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グリーンランド・カナック沿岸での現地調査

沿岸環境課題では、海洋、氷河氷床、陸域、人文社会などの研究チームが、2022年7月から9月にかけてグリーンランド北西部のカナック周辺でさまざまな調査観測を行います。現地の研究者や住民と協力した調査のほか、住民とのワークショップなども予定されています。今回の現地滞在では、重点課題①・北極域研究加速に向けた研究計画の公募で採択された課題とも連携し、その研究が一部実施される予定です。写真と共に研究の内容や現地の様子をお伝えします。

グリーンランド北西部シオラパルク村で物質文化調査とワークショップを実施

執筆者:日下 稜(北海道大学)

シオラパルクはグリーンランド北西部にある人口40人ほどの小さな村で、現在でも狩猟によって生計を立てている人たちが暮らしています。海が凍る冬には、犬ぞりが使用されていますが、気候変動により海氷の状態が不安定になる年もあり、また生活様式の変化や後継者不足により犬ぞりの文化が今後も続いていく保証はありません。そこで今回は2022年7月~8月にかけて計2週間ほど滞在し、犬ぞりの利用実態の調査と、そりの収集、ムチの製作過程の記録を行いました。また、村の住民とワークショップを行い、海棲哺乳類の調査をはじめとする、ArCS II沿岸環境課題の研究内容を紹介しました。

犬ぞりは、冬の移動手段として古くから利用されてきました。そりのスキーと台座をつなぐときは、釘を使わずロープで固定することにより、柔軟性があり壊れにくい構造となります。また、かつてはこれらの固定や、犬をつなぐロープにも全て革ひもが使われてきました。現在では、ムチにのみ、この革ひもが使用されており(ナイロンロープも利用されている)、狩猟民であることの誇りと共に、なめしによって自由にロープのしなやかさが調整できることがその理由と考えられます。今回は、この犬ぞりのムチを作る過程の記録を行いました。アゴヒゲアザラシの毛皮を筒状に剥ぎ、なめして(写真1)、細長くらせん状にカットし(写真2)、乾燥させ、最後に動物の骨や角を用いた器具により柔らかくする(写真3)という長い工程を経てムチが完成します。

(写真1)アゴヒゲアザラシの皮から皮下脂肪を取り除く
(写真2)筒状の皮から螺旋状にロープを切り出す
(写真3)天井から吊るした器具を使って革ひもを柔らかくする

8月23日には、櫻木 雄太、小川 萌日香、日下(いずれも北海道大学)の3名で、小さなワークショップを開催し、村の住人の約3割に当たる10名以上が参加しました(写真4)。シオラパルクに移り住んで50年になる大島 育雄氏に通訳を依頼し、沿岸環境課題の研究内容を紹介しました。現地住民からは、氷河の融解やアザラシの生態についての質問が出され、貴重な時間となりました。

(写真4)シオラパルクでのワークショップ

(2022/12/22)

グリーンランド北西部沿岸における生態系調査(海棲哺乳類・海鳥)

執筆者:大槻 真友子(北海道大学)
櫻木 雄太(北海道大学)

北極域沿岸の住民は海棲哺乳類や海鳥と密接した生活をしています。それらの動物は住民にとって重要な食料や衣料になりますが、気候変動によりそのような生活習慣や動物への影響が懸念されています。そこで2022年7月から8月にかけてグリーンランド北西部に位置するカナックとシオラパルクにおいて海棲哺乳類や海鳥の生態や分布調査を行いました。

(写真1)目視観察中に発見したワモンアザラシ
(写真2)目視観察中に発見したアゴヒゲアザラシ
(写真3)目視観察中に発見したヒメウミスズメ

まず船から海棲哺乳類や海鳥の目視調査を行いました。海棲哺乳類はワモンアザラシ(Pusa hispida、写真1)、アゴヒゲアザラシ(Erignathus barbatus、写真2)、タテゴトアザラシ(Pagophilus groenlandicus)、イッカク(Monodon monoceros)を観察することができました。ヒメウミスズメ(Alle alle、写真3)やハジロウミバト(Cepphus grylle)など北極域で繁殖する海鳥も観察することができました。海洋観測も同時に行い、水温や塩分の測定、環境DNA用海水の採水、プランクトンの採取を行いました。海棲哺乳類や海鳥の分布要因を明らかにする予定です。

