気象気候の遠隔影響と予測可能性
はじめに(背景と課題)
地球温暖化に伴う海氷・積雪・氷床縮小などの北極の急速な環境変化は、中緯度地域の寒波や豪雪さらには全球の気候や海洋循環に影響を及ぼし、ひいては生態系・生物資源にまで変化を引き起こすことが、これまでのGRENE北極気候変動研究事業(GRENE北極)や北極域研究推進プロジェクト(ArCS)によって明らかになってきました。北極域の変化によって日本のみならず世界の社会・経済および人々の生活に大きな影響が生じるという理解が進み、「北極域の温暖化およびその影響の実態把握とメカニズムの解明」が喫緊に取り組むべき課題として科学的のみならず社会的な国際認識となりました。そのために、今後の北極域研究においては、観測精度の向上を通じた北極環境変化の実態把握から、気象気候予測の高度化・精緻化を進めることで定量的な予測を行い、人間社会環境への影響を評価し、持続可能な社会のための法政策的対応の推進が研究コミュニティに求められることとなりました。
この中で本研究課題は、戦略目標②「気象気候予測の高度化」に資する「気象気候の遠隔影響の解明と予測可能性の評価」を主要なターゲットとしました。具体的には、予測の高度化・精緻化に直接寄与する気象気候の素過程のメカニズムを陸面過程、水・熱輸送の定量的評価によって明らかにし、予測可能性評価に資する基礎資料・指標を提供、さらに北極域温暖化増幅および温暖化進行過程を解明することです。加えて短期的極端現象予測と防災・減災対策に貢献する社会実装を目指すこととしました。
研究概要
本課題では、GRENE北極およびArCSの研究が明らかにした「北極の気候変化による日本をはじめとする中緯度の気象気候への影響」という知見に加えて、課題として指摘されている北極域の急激な変化による極端現象の発現および全球規模での不可逆的変化の重要性を念頭に、課題名を「気象気候の遠隔影響と予測可能性(遠隔影響課題)」とし、以下3つの課題目標を設定しました。
(1)北極環境変動に関わる極端現象の理解
(2)北極域温暖化増幅および温暖化進行過程の解明
(3)極端現象予測と防災・減災対策、および気候変動適応策に貢献する社会実装
戦略目標②の達成に向けた本研究課題の最大の特徴は、日々発現する現実の大気現象および極端現象に着目し、その積み重ねとしての環北極域の気候変動や気候変調、さらには中低緯度域の気象気候とのリンクを捉えていく点です。従来にはない新しい視点を基に、大気‐海洋‐雪氷‐陸域の多圏間結合系、成層圏‐対流圏‐海陸面の鉛直結合系、極域‐中緯度域緯度域‐熱帯域の水平結合系を短期~中長期の時間スケールで連続的に捉えていくことで「気象気候の遠隔影響」を解明し「予測可能性」を的確に評価します。このような極端現象とその変調という新たな視点を取り入れ、多圏間結合、鉛直結合、水平結合を多角的に統合する、世界に先駆けた北極研究のアプローチといえます(図1)。

この目標の達成に向けて、本研究課題の目的を「北極域の急激な変化による極端現象の発現と北極域の温暖化進行過程の理解」とし、以下の4つのサブ課題(サブ課題責任者)を掲げました。
・サブ課題1:寒気を伴う極端現象の発現メカニズム(本田 明治)
・サブ課題2:環北極域の季節~十年規模変動とその温暖化による変調(田口 文明)
・サブ課題3:北極域温暖化増幅のメカニズム(吉森 正和)
・サブ課題4:陸域プロセスを介した気象・気候変動の理解(佐藤 友徳)
各サブ課題は3~8名で構成され、研究期間を通して概ね25名前後の体制で推移しました(図2)。

研究課題全体の研究成果概要
続いて2020年6月のプロジェクト開始から2024年9月までの研究成果概要を示します。本課題はデータ解析・数値実験が主体であり、COVID-19の影響をほぼ受けることなく、当初予定の研究計画を予定どおり遂行することができました。
2020年度はCOVID-19全盛期でしたが、サブ課題間の連携をまず強固にし、密接に会合や研究会を持つことで情報交換を進め研究の初動体制を固めてきました。また戦略目標②を共有する研究課題「気象気候予測と予測手法の高度化(気候予測課題)」とは相互に研究会合を共有し、本課題がモデルの精緻化・高度化に寄与する体制の構築を進めてきました。関連する戦略目標①③④の研究課題との連携体制は研究者の個々のつながりをよりどころとし連携を図りました。ステークホルダーとしてまず新潟県を皮切りとして協議を開始しました。
