北極域における沿岸環境の変化とその社会影響
沿岸域は、北極域における生態系と人間社会にとって極めて重要な役割を果たしています。沿岸域は豊かな生物多様性に加えて高い生物生産性があり、北極域に生活する人々と社会に不可欠な資源を提供しています。また海や資源へのアクセスがよいため、多くの北極住民の生活の場となっています。その一方で、沿岸域を特徴付ける海氷、氷河、永久凍土は温暖化の影響を受けて急速に融解が進んでおり、急激な気候変動に対して敏感かつ脆弱な地域でもあります。海氷の縮退は沿岸の波浪浸食を引き起こし、永久凍土の融解によって沿岸地急斜面は不安定となります。また氷河の流出によって運ばれる土砂の量は増加し、その結果として海岸の前進も報告されています。これら気候変動に起因する自然環境の変化は、北極域社会に深刻な影響を与えつつあります。
グリーンランドは陸地の80%以上が氷に覆われており、約57,000人の人々は氷と海に挟まれた沿岸域に居住しています。このグリーンランド沿岸でも、気候変動によって急激な変化が起きています。例えば氷河の融解水が海洋環境に影響を与え、海洋生態系にさまざまな影響をもたらします。また陸域では永久凍土の融解が進んでいます。このような自然環境の変化によって、グリーンランド社会に深刻な問題が生じています。氷河の融解増加による河川の氾濫や、急斜面での地すべりとそれに伴う津波によって、建物や構造物への被害が報告されています。さらに、沿岸社会と生態系の間には複雑な相互作用が存在し、社会の変化による自然環境への影響も顕在化しています。
本研究では、グリーンランド沿岸における自然環境の変化を定量化し、その社会影響を明らかにするため、北西部カナックにおいて海洋、氷河、陸域、大気、社会に関わる調査研究を実施しました。同地ではこれまでに、GRENE北極気候変動研究事業(GRENE北極、2011~2016年)および北極域研究推進プロジェクト(ArCS、2015~2020年)の枠組みで研究が実施されており、本研究はその取り組みを拡大発展するものです。GRENE北極では氷河氷床を中心に研究が実施され、氷河変動の実態とそのメカニズムについて理解が進みました。その後のArCSでは、氷河と海洋の相互作用、および海洋生態系にまで研究が拡大され、氷河変動が海洋と生態系に与える影響について新しい知見が示されました。本プロジェクトではこれらの取り組みで明らかになった自然環境の変化が、社会に与える影響の解明に焦点を当てます。この目的を達成するために、海洋生態系、氷河氷床、陸域、気候、海氷、工学、社会科学にまたがる複合的な研究課題に、広い分野から集まった研究者が学際的な研究活動に取り組むものです。具体的には、①海洋生態系の変動、②氷河氷床の変動、③陸域・海氷・大気の変動、④工学的アプローチ、⑤社会科学的アプローチ、の5つのサブ課題に分かれて研究活動を実施しました(図1)。

研究対象地となるカナックは、グリーンランド北西部に位置する人口約600人の村です(図2)。村の背後にはカナック氷帽が広がり、その融け水が生活水として利用されるとともに、氷河河川による災害も生じています。また周辺の海洋にはグリーンランド氷床からカービング氷河が流入しており、氷河フィヨルドは狩猟や漁業にとって重要な環境です。グリーンランドの中でも伝統文化が色濃く残る地域でもあり、気候と社会の急激な変化が文化の継承にも影響を与えています。2020~2021年にはCOVID-19の影響で渡航が実現しませんでしたが、現地の研究者と協力者によって氷河モニタリングを継続しました。その後2022~2024年にわたって、現地での調査観測を実施しました。ArCS II 2020-2025成果報告書「4.9 沿岸環境課題」では、現地調査に基づく研究結果を中心に、研究プロジェクトの成果を報告します。

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