急激な温暖化に伴う雪氷圏変動の実態把握と変動メカニズムの解明
背景と目的
近年の地球温暖化に伴い、北極域では全球平均の3倍以上のペースで急激な気温上昇が進行しています。このことは、氷河・氷床の融解や季節積雪の根雪期間の減少を加速し、結果としてアイス・アルベドフィードバックを助長して、さらなる海水準の上昇や周辺環境および気候状態の変化を引き起こすものと予想されています。本研究課題では急激な温暖化に伴う雪氷圏変動の実態把握と変動メカニズムを解明することを目的とし、以下の3つのサブ課題を設定しました(図1参照)。
サブ課題1「氷床・氷河・季節積雪変動の実態把握とメカニズム解明」では、グリーンランド氷床の質量収支観測を中心に、各種現地観測、衛星観測、数値モデルを組み合わせることにより、従来考慮されてこなかった雪氷微生物効果、光吸収性エアロゾルによるアルベド低下効果、積雪粒径効果などの物理・化学過程を加え、近年の質量収支変動および北極域の雪氷圏変動の実態把握と変動メカニズムを解明します。サブ課題2「過去に生じた温暖化の実態と環境への影響」では、産業革命以後のグリーンランドの温暖化と環境変動の実態を解明します。さらに、氷期に生じた急激な気候変動における極域と中・低緯度の気候・環境変動のリンクや変化速度を推定し、急激な変動のメカニズムや影響の解明と急激な温暖化が社会・経済に及ぼす影響を推定し対策を立てるために必要なデータを取得します。サブ課題3「季節海氷域における雪氷‐大気間の物質・水循環解明とその気候への影響評価」では、季節海氷域の局所的な水循環と海氷域からの物質放出に関わる大気化学プロセスの定量的な把握と諸過程を各種モデルへ組み込むためのデータベース構築を目的に、グリーンランド季節海氷域沿岸部でのエアロゾル、水蒸気、気象モニタリングとアイスコア掘削により、温暖化下における諸過程の経年変化を明らかにすることを目標としました。

研究方法と主な成果
雪氷課題の現地観測は、グリーンランド北西部、アラスカの氷河、ニーオルスン等において、氷河・氷床・海氷上の雪氷・気象、雪氷微生物、エアロゾル等を対象として実施しました。また、グリーンランド南東ドームでは、科研費課題と共同でアイスコア掘削を実施しました。さらに、本研究グループが過去に設置した自動気象観測装置(AWS)データや既存アイスコア試料を解析しました。数値モデルによる研究は、領域気候モデルと地球システムモデルを高度化し、北極雪氷圏における温暖化影響評価と観測対象域に絞り込んだ領域規模の大気、雪氷、エアロゾル等の実態把握と雪氷圏変動メカニズムの解明を実施しました。
主な成果は、サブ課題1ではグリーンランドのAWSデータの品質管理技術の開発と平衡線高度における熱収支・質量収支変動の実態把握、雪氷微生物による氷河暗色化プロセスの理解とモデル化、衛星抽出積雪粒径検証用の可搬型装置の開発・商品化(社会実装)、領域気象・化学・雪氷モデルNHM-Chem-SMAPの開発と積雪内部の不純物濃度観測の検証、同モデルの気象庁現業での採用(社会実装)、グリーンランド氷床上降雨量増加実態の解明、地球システムモデルMRI-ESM2.0による北極域人為起源ブラックカーボン(BC)由来有効放射強制力の定量化です。サブ課題2では、グリーンランド氷床上SIGMA-DとEGRIP(図2参照)のアイスコアから過去100年間のダスト組成と濃度の復元をし、掘採地点の標高によって、沿岸部と遠方から輸送されるダストの寄与が異なること、低標高域のアイスコア中のダストは温暖期と寒冷期では鉱物組成が変化することなどを解明しました。また、同上アイスコアから過去350年間のBC濃度と粒径を復元し、化石燃料起源と森林火災起源によって季節変化のパターンが異なることなどを明らかにしました。サブ課題3ではグリーンランド・シオラパルクにおける冬季の降雪・水同位体比観測からの冬季の降雪プロセスを解明しました。さらに、グリーンランド氷床で最も高涵養な南東ドームのアイスコア解析により、植物プランクトン由来の雲核能力のある硫黄化合物の放出の増加およびその原因が海氷融解の早期化であることを解明、夏の硫酸濃度の変化と周辺海域の雲量に有意な相関があることを発見、さらに、1799年以降年降水量に大きな変化はなく、1900年以降夏季の気温上昇に伴う積雪融解量が増加したことなどを明らかにしました。

まとめ
研究期間中に発生したCOVID-19禍とロシア‐ウクライナ戦争は研究遂行上無視できない影響がありましたが、実施時期や規模の変更により予定した研究内容を実施しました。研究課題間連携は主に大気課題、気候予測課題、沿岸環境課題と実施しました。研究目標に対応する論文発表はほとんどが実施されました。データ公開もほぼ終了し、研究成果の社会実装やIPCC等への貢献も行われました。以上の結果、本研究課題の目標は概ね達成されました。今後の課題は、サブ課題1では本研究で開発した新型観測装置、各種数値モデル群、衛星観測技術の活用を進め、サブ課題2では異なる時代や地域を対象としたアイスコア解析や、バイオエアロゾル等の新たな分析手法の開発を進める必要があります。サブ課題3では季節海氷域の水・物質循環過程を大気化学モデルに組み込むための現場観測を継続し、低温室における模擬実験による素過程の理解を深めるとともに、高解像かつ小氷期を復元可能なアイスコアの深層掘削とその解析が次の課題です。
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