2021年度は、北極寒気の動態を客観的指標化した寒冷渦指標が完成し、2021年9月に寒冷渦(COL:Cutoff Low)マップとしてリアルタイム情報を新潟大学ウェブサイト(https://naos.env.sc.niigata-u.ac.jp/~coluser/)で公開、本課題の主題である「気象気候の遠隔影響と予測可能性」の展開に向けて盤石な基盤を築きました。サブ課題間の連携も活発に継続され、特に頻発する世界各地の顕著現象に関する情報共有・解析体制を整えました。戦略目標②を共有する気候予測課題との連携も安定し、関連する戦略目標①③④の研究課題とは、国際政治課題主催のイベントおよび「北極域実践コミュニティ」への参画を通じて連携体制の構築も始まりました。社会実装に向けた取り組みでは、新潟県と協議を継続し、市民向け公開セミナーを開催しました。
2022年度は、寒冷渦指標のトラッキングシステム(追跡アルゴリズム)が完成、また寒冷渦指標解析ツールをGitLabに実装し、国内外を問わず希望者への公開も開始しました。サブ課題間、研究課題間の連携も引き続き良好で、会合や研究会を通じて常時情報共有し連携して解析する体制を維持しました。国際連携では、対面型で実施された第7回国際北極研究シンポジウム(ISAR-7)において当課題サブ課題責任者の4名をコンビーナーとするセッションを開催、またハワイ大学国際太平洋研究センター(IPRC: International Pacific Research Center)を本課題の代表者・副代表者が訪問し、寒冷渦による北極寒気の中低緯度北太平洋の気象気候への影響に関する意見交換を行いました。社会実装に向けた取り組みでは、新潟県に加えJR東日本および気象庁との協議も開始しました。
2023年度は、寒冷渦指標をさらに展開する極端現象発現指標の開発に着手し、その予測可能性評価を進めました。また各サブ課題の取り組みの統合を目指して、極域‐中緯度‐熱帯結合系の提唱、十年規模変動メカニズム、温暖化に伴う水・熱輸送評価、物質循環を含む陸面変動過程の解明に向けた取り組みへの移行を進めました。サブ課題間、研究課題間連携も会合や研究会を通じて引き続き活発に進めました。国際連携では、COVID-19の収束に伴って国際会合・イベント開催、国際学会等参加による研究成果の国際的周知が進みました。公開中のCOLマップのウェブサイトを改良し、英文版を基本とし、さらに広くステークホルダーに活用いただく目的でスマートフォンなどモバイルメディアバージョンも整備しました。検索エンジンでは「col map」と打つことで最上位に表示されています。また寒冷渦指標解析ツールも英文版を基本としました。社会実装に向けた取り組みでは、寒冷渦指標が2023年6月に気象庁気候情報課の内部用解析ツールに実装され、7月の異常気象分析検討会の解析資料より活用が開始されました。また新潟県などのステークホルダーとは2023年夏の記録的な猛暑に関わる社会生活環境や農業への影響について委員会・勉強会の開催を通して継続協議を進めました。
2024年度は、各サブ課題でこれまでに得られている環北極域の気象気候に関する諸過程の一層の統合を目指しました。寒冷渦指標に関しては、豪雨や豪雪に関わる顕著大気現象に関わる極端発現指標を同定し、追跡システムへの実装を進めています。2023年度より気象庁気候情報課解析ツールに実装されている寒冷渦指標は、2024年10月より気象庁異常気象分析Webに掲載されることが決まりました。
まとめ
GRENE北極以来掲げられている「北極の気候変化による日本をはじめとする中緯度の気象気候への影響」解明のより一層の推進を目指し、日々発現する現実の大気現象および極端現象に着目するこれまでにない新しい視点で、課題メンバー一丸となって本プロジェクトを推進してきました。中でも北極寒気の動態を客観的指標化した寒冷渦指標を開発し、ウェブサイトを通じたリアルタイム情報発信、さらに極端現象発現指標の開発を進め、「顕著異常気象をもたらす寒冷渦を検出・追跡して予測進路を表示するシステム」の最終年度中公開準備を進めています。さらには、環北極域の季節~十年規模変動とその温暖化による変調、北極域温暖化増幅のメカニズム、陸域プロセスを介した気象・気候変動の理解に関するプロセス研究では非常に多くの成果をあげ、積極的な情報発信を行ってきました。各年度の査読付き英文誌における論文発表は18~24本、プレスリリースは2~8件を研究期間中安定して維持してきました。サブ課題間の密接な連携体制のもと、COVID-19の影響をほぼ受けなかったことで、研究計画の変更もなく当初予定の研究ロードマップに従って順調に研究を推進することができました。
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