陸域生態系と凍土・周氷河環境の統合観測による物質循環過程の解明
背景と目的
環北極域に広がるツンドラ生態系や森林生態系は、温暖化とそれに伴う永久凍土荒廃や氷河後退の影響を受けると考えられます。一方で、凍土荒廃や氷河後退に対する生態系の応答を裏付ける観測データは十分に存在せず、将来予測に必要な陸圏相互作用システムの全体像は明らかになっていません。近年、北極評議会(AC)加盟の各国において北極域の観測を強化する動向が見られる中、我が国としても整備を進めつつあるAC加盟国内の観測拠点を活用しつつ、オブザーバー国としてACの各国政府や作業部会、そして地域住民に還元可能な科学的知見を提供することが期待されています。
陸域課題では、ツンドラ・森林生態系変動と永久凍土荒廃・山岳氷河後退に着目して温室効果気体を中心とする物質循環の実態を解明することを目的としました。特に、生物多様性と炭素固定機能、永久凍土地帯の土壌微生物相変化と植生の相互作用、地下氷、氷河の融解に伴う物質循環過程などは実態把握が不足しており、本課題で新たな現場観測を推進するとともに長期の観測データ等を利用して物質循環の実態解明を進めました。本研究課題の推進により、環北極域陸圏における炭素を中心とする物質循環の温暖化影響の理解が深まり、その成果は生態系モデルや地球システムモデルの高度化に資するとともに、観測・モデル高度化によって得られた知見を国際的な報告書に反映させることを目指して下記の3つのサブ課題(ツンドラ生態系、北方林生態系、永久凍土・北極域山岳氷河地形)を設定して研究を実施しました。
サブ課題1
サブ課題1では、高緯度ツンドラ域での観測や既存の観測データおよびデータベースを利用した統合解析により、生物多様性の温暖化応答の把握と、生物多様性が駆動する生態系機能、特に炭素隔離能を、ツンドラ植生と土壌の相互作用や氷河地形(氷河融解)の影響、および環境の緯度勾配に沿った分析などで明らかにしました。
サブ課題2
サブ課題2では、北方林生態系の物質循環過程が温暖化による気温・雨量パターンなどの変化や永久凍土の融解の影響を受ける可能性が高いことを背景とし、北方林生態系の長期観測を通じて、北極陸域生態系の変化と温室効果気体動態の解明を目指して研究を実施しました。
サブ課題3
サブ課題3では急激な気温上昇によって加速的な変化が生じている永久凍土地帯と山岳氷河末端域に着目し、メタンガスを中心とした山岳氷河流域における温室効果気体動態と永久凍土中の水銀濃度およびその河川から北極海に至る流出過程を凍土土壌サンプルや海洋地球研究船「みらい」北極航海で得られたアラスカ沖の海底堆積物の分析で明らかにしました。
まとめ
本課題では、生物多様性、温室効果気体動態の観測研究とモデル解析に関する研究が並行して進展しました。北極域での観測的研究はCOVID-19パンデミックによる活動の制約やその後の国際情勢の影響を強く受け、研究期間前半は本プロジェクト参加者による当初の計画どおりの調査を完遂することはできませんでした。しかしながら、現地協力者との関係強化により、現地観測の支援、既存のデータの共有などが深化し、完全ではないものの現地調査の代替が可能となり成果につながりました。
ロシアでの継続的な観測データの取得は、ロシア‐ウクライナ戦争が開始した2022年以降中断されました。ロシア領域の観測を除外することは、陸域生態系の評価に大きな偏りを生じさせる可能性があります。北極域全体のより正確な環境変化を理解するためにはユーラシア大陸における実態把握研究も引き続き重要なテーマであり、国際情勢を鑑みつつ、現地調査の代替調査手法の早急な検討が不可欠です。

研究課題の背景や概要
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研究業績
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取得データ
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