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アラスカ先住民の生業活動と物質文化に係わる社会調査報告

報告者:野口 泰弥(北海道立北方民族博物館)
関連課題:社会文化課題

社会文化課題では、人類学チームの野口泰弥が2022年9月7日から24日にかけてアラスカ州アンカレッジ、ウトキアグヴィク(旧称:バロー)、ヌニバク島メコリャック、ワシントン州シアトルにおいて生業活動による社会的威信と物質文化の関係と、その歴史的変容を把握することを目的として予備的調査を行いました。ヌニバク島メコリャックでの住民からの聞き取りの他、ウトキアグヴィクのイヌピアット・ヘリテージ・センター、アンカレッジのアンカレッジ博物館、シアトルのバーク自然史・文化博物館、シアトル美術館において伝統的な物質文化の資料調査を実施しました。

アンカレッジ博物館外観

その結果、以下のことがわかりました。

  • ウトキアグヴィクのイヌピアット社会では生存捕鯨が歴史時代以前から継続している。捕鯨業は社会的生活の中心に位置しており、現在でも捕鯨を軸に一年を通じて様々な活動が行われている。現在でも捕鯨の成功は捕鯨者に大きな威信を与えているが、それは主に祭りや食料分配の形で表現されており、威信が貴重品や威信財のような種類の物質文化に反映されている様子はほとんど認められない。しかし、歴史時代まで用いられていたラブレット(口唇具)の大きさは猟師としての力量と関係していた点や、現代でも用いられている各捕鯨集団のシンボルである旗は、捕鯨が成功した時に家の屋根に立てられる点などにおいて、生業の威信と物質文化の関係はわずかに認められる。
  • ヌニバク島では20世紀頃まで、「ヌニバク様式」と総称される精巧な牙彫刻や仮面が作られていたことで知られている。彫刻は猟師の威信とも結びついていたと考えられる狩猟帽などにも装飾として用いられてきた。しかし、現在、メコリャック村では彫刻や仮面製作を行っている者は存在していない。
  • 1940年代の調査ではヌニバク島民においてアゴヒゲアザラシ猟を成功させることが猟師としての威信の基盤になっていたことが報告されていたが、今回の予備調査ではアゴヒゲアザラシを特別視する言説は確認できなかった。アゴヒゲアザラシに関する文化的言説については今後、詳細な調査を試みたい。
  • ヌニバク島では19世紀に野生トナカイが絶滅し、1920年代に島外から飼育トナカイが再導入された。またジャコウウシはもともと島内に生息していなかったが1930年代に導入され、現在は大きな群れを形成するに至っている。両者は現在、島民の生業活動だけではなく経済面、文化面においても重要な資源となっている。特に、ジャコウウシは島外からの狩猟者をガイドすることによって一部の島民の重要な収入源になっている他、その上質な毛から編み物が作られ、新たな工芸文化を生んでいる。
  • 各地の博物館に所蔵されているエスキモーやウナンガン(アリュート)の狩猟帽には蒸し曲げした木材を一定の形状で固定する留め具に彫刻が施される点などに構造的な類似性が認められる。歴史時代においてウナンガンの狩猟帽は狩猟用の帽子という実用面を超えた、威信を示す物品であったことが先行研究で示されているが、セントラル・ユピックの狩猟帽に実用品以外の側面があったのかは不明瞭な点が多い。今回の資料調査では一部のセントラル・ユピックの狩猟帽に精巧な装飾がされていることが確認でき、実用品以外の観点から狩猟帽を考える必要性について見込みを得た。