北極海国際観測航海ブログ—2021 NABOS Expedition—
海外交流研究力強化プログラム「北極圏住人と安全な北極航路利用のための技術革新と情報配信」
目次
氷上観測 (2021/10/17)
観測船での食事 (2021/10/17)
マイクロ波放射計を用いた海氷観測 (2021/10/06)
採水と船上分析(2021/10/06)
コロナ禍での日本出国からノルウェー入国まで (2021/09/24)
海氷観測 (2021/09/24)
波浪ブイを北極海へ投入 (2021/09/23)
ロシア側の北極海へ (2021/09/21)
北極海国際観測航海(2021 NABOS Expedition)について (2021/09/21)
氷上観測
執筆者:漢那 直也(東京大学)
船から海氷の上に降りて観測をする機会がありました。今回は氷上観測の概要を紹介します。
北極海の最大の特徴は、やはり海氷の存在です。NABOS航海でも、氷上観測は重要観測項目に位置付けられています。

1回目の氷上観測の機会は、突然訪れました。航路上を覆う海氷が想定よりも多いため、観測点数を大幅に減らすように航海プランが変更されました。その結果、航海後半に予定されていた氷上観測が前倒しで実施されることになりました。 観測が近づくにつれて、どのようなタイムスケジュールで、誰がどのような観測を行うか、観測に必要な機材は揃っているか、議論が活発になります(写真1)。
観測当日、約300~500m四方の大きな氷板を見つけて停船します。北緯78.8度、気温は約−4℃です。先発隊がゴンドラで海氷の上に降りて、ドリルを使って海氷の厚さを測り、安全に観測ができる氷盤かどうかをチェックします(写真2)。

船のクレーンを使って、氷上に機材を降ろし、観測が始まります(写真3)。

私達の観測では、氷上ブイの設置(写真④)や、海氷コアのサンプリング(写真⑤)、マイクロ波放射計を用いた観測等を行いました。観測の詳細は、また次の機会に紹介します。(2021年10月17日)



観測船での食事
執筆者:舘山 一孝(北見工業大学)
今回は船の食事について紹介します。

船の食事は朝(7:30~8:30)、昼(11:30~12:30)、ティータイム(15:30-16:30)、夕(19:30~20:30)の4回提供されます。(写真1)
パンやコーヒー、紅茶、ミネラルウォーターは24時間いつでも飲食できます(写真2、3)。


また、観測隊員用の冷蔵庫と電子レンジがあり、朝・昼・夕に提供された料理の残りやティータイムのときのおやつもいつでも食べられます(写真4、5)。

観測隊員用の食堂は4人掛けと6人掛けテーブルがそれぞれ3脚と4脚あり、28名の観測隊員全員が一度に座って食事ができます(写真6)

食事は朝とティータイムがセルフで、昼と夕はコックさんが配膳してくれます(写真7)。何も言わないとてんこ盛になるので、ロシア語で「チュッチ」というと小盛りにしてくれます。日本語の「ちょっと」に似ているので覚えやすかったです。

味の方は・・・非常に美味しいです。例年、北見工大ではバイカル湖で学生の調査実習をしているのですが、参加した学生からロシアの食事はあまりおいしくないと聞いていたので全く期待していなかったのですが、毎食毎食本当に美味しいです。肉と魚、野菜が主菜、副菜,、スープでバランス良く提供されます。
最後に、私と漢那さんでそれぞれ選んだベストメニューを紹介します。
私のベストは・・・

ビーフストロガノフ、蕎麦を炊いたもの、野菜炒め、ボルシチ(写真8)
です。これがロシア料理の定番メニューなんだと思います。特にビートで作った赤いスープにサワークリームをトッピングしたボルシチがとても美味しいです。
漢那さんのベストは・・・

ゴルブスチ(ロールキャベツ)、煮豆、野菜炒め、ソリアンカ(写真9)
です。ロールキャベツはお肉がとてもジューシーで美味しいです。ついつい、おかわりをしてしまいます。毎食欠かさず提供されるスープはどれも絶品です。(2021年10月17日 )
マイクロ波放射計を用いた海氷観測
執筆者:舘山 一孝(北見工業大学)、漢那 直也(東京大学)
今回はマイクロ波放射計を用いた海氷観測について紹介します。
現在、北極海の中央部は海氷で覆われています。
チュクチ海やラプテフ海、東シベリア海の浅い海域は、まだ凍っていないようです。このように、北極海における海氷の情報が比較的簡単に得られるようになりました。ではいったいどのように、海氷の有無を判別しているのでしょうか?

