北極域の持続可能性を支える強靭な国際制度の設計と日本の貢献
背景と目的
本研究課題は、本プロジェクトゴールにある「持続可能な社会の実現を目指して・・・北極における国際的なルール形成のための法政策的な対応」を研究し、北極に関心を有するステークホルダーにわかりやすくその知見を提供することを目的としています。特に本研究課題は、「我が国の北極政策」でも重要な柱となっている北極域における法の支配の確保に貢献するため、3つのサブ課題を設定しました。1つ目は北極科学協力を促進するための国際制度に関する研究であり、北極評議会(AC)や2017年に成立した北極科学協力協定などを題材にします。2つ目は北極の海の持続可能な利用を促進する国際法のあり方を研究し、北極航路や2018年に成立した中央北極海無規制公海漁業防止協定(CAOFA)などを題材にします。3つ目は、先住民族の権利と北極域の持続可能な発展に資する関連国際法の統合的研究を行います。
2020年スタート当初は、北極域特有の協定が複数締結されるなど法の支配に基づく北極ガバナンスの実現強化が期待されていました。しかし、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻とその後の世界の地政学的状況の変化は、逆に北極国際協力の危うさをも露呈させました。本研究課題は、期せずして、こうした北極ガバナンスの激動の5年間を対象にし、その強さと弱さを学術的に解明することができました。なかでも、2023年に公表した「我々は北極域でロシアと協力し続けることができるか」を問う論文(Koivurova and Shibata, 2023※1)は、公表から1年強で7,000ビューを得ており、本研究課題で得られた成果のインパクトの大きさを物語っています。こうした研究過程で築くことができた北極国際法政策研究に関する国際的且つ組織的な研究ネットワークは、次期北極域研究プロジェクトでも有効活用できるでしょう。
戦略的な研究計画と数値目標の達成
本研究課題は、その最終数値目標である15以上の論文、2つ以上の書籍ないし雑誌特別号、10以上のステークホルダー向けブリーフィングペーパー・シリーズ(BPS)の発刊を達成するために、予算状況に応じて5年間の研究を戦略的に計画し、結果、すべての目標を達成することができました(図1、図2)。雑誌特別号は、2020年12月『Polar Record』誌に「北極資源開発と国際法の役割」、2023年3月『The Yearbook of Polar Law』誌に「北極域とArCS IIの貢献」、そして『Polar Science』誌に「北極先住民族のための持続可能な発展」と題して企画しました。
戦略的な研究計画のもとで、最初の2年間は、先を行く海外の北極国際法研究から学び、そのために海外専門家を招いた国際シンポジウムやセミナー等を国内で開催し、人的ネットワークと共同研究の基礎作りを行いました。2022~2023年度には、こうした研究の基礎を活用して得られた学術的知見に基づき、国際雑誌や国際会議等の場で研究成果を披露し、我々の研究の質を国際的な検証のもとに晒しました。またこの頃より、検証済みの学術的成果を根拠に、ステークホルダー向けBPSや成果報告の場を積極的に創出し、研究成果を社会実装するための契機を作りました。最終年度となる2024年度には、本研究課題の原点に立ち返り、我が国の北極政策のこれまでの10年間の実践をレビューし、その成果と課題をまとめたBPSを発刊しました。その一環として、9月にフィンランド・ラップランド大学北極センターで開催したワークショップでは、フィンランド北極担当大使が出席し、本プロジェクトを通じた日本における北極ガバナンス研究の目覚ましい発展に言及があり、激動の北極国際政治の中にあっても、引き続き、日本がACに建設的に関与することを期待していると述べました。


