複雑化する北極域政治の総合的解明と日本の北極政策への貢献
研究の背景
本プロジェクトは、研究の遂行のみならず、その成果を社会実装につなげることが目指されており、本課題も国際関係論を専門とする研究者たちで対話を重ね、社会実装を設定するとともにそれに資する研究課題を設定しました。
気候変動に伴う自然環境の変化は、北極域で生活している人々にとってさまざまな社会的課題となって現れており、自然環境の変化に適応しつつ、社会的な課題解決に資する政策の効果的な実施が急務となっています。全球平均の3倍以上の速さで進行する北極域の温暖化の要因が北半球中緯度に位置する大都市工業地帯における人的活動に拠るところが大きく、北極域における課題を現地住民だけの課題ではなく、グローバルな課題として認知することが世界的に要請されてきました。日本の北極域研究に求められる役割は、こうした国際社会の要請をふまえつつ、北極域に暮らす人々に必要とされる適応策の実施に学術的知見をもって貢献していくことです。
2015~2020年に実施された北極域研究推進プロジェクト(ArCS)では、研究成果を適切にステークホルダーに伝え、国際的な議論に積極的に関与することが目指されてきました。ArCSの研究成果は北極評議会(AC)の作業部会にインプットされ、ACの活動に確実に貢献してきました。しかし、ACで必要とされる政策的議論が日本社会ひいては北極域研究コミュニティにおいて十分にシェアされていたとはいいがたいです。さらに、国際協力機構(JICA)等において日本が培ってきた開発援助のノウハウや日本の自治体や産業界における先進的な持続可能な開発目標(SDGs)の取り組みが北極域の適応策や課題解決に活用される余地が大きくあると考えられますが、そうした取り組みや関連する知見を北極域の課題解決に効果的にマッチングさせるための仕組みがArCSでは存在していませんでした。
社会実装に関わる取り組み
ArCSにおける取り組みをさらに加速させ、より広範囲で効果的な社会実装につなげていくため、本課題は、本プロジェクトの政策対話コーディネーターと連携しつつ、ACで必要とされる科学的知見をより体系的に把握するための仕組みを構築することを目指しました。加えて、北極域の課題解決に必要となるノウハウを持つ潜在的なステークホルダーを掘り起こしていくことを目的とし、分野の垣根を超えた産官学のプロフェッショナルたちが相互に理解し合い、それぞれが持つ経験と課題について対話を重ね、課題解決につなげていくことを目指す「北極域実践コミュニティ」を立ち上げました。
複雑化する北極域政治の総合的解明
一方において、日本から北極域の適応策および社会実装/課題解決に関わっていく上で必要となる視点があります。それは、北極域の課題解決に関わるということは、北極域の多様な利害に直接的あるいは間接的に関与するという認識です。北極域には、在来知や伝統知識といった価値観に根差した多様な利害関係が存在しています。北極域の「政治」は、国家当局、地方当局、営利・非営利団体、市民団体・先住民団体、科学者、個人といった多様なアクター/ステークホルダーの間で対話と調整が繰り返されてきました。2000年代以降、北極域への非北極圏諸国の進出が進むにつれ、アクター/ステークホルダーが増加し、北極域政治はさらに複雑化する様相を呈してきました。北極域における社会実装に真摯に取り組み、成果をあげていくためには、こうした北極域における複雑な政治プロセスを理解するための研究を欠かすことができません。北極域における政治状況に無知のまま社会実装に関わることは、日本が無意識のうちに特定の利害にコミットメントすることになり、不必要な不信を招きかねません。したがって、複雑な北極域政治のプロセスを総合的に把握する取り組みが要請されているといえます。本課題は、複雑化する北極域政治の総合的理解の向上を目的として、分析対象を国家(サブ課題1)、企業(サブ課題2)、先住民(サブ課題3)、地方自治体(サブ課題4)といった主体にそれぞれ焦点を当てた実証的研究を実施しました。
日本の北極政策への貢献に資する政策的研究
他方において、本課題は政策分析および経済学的手法を用いた研究も含めて、北極政策の諸課題において日本のリーダーシップが発揮できるよう、北極域の持続可能な利用のために必要な対応のあり方についても検討を行ってきました。
第1に、日本が北極域に関与する動機、その背景にある価値観、日本が関わることで得られる利益、国民の歴史的関心等を明らかにし、北極域に関する国民的理解・アイデンティティの形成・変遷についての理解を深めることで、日本の利害や立場を明確にし、より国際的に信頼される存在となることに貢献するための研究に取り組んできました(サブ課題5)。
第2に、日本がブラックカーボン(BC)、生態系サービス評価等、海洋プラスチック、クリーンエネルギーといった戦略的な重要政策課題でリーダーシップを発揮することへ貢献するため、経済学的手法を用いた説得的な政策論研究を実施してきました。これらの政治学的研究および社会実装を通して、より効果的でより多くの日本のステークホルダーによる北極域での課題解決の実現に取り組んできました(サブ課題6)。
まとめ
本課題では、複雑化する北極域政治の総合的解明および日本の北極政策への貢献に資する政策的研究を6つのサブ課題において実施しました。2023年3月に開催された国際学術会議であるArctic Circle Japan Forumおよび第7回国際北極研究シンポジウム(ISAR-7)においてセッションを複数企画したほか、国内においても2023年11月に開催された北ヨーロッパ学会2023年度研究大会で北極域研究についての特別企画を実施しました。また、研究成果のアウトリーチとして、本課題では特に重要なテーマについて、国内外から講師を招へいし、一般向けのセミナー(ArCS II国際政治セミナー)を11回開催してきたほか、NHKおよび国内外メディアにおいても報道されてきました。このほか、2024年3月に出版された『北極域の研究-その現状と将来構想-』(海文堂出版)では、第4章1節「政治」を本課題の研究者が担当し、国際関係(国家-国家)、民際関係(国家-先住民)、域際関係(国家-地方自治体)として関連サブ課題の中間報告となる論考を寄稿しました。
複雑化する北極域政治の総合的解明では、国家、企業、先住民、地方自治体といった主体にそれぞれ焦点を当てた実証的研究を実施してきました。多様なレベルからなる複雑化する北極域政治のモデル化についての検討も行ってきましたが、北極域は非常に多様であることのほか、各レベルにおいて非常にダイナミックな政治が展開されていることから、モデル化する試みは時期尚早であり、さらなる実証研究が必要であるとの結論に達しました。
政策的研究では、日本と北極域との関わりを社会的次元から解明する研究を実施したほか、BC排出削減を政策問題として経済学的手法からの研究を行ってきました。これらの政策研究は、世界的に見ても研究の蓄積が少ない分野であり、今後も同様の研究が継続されることが望まれます。
他の研究課題との共同研究も各サブ課題単位で複数実施してきましたが、戦略目標④「北極域の持続可能な利用のための研究成果の社会実装の試行・法政策的対応」という目標のもと、2025年にその発表から約10年目を迎える日本の北極政策についての振り返りおよび今後に向けての提言を、本課題と国際法制度課題との共同研究によりポリシー・ブリーフとして公表しました。

研究課題の背景や概要
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研究業績
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取得データ
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