(写真4)ヒメウミスズメの雛

現地ハンターの協力を得て、アザラシや海鳥の胃内容物や筋肉、肝臓などのサンプルを得ました。今後、食性や汚染物質などを調べる予定です。ヒメウミスズメの繁殖地において、繁殖成功率を調べるため、巣穴を探し、雛の測定をしました(写真4)。

さらに、イッカクの分布を知るために、水中録音装置を5台沈めることに成功しました(写真5)。イッカクの音声の有無から分布や季節変動がわかります。来夏に水中録音装置を引き上げる予定です。

(写真5)録音装置の係留

(2022/8/25)

グリーンランド北西部カナック村でワークショップを開催

執筆者:今津 拓郎(北海道大学)
杉山 慎(北海道大学)

2022年7月31日にカナック村でのワークショップを行いました(写真1)。

(写真1)ワークショップ冒頭での現地協力者Toku Oshimaの挨拶

このワークショップは2016年から繰り返し開催しているもので、私たちの研究プロジェクトとその成果を住民に知ってもらうとともに、彼らが直面する自然と社会の変化について情報を求め、今後の研究方針と環境変化への対策をともに議論することを目的としています。私たちがカナック周辺で実施する研究として、氷河と海洋の変化、イッカク・アザラシ・魚・鳥などの海洋生態系、さらに毛皮を使った衣類に代表される伝統文化について研究者が発表を行いました(写真2)。休憩時間には、参加者にお寿司や日本のお菓子を振る舞い、交流を深める良い機会となりました(写真3)。

(写真2)ArCS II研究者による研究紹介
(写真3)休憩時間に日本の食事やお菓子を食べながら現地住民と交流

ワークショップの最後には、廃棄物処理や海洋プラスチックなどの環境問題、魚類の生体や漁獲高などや水産資源に関して、研究者と住民との意見・情報交換を行いました(写真4)。

(写真4)現地住民との議論・意見交換

また住民からは、研究内容に対する強い興味・関心が示され、データの共有や出版等の具体的な要望を得る貴重な機会となりました。今回のワークショップで得られた意見や要望を基に現地コミュニティとのさらなる交流を進めて、今後ますます現地に寄り添った研究を推進します。

(2022/8/25)

グリーンランド北西部沿岸における海洋生態系調査(漁具・音響)

執筆者:富安 信(北海道大学)
長谷川 浩平(北海道大学)

北極域の沿岸に住む人々にとって海洋に生息する魚類は重要な食料資源の一つです。魚類の生態情報および漁業活動の情報収集のため、2022年7月17日から8月2日までグリーンランド北西部カナック村で調査を行いました。

(写真1)刺網で漁獲されたホッキョクイワナ
(写真2)沿岸の浅海域に設置された刺網

夏季は遡河回遊性のホッキョクイワナ(Salvelinus alpinus)が越冬場の湖から海に索餌回遊しており(写真1)、住民は1-2 m水深の沿岸に刺網(ナイロンモノフィラメント、目合約10 cm、長さ25 m)を設置しイワナを漁獲していました(写真2)。イワナが刺網に漁獲されるタイミングやサイズごとの回遊時期の違いについて調べました。

(写真3)ハリバットの漁に使用される底延縄

海氷が海を覆う冬季にはカラスガレイ(Reinhardtius hippoglossoides)の底延縄漁が行われており、漁業の特徴について調べました(写真3)。今後冬季の調査を計画しています。

ボードインフィヨルドでは、カービング氷河から流れ込む氷河の融け水が海洋生態系に影響しています。その中で海洋中の魚類や動物プランクトンは、海鳥や海生哺乳類の餌生物として重要な存在です。氷河の影響を受ける環境下で、魚類や動物プランクトンといった海洋生物が、いつ・どれくらいの量で現れるのかを調べるために、2022年8月2日に係留式の音響プロファイラーをボードインフィヨルドに設置しました(写真4, 5)。音響プロファイラーは、水深約230 mの海底に設置しました(写真5は機器が沈む直前の写真)。

