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カナダ・ケンブリッジベイでの氷上観測2023

2023年5月初めから6月初めまで極北カナダのケンブリッジベイでの海氷上観測を海洋課題の活動の一環として実施しました。観測にはカナダから3名、日本から4名(研究者2名:野村 大樹(北海道大学/海洋課題)、伊川 浩樹(農業・食品産業技術総合研究機構/陸域課題)、大学院生2名:能城 太一(北海道大学/ArCS II 若手人材海外派遣プログラム)、吉村 将希(北海道大学))が参加しました。活動の様子を現地の写真と共にお伝えします。

執筆者:吉村 将希(北海道大学)
能城 太一(北海道大学)
写真提供:野村 大樹(北海道大学)
伊川 浩樹(農研機構)
吉村 将希(北海道大学)

移動編

日本からケンブリッジベイまでは、合計で3日間かけて移動しました。初日は成田からバンクーバー、バンクーバーからイエローナイフまで飛行機で移動し、イエローナイフで1泊。

イエローナイフ空港ではオーロラとシロクマとアザラシがお出迎え。

当初の予定では次の日の朝の便でケンブリッジベイへ飛ぶはずでしたが、天候の影響で飛行機が欠航に。そのためイエローナイフで急遽もう1泊し、3日目にケンブリッジベイへ向かいました。海外での急な予定変更は不安でしたが、1日遅れただけで、無事目的地であるケンブリッジベイに着きました。

イエローナイフ-ケンブリッジベイ間で搭乗した飛行機。小さい。

生活編-北極での暮らし

CHARSの外観の様子。実験室や宿泊施設などがそろっている。

私たちは、カナダ・ヌナブト準州・ケンブリッジベイにあるCanadian High Arctic Research Station(CHARS) を研究拠点として観測を行いました。CHARSには宿泊棟、会議や講演会ができる部屋、観測の準備やサンプルを処理するための部屋がそろっていました。また、CHARSの目の前は凍った海が広がり、すぐに観測に行けます。町の中心部に行けばスーパー、学校、銀行などがあり、北極の人々の生活を肌で感じることができました。

近くのスーパー。食材から衣類、発電機、エンジンオイルなども売っている。
現地の学校。図書室には日本の漫画も並んでいた(ナ〇ト等)。

CHARSの宿泊施設は、基本的に2人1部屋。トイレとシャワーが2つずつ、広いリビングとキッチン、テレビなどがあります。ここで暮らすうえで重要なのが水です。生活用水や生活排水の量には上限があり、シャワーや洗濯をしすぎて水の使用量が上限に達すると水が使えなくなります。そのため、節水に気を付けながら生活します。

生活編-CHARSでの食事

CHARSでの食事は、カナダチームと日本チームで分担して、観測がないチームや早く帰ってきたチームが作ります。日本からは米15キロやみそ、海苔、カレールー、てんぷら粉やお好み焼き粉などの食材を大量に持ち込みました。野菜や卵、肉などは、スーパーで手に入りましたが(値段はもちろん高いですが)、魚は手に入りませんでした。しかし、エビはなぜか比較的安く、日本チームが作った手巻き寿司やてんぷらで大活躍しました。

ある日の夕食。手巻き寿司を食べた。ゾエ(奥左)は野菜巻き、ジェームス(奥右)は肉巻きが好きみたい。
カナダチームのジェームスが作ってくれたローストビーフ。最高に美味。

お世話になったガイドやその家族の方々を招待して、一緒に夕食を食べたりもしました。ガブリエルさんを招待した日には、カナダチームがシェパーズパイとケーキを作ってくれました。ショーンさんを招待したときは、日本の餃子と味噌ラーメンが好きだということで、餃子と味噌ラーメン、チャーハンを振舞いました。ケンブリッジベイのスーパーにも餃子の皮が売っているのには驚きました。

また、日本の伝統を体験してもらおうということで、抹茶セット(抹茶・茶碗・茶筅・茶杓)を持ち込み、抹茶を点てて振舞いました。抹茶は好評で、持ち込んでよかったと思います。小学生のころ茶道を学んでいたことが、10年以上たってこんな場面で役に立つとは思ってもいませんでした。

日本から持ってきた抹茶セットで抹茶を振舞った。抹茶味のお菓子も人気。

観測編-観測の準備

海氷の上は気温が低く、シロクマやグリズリーなどの野生動物の危険もあり、時間も限られているため、海氷上へ行く前の準備が非常に重要です。今回はその様子を一部紹介したいと思います。

まずは、今回の観測のメインミッションの一つである渦相関タワー設置の準備です。日本から持ってきた観測機器が壊れていないか、タワーをきちんと組み立てられるかを確認するため、実験室で一度組み立てます。海氷上に出てからうまくいかない点があってもすぐには解決できないこともあるので、しっかりと確認・修正をして、観測点へ運びます。

CHARSでの渦相関タワーの組み立て。組み立てられるかの確認とともに、観測点で素早く組み立てられるように手順を確認。あれ?
学生同士仲良く氷上での渦相関タワーの組み立て。傾いてないかな?