人工衛星に搭載されているマイクロ波放射計は、宇宙から海氷を観測する重要なツールのひとつです。マイクロ波放射計は、物体から放射される輝度温度を測定します。海面が海氷で覆われている場合と、そうでない場合で輝度温度が異なるため、マイクロ波放射計を使うことで、北極海のどの海域が海氷で覆われているかがわかります。この技術をさらに応用することで、海氷の厚さの推定が行われています。


今回の航海で、複数のマイクロ波放射計を用いた輝度温度の現場測定を行っています。さらに、積雪と海氷の厚さ、温度、塩分、密度などを氷上観測時に測定します。これらの現場データを蓄積し、人工衛星に搭載されているマイクロ波放射計のデータと比較・校正することで、宇宙からの海氷観測の精度向上を目指します。(2021年10月6日 )
採水と船上分析
執筆者:漢那 直也(東京大学)
海水中には、植物プラクトンが増殖するために必要な栄養塩(硝酸塩、リン酸塩など)が溶けています。植物プランクトンが栄養塩を利用するためには、海水中で微量に存在する金属元素(鉄など)も必要です。栄養塩、微量元素のどちらかが不足すると、植物プランクトンは増殖することが困難になります。
今回の航海は、ラプテフ海から東シベリア海にかけて、東西に広く展開します。今航海の特徴を生かし、北極海の水深約10 mから、栄養塩や微量元素を分析するための海水を、広域にわたり採水しています。鉄の還元種(Fe2+:海水中に溶けやすく、植物プランクトンに利用されやすい)は、数分程度で形態が変わってしまうので、採水後すぐに船上の実験室で分析しています。


海水に加えて、積雪や海氷についても同様のサンプリングを行います。海氷が北極海の物質循環にどんな役割を果たしているのか、理解することを目指しています。 (2021年10月6日 )
コロナ禍での日本出国からノルウェー入国まで
執筆者:舘山 一孝(北見工業大学)
9月9日にノルウェー北部の街キルケネスからロシア砕氷型観測船アカデミック・トリオシュニコフに乗船し、NABOSの北極海観測が始まりました。今回は少し遡ってコロナ禍でどのように日本からノルウェーに入国し、キルケネスにやってきたかを紹介します。
最初に、観測船に乗船するための条件として、観測隊リーダーから2度のワクチン接種と、2度目のワクチン接種後2週間が経過していることが課せられました。我々は大学の職域接種やかかりつけのお医者さんにお願いするなどして、何とかギリギリの日程でクリアできました。条件をクリアできず参加を断念したメンバーもおり、クリアできた我々は幸運でした。自治体から発行される2度のワクチン接種を証明する日本語と英文で書かれているワクチン・パスポートも必ず必要です。
次に、ノルウェーに行って日本に帰ってくるには、ノルウェーと日本の入国制限をクリアしなくてはいけません。ノルウェーの対応については、国立極地研究所国際北極環境研究センターが「北極圏国における入国制限措置の現況」
を公開しており、8か国・3地域・9施設の入国制限や検疫、航空便、荷物の輸送状況について詳細な最新情報を提供してくれています。コロナ禍での海外渡航は初めての経験でわからないことが多く、まるで暗闇の中を手探りで探し物をするようなもので準備に苦労しましたが、この情報が道筋を示す灯火となりました。通常の海外渡航とは大きく異なり、複数のPCR検査、入国手続き、ホテル隔離を考慮したフライト、滞在スケジュールを立案するうえで大変役に立ちました。我々の体験も次に海外渡航される方の参考になれば幸いです。
海氷観測
執筆者:漢那 直也(東京大学)
航海のサイエンスチームを紹介します。大きく分けて、4つのチームがあります。
- Physical oceanographyチーム:CTD(水温・塩分・深度センサー)の観測オペレーション、データ解析を担当します。
- Chemistryチーム:採水器から海水を分取し、船上(または陸上)実験室で海水中の化学成分分析を担当します。
- Iceチーム:海氷の目視観測、海氷の厚さ(氷厚)測定、氷上観測を担当します。
- Technicalチーム:係留系(海中に係留する複数の観測機器からなる)の設置、回収を担当します。
私達は、Iceチームとしてロシア北極・南極研究所の研究者と一緒に観測に取り組んでいます。Iceチームは、海氷の目視観測を交替で行っています。船のブリッジから海氷の密接度、海氷のタイプ、氷厚などを目視で観測し、記録していきます(写真2)。



