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アラスカにおける石油・ガス開発に関する調査報告

報告者:田畑 伸一郎(北海道大学)
関連課題:社会文化課題

社会文化課題では、経済学チームの5人のメンバーが2023年8月28日から9月6日にかけてアラスカのアンカレッジとノーススロープにおいて、石油・ガス開発とその地域経済・社会への影響に関する調査を行いました。

アラスカでは、1970年代から北極海(ボーフォート海)沿岸のプルドーベイ(ノーススロープ郡)において原油採掘が行われており、アラスカを縦断するパイプラインを通じて南部の港から輸出されてきました。さらに現在では、ノーススロープで生産される天然ガスを、原油と同じようにパイプラインで、あるいはロシアのヤマルLNGと同じように北極海からタンカーで輸出するプロジェクトについて議論がなされています。いずれの案でも輸出先として想定されているのはアジアであり、石油・ガスの国際的な取引関係が2022年から大きく変わるなかで、日本に対する大きな期待感が感じられました。

パイプライン網のなかのカリブー

アラスカでは、1971年の「アラスカ先住民権益処理法」(Alaska Native Land Claims Settlement Act, ANCSA)により、土地に対する先住民の権利が放棄され、地域ごとに設立された地域会社(regional corporation)と各地域内の先住民部落ごとに設立された村落会社(village corporation)を通じて、先住民は土地や地下資源に対する権限や利益を享受することになりました。すべての地域会社と多くの村落会社は営利団体であり、石油企業はこれらの会社との契約に基づいて採掘を行っています。

日本の4.6倍ほどの面積を有するアラスカ州は広大であり、ノーススロープ郡だけでも本州を若干上回る広さです。同郡のなかには、連邦政府が所有するアラスカ国家石油保留地(National Petroleum Reserve-Alaska, NPRA)や自然保護のために設けられているアラスカ北極野生生物国家保護区(Arctic National Wildlife Refuge, ANWR)も広がっており、地域会社の1つであるASRC(Arctic Slope Regional Corporation)はこの2つに挟まれる地域の一部を所有して開発を進めています。NPRAにおいては、我々が訪問している最中にも、トランプ政権下で承認されていた石油・ガス採掘のリース契約をバイデン政権がキャンセルするというニュースが報じられ、アラスカにおける資源開発と自然保護をめぐる議論は今も続いています。しかし、上述のような先住民を営利団体に取り込む仕組みによって、他の北極域でよく見られるように、先住民が自然保護を掲げて資源開発に反対する構図はあまり見られないということが今回の訪問でよくわかりました。

我々はまずアンカレッジで2日間にわたって開かれたアラスカ石油・ガス協会の年次総会に参加しました。市内最大のコンベンションセンターで開かれたこの総会には、石油・ガス企業関係者や州政府担当者など、約300名が参加したということでした。アラスカの石油・ガス開発の現状について、効率的に情報収集を行うことができました。アンカレッジでは、石油・ガスに加えて、漁業などの産業の専門家やアラスカ先住民連盟の幹部と話をすることができました。

ノーススロープ訪問は、キラクLNG社CEOのミード・トレッドウェル氏のアレンジにより、彼自身が引率する形で実現しました。2日間にわたって、いくつかの鉱区をめぐって、原油の掘削が行われている施設や、エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)も参加して行われているメタンハイドレートの開発・試験場など、通常は入れないところまで見せてもらうことができました。こうした生産施設が、見渡す限りに広がる北極域の大自然のなかに現れる風景が目に焼き付きました。

北極海沿岸の原油採掘施設前にて

今回の現地調査を通じて、ロシアの北極域などと比べた場合のアラスカの特徴として、次の3点がよくわかりました。

第1に、アラスカには石油・ガス・石炭・レアメタルをはじめとして、広大な鉱物資源が賦存しており、開発のポテンシャルは極めて大きいということです。自然保護などを考慮して、非常に慎重に開発を進めているという印象があり、それによって、いわゆる乱開発が妨げられ、まだ資源がたくさん残っているということなのかもしれません。自然条件が厳しいだけでなく、自然保護のための開発の規制が厳しいので、余程の採算が見込まれないと、開発に踏み切らないということなのかもしれません。いずれの資源についても、どうやって運び出すかということが最大の課題です。

第2に、資源開発に関して、先住民との対立という構図はほとんど見られないということです。これには、上述のアラスカ法人モデルともいわれる先住民を営利団体に取り込む仕組みが寄与しています。ロシアなどと比べると、アラスカでは、先住民が雇用や所得など様々な面で開発の恩恵をはるかに多く享受しているように見受けられました。

第3に、地理的に近接することから、アラスカが日本やロシアを向いていることがよくわかりました。石油・ガスについてはもちろん、漁業や林業についても、供給国としてのロシアの動向や需要国としての日本の動向は、強く意識されているように思われました。換言すれば、日本は、資源供給先として、北極圏に位置するロシアだけでなく、アラスカとも強い結び付きがあることを今さらながら感じました。

最後になりましたが、今回の現地調査では、安仁屋 賢所長をはじめとする在アンカレッジ領事事務所の方々とミード・トレッドウェル氏に大変お世話になったことを記して、あらためて感謝の意を表したいと思います。