(写真4)ボードインフィヨルドに設置した音響プロファイラー
(写真5)音響プロファイラーの係留作業
(写真6)プランクトンネットによる生物採集

また、設置したタイミングでどのような生物が音響プロファイラーで観測されているかを確かめるために、プランクトン用のネットを用いて生物のサンプリングも行いました(写真6)。音響プロファイラーについては、今後約1年間データを取り続け、来年度の夏に回収予定です。音響プロファイラーから得られる知見によって、本海域の海洋生態系の理解が深まることを期待しています。

(2022/8/19)

グリーンランド北西部沿岸域のフィヨルド急斜面における地すべり調査

執筆者:渡邊 達也(北見工業大学)
山崎 新太郎(京都大学 防災研究所)

(写真1)シオラパルク周辺の地形景観

急速な気候変動が進行している北極域では、凍土融解、降雨量の増加によりマスムーブメントが頻発することが懸念されています。グリーンランドの最北集落であるシオラパルクでは、2016~2017年にかけて、夏季の豪雨イベントによる巨大表層崩壊が立て続けに発生しました(写真1)。崩壊の発生には、フィヨルドの急斜面を厚く覆う寒冷地特有の堆積物の物性も関係していると考えられます。今夏の調査では、シオラパルクで発生した巨大表層崩壊の発生メカニズムを理解するために、現地の崩壊斜面で透水性試験と粒度分析を行いました(写真2)。日本のような温帯地域とは表層堆積物の特徴が異なることから、寒冷地特有の表層崩壊発生メカニズムの解明を進めています。

(写真2)崩壊斜面で実施した透水性試験の様子
(写真3)超望遠レンズカメラによる地質構造の撮影

大比高のフィヨルド沿岸地域では、氷河後退後の応力変化により斜面不安定化が進行しており、大規模岩盤崩壊による津波が近くの集落に被害をもたらす可能性があります。グリーンランド北西部最大の集落であるカナック周辺でも、不安定化を示唆するような斜面形状を高精度DEMで確認することができます。今夏の調査では、カナック周辺の地質構造を広域的に調べるために、超望遠レンズカメラによるフィヨルド斜面の撮影を行いました(写真3)。また、斜面不安定箇所を中心に、ドローンでの近接撮影や漁船からの目視観察も行いました(写真4)。今後、撮影データを整理・分析し、カナック周辺の地すべり災害リスクの評価を進めていく予定です。

(写真4)カナック近傍の不安定斜面でのドローン撮影

(2022/8/3)

グリーンランドにおいて氷河からの融解水の流出過程を調べる

執筆者:箕輪 昌紘(北海道大学)
近藤 研(北海道大学)

急速な温暖化に伴いグリーンランド氷床の融解が進み、海洋に流出する融解水が増加しています。しかしながら、積雪に覆われた涵養域では融解水や降雨が積雪中で再凍結し一時的に融解水を保持するため、流出量を抑制する効果があると考えられています。涵養域での積雪融解と流出過程を理解するために、2022年7月3日から23日までグリーランド北西部にあるカナック氷河で現地観測を行いました(写真1)。

(写真1)カナック氷河:積雪内で保水しきれなくなった融解水が川を形成し流出する様子が見られた

過去10年間にわたり継続している氷河表面での質量収支観測に加え、積雪内部での融解水の挙動を理解するために、温度計や電気伝導度計(写真2)、さらに地震計を設置しました(写真3)。また1~3 mのコアを取得すると、実際に融解水が積雪内部で再凍結している様子が見えてきました(写真4)。

(写真2)積雪中に設置した電気伝導度計
(写真3)積雪中に設置した地震計
(写真4)積雪層の下で発見した再凍結氷

今後、地震計や水位計によって測定しているカナック氷河からの融解水流出量と今回の測定した涵養域での測定データを比較することで、グリーンランドにおける氷河融解水の流出過程を解明します(写真5)。急速な気候変動がグリーンランド氷床からの融解水流出にどのような影響を与えているのか理解を深めていきます。

(写真5)カナック氷河末端から融解水が流出する様子

(2022/7/27)

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