体制について説明します。

※当該隊の医療体制等の詳細については、隊員編成が決定した後にお知らせします。

(1)本隊…昭和基地を拠点に活動する隊

・医療隊員として原則2名の医師が参加します。

・南極において求められる医療技術と経験を備えた医師を選抜していますが、医療の領域については、参加する医師により専門分野の違いがあります。専門分野外の医療技術は出発前に必要な研修を行います。

・昭和基地では衛星回線を利用した遠隔医療システムが整備されており、このシステムを利用することにより、必要に応じて国内の専門医のサポートを受けることができます。

・看護師、検査技師、放射線技師などは配置されていないため、人手が必要な場合には医師以外の隊員の協力を得てこれらの業務を行います。そのため、例えば国内では外科手術の場合、外科医2名、麻酔科医1名、看護師2名で通常行なわれることと比べると、昭和基地では医療業務に支障や様々な制約が生じます。

・昭和基地への往復時の南極観測船「しらせ」乗船中、夏期間、越冬期間によって医師体制が変わります。

基本的な医師体制

 
「しらせ」乗船中
夏期間
越冬期間
当該隊 2人 2人 2人
前次隊 2人
「しらせ」※ 2人 2人
合計 4人 6人 2人

※医師と歯科医師

(2)別動隊…本隊とは別に行動する隊 

 1)内陸旅行隊…雪上車で南極大陸内陸部を移動しながら調査活動を行う隊
  ・内陸旅行隊の隊編成により医療隊員が同行する場合としない場合があります。同行する場合は、基本的に1名です。

 2)外国基地を活動拠点とする隊
  ・活動拠点にする基地の医療体制に拠ります

 3)専用観測船で活動する隊
  ・観測船の医療体制に拠ります。

2. 基本的医療設備について

(1)本隊…昭和基地を拠点に活動する隊

・昭和基地には、外科的手術が可能な設備のほか、レントゲン撮影装置、生化学検査機などが整えられていますが日本国内と同等の医療水準を望むのは難しい事が多いです。「しらせ」乗船中についても同様です。

(2)別動隊…本隊とは別に行動する隊

 1)内陸旅行隊…雪上車で内陸を移動しながら調査活動を行う隊
  ・外科的手術が可能な設備はなく、持参する医療機器にも大きな制限があります。

 2)外国基地を活動拠点とする隊
  ・諸外国の基地の設備に拠ります。
  ・キャンプ活動に備えて医療機器を持参しますが、大きな制限があります。

 3)専用観測船で活動する隊
  ・観測船の医療設備に拠ります。

3. 医薬品について

現地で発症した病気や怪我に対する治療薬は、新たに発症するであろうと予測した患者数をもとにその種類と量を決め、計画的に持参しています。しかし自ずと限度があり、不足するものがあったとしても観測活動中には取り寄せることができません。

もともと持病があり、日常的に服用している薬がある場合は、医療担当隊員と相談の上、別途自費で出国から帰国までの期間分を準備して下さい。持病を申告せず必要な持病薬を持ち込まないことによって万一重症化した時には、十分な対処をできない可能性が高いため、何らかの薬を常用している場合は、医療担当隊員と相談したうえで、必ず準備をして出発して下さい。

4. 緊急搬出について

緊急搬出とは、南極では対応できない病気や怪我が発生した際、文明圏にある医療機関を受診するために航空機または船舶を利用して急遽南極から文明圏へ傷病者を搬出することを言います。

国内では、一般の病院で対応困難な病気や症状を患者が呈する場合には、さらに高度の医療を行うため専門病院に移送する場合がありますが、南極から高度な治療が可能な大陸(オーストラリア、アフリカ、南米など)への緊急搬出は、非常に困難です。

夏期には観測船の航路変更による緊急対応、諸外国や各国基地の協力による航空路活用などの可能性はありますが、冬期の緊急搬出は不可能です。

5. 野外活動時のリスクについて

基地を離れた野外での行動時の事故や急病について、ファーストエイド等の準備はされていますが、それだけでは適切な処置ができない場合があります。また、天候条件などにより、昭和基地などの治療設備がある拠点へ迅速に収容することが困難な場合があります。

6. 後遺症について

昭和基地の医療施設は急性期疾患を中心とした設備を備えておりますが、慢性期疾患への対応や機能回復訓練を想定していません。そのため、国内では残らない後遺症や機能障害が、南極では発生する可能性があります。別動隊についても同様です。

7. 帰国命令(強制帰国)について

身心上の安全に問題があると診断された場合、隊長及び副隊長(以下、隊長等)の判断により、強制的に帰国させる場合があります。

8. 妊娠および出産について

南極では、妊娠・出産にともなって生じる疾病(流産、胎盤剥離、妊娠中毒症、帝王切開、未熟児医療など)に対応することはできません。妊娠した場合は、母体と胎児に危険が生じたり、その対応のために観測隊の計画が大幅な縮小、変更を余儀なくされたりすることが予想されます。また、前述のように緊急搬出は非常に困難です。

なお、昭和基地で越冬する女性隊員、同行者については、観測船が帰国する時点で妊娠反応試験を実施することを承諾していただきます。妊娠が確定した場合は、隊長等が帰国を命令することがあります。

9. 個人情報の取扱いについて

診療に関する個人情報は日本国内と同様に保護され、原則として診療情報の提供には本人の同意を求めます。ただし、南極という特殊状況下に於いて、隊の運営上必要と判断される場合は、本人の承諾を得る前に、医療隊員が隊長等並びに国内医師及び南極観測センターに、傷病名や疾患名とその予後を報告する場合があります。また、通信回線を用いた遠隔医療の運営や情報交換に際しては、個人情報の保護に努めますが、その保護には限界があります。

なお、隊員候補者の健康判定のために実施した個人健康診断データ及び、南極行動中に得られた定期健康診断を含む医学医療データは、昭和基地における健康管理や安全性向上のための貴重な基礎資料となります。将来的な医療改善と医学研究推進のため、個人を特定できない形で活用することがあります。

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