次は食事の準備です。観測は朝から夕方まで1日中行われるため、昼食は海氷上で食べます。しかし当然ですが、海氷上にはレストランやコンビニはありません。昼食を持っていく必要があります。日本チームは、観測の日の朝に、日本から持ち込んだ米でおにぎりを作り、前日の夕食の残りがあればそれを保存容器に詰め、観測点へ持っていきます。海氷上で食べたお味噌汁は特においしかったです。

さらに、観測へ行くためにはスノーモービルの準備も必要です。CHARSでは、スノーモービルを安全に利用するため、スノーモービル講習を受講しなければなりません。スノーモービル講習では、1日目に座学とスノーモービルのトラブルシューティング、2日目に実際に海氷上でスノーモービルを運転しました。観測へ行く前の日には、CHARSへスノーモービルの利用申請をします。申請書には、出発時間、メンバー、ガイド、観測点、帰還時間等を記入します。

スノーモービル講習のテキスト(https://arcticresponse.ca/ )。もちろん全部英語。
スノーモービルの利用申請書。目的やメンバー、必要なスノーモービルの数などを記入。
スノーモービル講習受講証の交付。有効期間は3年間。

観測編-海氷上での観測

観測を行った場所(黄色丸)。予定していた観測サイト(WX)へは行けませんでした。(カナダチームのブレントが作成したものを野村が一部改変)

今年の観測は、昨年の観測と同様にケンブリッジベイ沖の観測サイトで行う予定でした。しかし、今年は海氷の状態が悪く、クラックやリードと呼ばれる海氷の割れ目ができており、アクセスが困難となることが予想されたため、予定の観測サイトの手前のR2という観測点をメインに観測を行いました。R2まではスノーモービルでおよそ50分。最初は振り落とされないように気を張っていましたが、慣れてくると周りの景色を見る余裕がでてきます。

大量の荷物を積み込んで移動。精密機器や海氷サンプルを載せているときは、壊れないようゆっくりと。
スノーモービルで移動中に見つけた野生のアザラシ。近づきすぎると逃げるため、遠くから撮影。

海氷上で行われる観測は様々です。例えば、海氷のコアを採取して海氷温度の鉛直分布を測定する、採取した海氷を20 センチごとに切り分け、実験室へ持ち帰る、海氷上部に穴をあけ、染み出てきた高塩分水(ブライン)を採取する、といったことを行いました。採取したサンプルは、すべて日本へ持ち帰り、様々な成分(例えば栄養塩や全炭酸、全アルカリ度、クロロフィルaなど)について分析を行います。

コアの穴をあける様子。普段は電動ドリルで穴をあけるが、この日はドリルの調子が悪く手であけた。手でやるとすごく疲れる。
海氷の底は茶色。正体はアイスアルジーと呼ばれる藻類。
ブライン(海氷内の高塩分水)のサンプリングの様子。ゴルフカップのような穴(深さ20センチ)を開け、穴の中にブラインが溜まるのをじっと待つ。
ガイドのショーン。東京・立川に住んでいたことがあり、味噌ラーメンと餃子が大好き。
実験室でのサンプル処理の様子。観測から帰ってきたばかりで疲れていても、サンプル処理はすぐにやる。

観測編-渦相関法と放射計による二酸化炭素と熱輸送の観測について

昨今話題になっている地球温暖化の影響が顕著に表れているのが、北極や南極といった極域の海です。この地球温暖化の主要な原因は人間が排出した大量の二酸化炭素(CO2)であると考えられています。そのため、地球温暖化をモニタリングするためには、CO2や熱の移動を調べることが重要です。また、極域の海は大量のCO2を吸収していて、極域でのCO2の移動量を調べることは温暖化の今後を予想するうえで非常に重要になっています。もちろん、温暖化の極域への影響を調べるためにはCO2だけでなく極域での熱の移動を調べる必要もあります。

風などによって空気が動くとき、空気中のCO2や、気温として空気中に内包されている熱も一緒に移動します。このときのCO2や熱の移動量を測るのが渦相関法です。渦相関法は生態系レベルの広さの移動量を直接測定することができます。さらに、熱は光、つまり電磁波によっても伝わります。例えば、焚火をしているときに、炎から離れていても熱を感じることができます。これは焚火の高温な部分から赤外線が出ていて、それが手や顔に当たることで熱が伝わっているのです。これと同じことが地面でも起きています。つまり、地面から熱が赤外線として上空に向かって放出されているのです。加えて、空から降り注ぐ太陽光によっても地面が暖められており、太陽から地面へ熱が移動してきます。このように、光による熱の移動があるため、熱の移動を考えるうえで光による熱放射を測定する必要があるのです。これを測定するのが熱放射計です。