研究手法(1):注目度の高い国際シンポジウムの活用
本研究課題では、北極国際法政策研究者、実務家、先住民団体の代表が一堂に会し毎年開催される極域法シンポジウム(Polar Law Symposium)、世界最大の北極会合である北極サークル総会(Arctic Circle Assembly)などを活用し、最先端の研究動向やステークホルダーの関心を調査し、国際的な研究ネットワークを構築し、研究成果の報告とフィードバックを得る機会としました。2020年11月と2021年11月に神戸大学が主催して開催した極域法シンポジウムは、本プロジェクトのもとでの国際法制度課題の研究関心やアプローチを紹介する絶好の機会となりました。研究期間後半は、本研究課題における研究成果を包括的に披露する場として、2023年にフェロー諸島で開催されたシンポジウムでは若手研究者を含む計7名が、2024年にスウェーデン・エステルスンドで開催されたシンポジウムでは、院生を含む計7名(うち女性4名)が研究報告を行いました。
2022年と2023年には、2,000名以上の北極ステークホルダーが参集する北極サークル総会において、本研究課題が提案した3つのセッションが採択され、本プロジェクト海洋課題ないし韓国極地研究所との共催により、北極先住民団体の代表をパネリストに招いて研究報告・議論を行い、我が国の北極ガバナンス研究の広がりと深さを示すことができました。
研究手法(2):課題連携による学際研究と若手研究者の関与
本研究課題の研究手法の特徴は、海洋課題、沿岸環境課題、社会文化課題、そして国際政治課題と連携した学際研究を、若手研究者・院生を積極的に関与させて行い、そこでの研究報告や議論をオンラインセミナー等として広く公開し、YouTube動画として記録に残して永続的に閲覧可能にしたことです。その好例として、2022年11月開催の北極担当大使の基調講演を含む「北極域と科学外交の未来づくり:ロシアによるウクライナ侵攻の北極科学協力への影響は?日本は何ができるのか?」公開セミナー、沿岸環境課題と社会文化課題との連携で開催した2023年2月のオンラインシンポジウム「北極圏に暮らす人々と気候変動」があります。
大学院生に対し北極国際法研究の面白さに触れてもらう契機作りとしては、2022年10月の北極サークル総会に7名の神戸大学の修士課程院生を派遣し、極域法シンポジウムで研究報告をさせた事例、2024年9月のフィンランド・ラップランド大学で開催した国際ワークショップに神戸大学の院生を派遣し、我が国の北極政策のレビューに関与させた事例があります。また、若手研究者の積極的な登用の例としては、2023年にフェロー諸島で開催された極域法シンポジウムに、カナダ・マギル大学博士課程院生の鈴木 海斗氏と神戸大学研究員の稲垣 治氏を派遣して、研究報告をしてもらった事例などがあります。
我が国の北極ガバナンス研究力の現在:その集大成
北極域研究推進プロジェクト(ArCS)から本プロジェクトの計10年間に及ぶ継続的かつ組織的な北極国際法政策研究の結果、我が国の北極ガバナンス研究力は各段に向上しました。その好例の1つが、2023年9月に発刊された『極地』特集号「ロシアによるウクライナ侵攻と極域国際協力のゆくえ」です。『極地』は一般向け雑誌ですが、正確な情報に基づく客観的な分析を踏まえて、一般市民にもわかりやすく解説する記事を、AC、北極先住民族、北極科学協力、CAOFA協定を題材に包括的かつ総合的に、しかも短期間で企画・公表する研究力は、ArCSが始まった2015年当初には明らかでありませんでした。
2つ目の例が、「我が国の北極政策2015-25レビュー:次の10年への示唆」について、日英両言語でブリーフィングペーパー・シリーズとして発表する企画です。この企画では、我が国の北極政策に関わる日本の各種アクターが実施してきた過去10年間の実践を分析・評価し、次の10年への示唆を提示するものです。分析対象は、第1章「研究開発を通じた関与」として、①科学技術外交 ②ACその他多国間・二国間協力枠組み、第2章「法の支配を通じた関与」として、③CAOFA協定 ④北極先住民との協働 ⑤北極環境および生態系の保護、第3章「持続可能な利用」として、⑥航路および経済開発 ⑦観光・科学技術イノベーション、第4章「次の10年の示唆」として、⑧安全保障環境の変化 ⑨ACの機能変化 ⑩提言、となっています。このような北極ガバナンスに関わる包括的なトピックにつき、組織的に対応できるような研究力は、本プロジェクトなくして備わることはなかったでしょう。
まとめ
本研究課題は当初目標を達成し、我が国において北極ガバナンスを包括的に分析できる研究力と若手研究者を含む研究組織を確立し、次世代に継承することができました。
※1 Koivurova, T., Shibata, A., 2023. After Russia’s invasion of Ukraine in 2022: Can we still cooperate with Russia in the Arctic? Polar Record, 59, e12. doi: 10.1017/S0032247423000049.
研究課題の背景や概要
こちらからご覧ください。
研究業績
こちらからご覧ください。
関連コンテンツ
ArCS II 国際法制度課題ブリーフィングペーパー・シリーズ

我が国の北極政策2015-25:次の10年への示唆
2025年2月 (doi.org/10.24546/0100493200)

Protection of Submarine Cables in the Arctic
2024年3月 (doi.org/10.24546/0100487508)

トルコの北極ガバナンスへの関与:その歴史と今後の展望
2024年1月 (doi.org/10.24546/0100486183)

北極ガバナンスにおける「先住民族」と「地域社会」の区別:イヌイット極域評議会2020年政策白書を素材として
2023年2月 (doi.org/10.24546/0100479036)

Ocean Acidification in the Arctic – Scientific and Governance Responses
2022年4月 (doi.org/10.24546/81013178)

Environmental regulation of Arctic shipping: Recent developments
2022年3月 (doi.org/10.24546/81013100)

台湾の最近の北極への関心:台湾海洋委員会機関誌『国際海洋情報』を中心に
2022年2月(doi.org/10.24546/81013060)

日本・中国・韓国の北極政策の比較:法の支配・国際協力・ビジネス・先住民族への取り組み
2022年1月(doi.org/10.24546/81013053)

日本の北極域関与に関する評価と今後の展望
2021年3月(doi.org/10.24546/81013052)

北極域の海洋プラスチック問題:国際法と海洋科学の共同研究の必要性
2021年3月(doi.org/10.24546/81013051)