海氷域を進む船は、海氷を割りながら前進します。そのとき、割れた海氷が回転して写真3のように破断面を上に向けるので、舷部に設置しているスケールを使って氷厚を測定しています。また海氷は、ステレオカメラによりインターバル撮影、記録されます。1日に撮影される何千枚という膨大な写真の中から、氷厚測定に適した、いい感じの海氷の写真をピックアップすることも、Iceチームの大切なお仕事です。 (2021/09/24)
波浪ブイを北極海へ投入
執筆者:漢那 直也(東京大学)
波浪ブイを2基、ロシア側の北極海に投入することに成功しました。黄色のブイは市販のブイで、青色のブイは東京大学で製作したブイです。

波浪ブイ投入のポイントは以下の通りです。
①GNSS衛星から時間・位置情報の取得と通信衛星との回線接続をするために、ブイ投入前にヘリ甲板で通信テストを行います(写真1)。
②通信テストが成功したら、時間・位置情報とともに観測データが電子メールで送られてきます。これで投入準備は完了です。
③2本束ねたロープにブイをぶら下げて、ゆっくりと海面におろします(写真2)
④ブイが着水したら、片方のロープを引き抜いてブイを切り離します。


ブイは船尾方向へ漂流して、あっという間に見えなくなりました(写真3)。ブイは北極海を漂流しながら、波の高さや周期、水温等のデータを取得して、日本へデータを送り届けてくれます。国際共同観測航海により、アクセスが難しいロシア側の北極海において、大変貴重な波浪の現場測定が実現しました。 (2021/09/23)
ロシア側の北極海へ
執筆者:舘山 一孝(北見工業大学)
予定よりも半日遅れて9月10日の19時にキルケネス港を出港しました。フィヨルドを抜けていよいよ40日間の観測航海が始まります。

船は図1の地図に示すように、ロシアの排他的経済水域(EEZ)を避けて、通常の北極海航路よりも北方のルートを通ってバレンツ海からラプテフ海に入り、東シベリア海に向かい、CTD(電気伝導度(塩分)・水温・水深)観測や係留ブイの回収・設置などの海洋観測を行います。その後、北上して海氷域に入り、氷上観測や漂流ブイの設置を行います。

長年憧れだったロシア側の北極海に来ることができましたが、残念ながら北極海探検の舞台となったノヴァヤ・ゼムリャ島やゼムリャ・フランツァ・ヨシファ島、セヴェルナヤ・ゼムリャ島を肉眼で確認することができませんでした。セヴェルナヤ・ゼムリャ島の北方の海域では例年より早く海氷が張り出しており、海氷の中にセヴェルナヤ・ゼムリャ島から流出した氷山があちこちに見られました。氷山は直径数十メートル以下のものが多く、船は霧の中、レーダーを使いながら氷山を避けて航行しており(写真1)、他の北極海の海域よりも緊張感があります。海氷の上にホッキョクグマの足跡をたびたび見かけますが、まだクマ自体には遭遇していません。 (2021/09/21)
北極海国際観測航海(2021 NABOS Expedition)について
執筆者:漢那 直也(東京大学)
9月10日から10月19日にかけて、北極海国際観測航海(2021 NABOS Expedition)が行われます。本航海はロシア、アメリカ、日本などから研究者がロシアの砕氷船R/V Akademik Tryoshnikovに乗船して北極海観測を実施するもので、ArCS II重点課題 海外交流研究力強化プログラム(コーディネーター 東京大学 早稲田卓爾教授、 プログラム概要)の支援を受けています。日本からは、北見工業大学の舘山一孝准教授と私が参加し、波浪ブイの展開、マイクロ波放射計による氷厚測定、海氷目視観測、海氷・海水中の化学成分の分析などを行います。

9月10日頃に北極海の海氷域は最小になり、以降は海氷域が拡大します。9月にラプテフ海、東シベリア海を観測し、その後、船は北へと進路を変えて、北緯83度(!)を目指します。10月から、凍り始める北極海で氷上観測を行います。 (2021/09/21)
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