渦相関法による観測システム。現場は非常に厳しい環境でしたが、CO2は2週間弱、熱は3週間分の観測データを取得することができた。

今回のケンブリッジベイでは昨年度と同様の渦相関法によるCO2の移動量の観測に加え、渦相関法と熱放射計を組み合わせた熱収支の観測を行いました。渦相関法によるCO2の移動量の観測は、ArCS II 若手人材海外派遣プログラム(能城)の一環として実施されました。

タワーの前で記念撮影。

観測編-環境DNA測定のためのサンプル採取

今年も昨年に引き続き、環境DNAのサンプル採取を行いました。環境DNAとは、海水中や海氷中に含まれる、生物由来のDNAのことです。海水や海氷を採取し、その中にどんな種類の魚のDNAが含まれているかを測定することで、その海域にいる魚種の組成を明らかにすることができます。この手法は、海水を採水する、もしくは海氷を採取して融かすだけでよく、従来のトロールネットによる採取や人間による目視調査に比べて、簡単に、周辺環境を大きく乱すことなくサンプリングができるため、近年注目されています。

海氷下海水中の環境DNAについて(北海道大学笠井教授提供)

観測点では、海水や海氷を採取しました。CHARSの実験室にて海水はそのまま濾過、海氷は冷蔵庫で融かしてから濾過します。冷凍したサンプルは冷凍のまま日本に持ち帰り、分析によってどんな魚のDNAがあるのかを解析します。厚い氷の下にはどんな魚たちがいるのか、気になりますね!

アイスコアをとった穴から海水を採取。寒いが我慢。
CHARSでの環境DNAサンプルのための濾過の様子。

湖での観測を行っていたジェームスに同行し、環境DNAサンプルの採取を行いました。ジェームスは湖の水の採水や、湖の中の魚の様子の撮影をしており、その映像や私たちが採取したサンプルの分析結果を共有しながら、これから共同で研究を進めていきたいと考えています。

湖にカメラを沈めて撮影する様子。CHARSに戻ってから映像を確認する。
ジェームスとガブリエルによる湖水採取の様子。ガブリエルはガイドだけでなく観測作業も手伝ってくれて非常に助かる。陽気。
無事に環境DNAサンプルも採取でき一安心。

観測編-メルトポンド観測

夏になると、北極海では気温が上昇し、海氷表面の雪や海氷が融けます。その融け水が海氷表面の窪みにたまることで、メルトポンドが形成されます。メルトポンドは、夏の北極海の海氷表面のうち、およそ50~60%を占め、メルトポンドの存在が北極海氷域に与える影響は様々です。例えば、真っ白な海氷域に、メルトポンドができると、太陽光を吸収しやすくなり、海氷の融解が促進されます。また、太陽光が海氷を透過しやすくなるため、海氷下の植物プランクトンが光合成しやすくなります。北極海氷域における物質循環にも影響を与えています。私は現在、メルトポンドにおける二酸化炭素の循環について研究しています。

CHARS近くの海氷の様子。メルトポンドが広範囲に広がる。
メルトポンドの中を走るスノーモービル。危険?

滞在最終日にサンプルを採取することができ、日本に持ち帰りました。これからこれらのサンプルを分析し、メルトポンドの様子を明らかにしたいと考えています。ケンブリッジベイでは、CHARSの近くでメルトポンドが形成されるため、観測点へのアクセスが容易であることがわかりました(観測点を遠くに設定すれば話は別ですが)。CHARSの近くはメルトポンド観測にはうってつけであることがわかったので、これから先チャンスがあれば、メルトポンドが形成される5月下旬ごろにケンブリッジベイを訪れ、メルトポンドの観測をしてみたいと思います。

とあるメルトポンド。底には自然にできた♡マークが。

最後に

観測を終え、全員無事に帰国しました。北極での観測は大変だったときもありましたが、北極海氷域の様々なサンプルや観測データを得ることができました。これから、採ってきたサンプルを分析し、得たデータを解析することで、北極で起きている様々な現象を明らかにしていきたいと考えています。また、日本以外の方々と交流し、一緒に観測を行ったことは、非常に貴重な経験となりました。今後も積極的に、海外での観測や国際交流に参加したいと思います。最後になりましたが、今回の観測をするにあたり、多くの方々のご支援を頂きました。この場を借りて、厚く御礼申し上げます。

同じ宿で約一ヶ月過ごしたメンバー。

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