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グリーンランド・カナック沿岸での現地調査2023

沿岸環境課題では、昨年に引き続き、海洋、氷河氷床、陸域、人文社会などの研究チームが、2023年7月から9月にかけてグリーンランド北西部のカナック周辺でさまざまな調査観測を行います。写真と共に研究の内容や現地の様子をお伝えします。

グリーンランド北西部ケケッタ沖でイッカク漁に同行

執筆者:大槻 真友子(北海道大学)
小川 萌日香 (北海道大学)

2023年8月17日から21日にかけてベテラン猟師を含む3名が乗るイッカク(Monodon monoceros)漁に同行することができました。グリーンランド北西部ケケッタ沖は夏季にイッカクが集まる海域として知られており、カヤックを使った伝統的な狩猟法を実践している数少ない地域の1つです。イヌイットや現地住民にとってイッカクの牙やマッタ(皮と脂肪を薄く切ったもの)は収入源となります。イッカクは、その周辺海域の生態系において、上位の高次捕食者のため、イッカクの餌生物や汚染濃度を調べることで、生態系への影響、イッカク、さらにはヒトへの影響がわかります。

(写真1)白夜の海とカヤックに乗るハンター

そこで、私たちはイッカク漁に同行し、それらの分析のためのサンプル採取を行いました。8月17日の夜11時にカナックを出港しケケッタに向かいました。夜中にケケッタに到着し、イッカクが現れるのを待ちます。午前2時ごろにイッカクを発見し、カヤックで近寄りますが、捕獲はできませんでした(写真1)。その後、2人のハンターたちが4日間で計3頭のイッカクを捕獲しました(写真2)。

(写真2)イッカクとカヤック

干潮のタイミングでイッカクを解体しました(写真3)。解体の前に体長測定をしました。フルマカモメ(Fulmarus glacialis)がイッカクの解体前からたくさん集まって、解体が始まると海に捨てられたイッカクの脂肪を食べ始めます(写真4)。私たちは解体のタイミングに合わせて、胃や脂肪、筋肉、肝臓、眼球を採取しました。胃内容物から餌生物の特定に、筋肉は安定同位体比分析や汚染物質の分析、肝臓も汚染物質の分析に、眼球は年齢査定に使用します。これからどのような結果が出てくるのか、別の機会にご報告ができればと考えています。

(写真3)イッカク
(写真4)イッカクの脂肪を食べるフルマカモメ

(2023/10/31)

グリーンランド北西部カナック村周辺での廃棄物・住環境調査

執筆者:東條 安匡(北海道大学)
森 太郎(北海道大学)
深澤 達矢(北海道大学)

2023年9月9日にカナックに到着し、翌日以降9月13日まで、カナック村の廃棄物と住環境に関する現地調査・試料採取を行いました。

昨年も同地で廃棄物に関する調査を行いましたが、その結果を受けて今回はより詳しいサンプリングを計画しました。村での聞き取りによれば、2022年12月からは廃棄物の野焼きを中止し、週に1回ダンプサイト近くの小屋での焼却を行っているとのことでした。焼却の頻度が減っているためか、廃棄物の量は増えているような印象を受けました。

また、村の廃棄物に関する新たな試みとして、有害物(バッテリーや廃油等)は小屋の周りに集積して回収を実施しているとのことです。資源物や機械製品を集積している様子が確認され、少しずつ改善が進められているようです。

(写真1)カナック村ダンプサイトの廃棄物投棄状況
(写真2)村外へ輸送するために集積されている廃機械製品やバッテリー

ダンプサイトから海の方向の干潟の土壌、底泥をサンプリングしました。野焼き後の残渣、し尿捨て場、直接埋立場、有害・資源物置き場それぞれの下流方向に7つのサンプリングラインを設定し、合計35地点から採取を行いました。場所によっては、表土を剥ぐとすぐに黒色の底泥が現れ、硫化水素臭がする等、ダンプサイトの影響が海側にも及んでいる可能性が伺われました。

(写真3)ダンプサイト下流側の海岸での試料採取

ダンプサイトでは空気環境の測定を行いました。深夜以降に揮発性有機化合物(VOC)の濃度が上昇していました。おそらく、風速が低くなる深夜以降に廃棄物から発生するガスがダンプサイト周辺にとどまるようになり、高い値が計測されたと考えられます。

カナック村の住宅で、室内環境の調査も行いました。昨年の訪問時に設置したセンサーの回収を行い、短期の滞在者が宿泊するゲストハウスと一般の住民宅で、1年間の室内環境の状況が把握できました。その結果、ゲストハウスの室内は常時暖房されており、外気が換気で室内に導入されることによって湿度が非常に低い状態になっていることがわかりました。また、外気が導入されるボイラー室の室内環境を計測したところ、粒子状物質(PM)、VOCともに夏季になると値が高くなる傾向がみられ、住民宅でも同様の傾向でした。

(写真4)温度、湿度、二酸化炭素濃度、VOCの測定状況(住民宅)

またエネルギーコストに関して、住民に聞き取りを行いました。現在、世界中でエネルギーコストが上昇している最中ですが、グリーンランドでは長期的な電気契約が行われており、コストは安定している状況です。ただし、2023年末に契約が終了し、新しい契約が始まるため、その際にはエネルギーコストの大幅な上昇が予定されているとのことでした。

(2023/9/27)

グリーンランド北西部シオラパルク村周辺の地すべり調査

執筆者:渡邊 達也(北見工業大学)

2023年7月27日から8月3日にかけて、シオラパルク集落周辺の地すべり調査を実施しました。地すべりの多くは、崩壊の深さが2~3m程度と浅いものの、大量の水を含んだ土砂が土石流となって数百m先の海岸線まで流れ下ったという特徴があります(写真1)。これらの地すべりは、2016年および2017年夏の大雨により発生したものです。しかし、大雨と言っても、日本なら地すべりはほとんど起こらない程度の雨量です。それにも関わらずシオラパルク集落周辺で地すべりが多発した原因の一つとして、地質構造や永久凍土が地中の水の流れに影響しているためと考えています。

(写真1)海岸線まで達した地すべり

今年の調査では、地すべりの内部構造を知ることを目的に電気探査を実施しました(写真2)。電気探査は、地表に設置した多数の電極から地盤に電流を流し、地下の比抵抗(電気の流れにくさ)の分布を求めるものです。電気探査の断面図には崩壊発生源付近で比抵抗が低くなる(湿潤で電気が流れやすい)特徴がみられました。

(写真2)地すべり斜面での電気探査の様子

また、今回の調査では、サーモグラフィによる地すべり斜面の湧水箇所の検出も試みました(写真3)。今年のシオラパルクは春先から雨が少なく、斜面は乾燥していました。しかし、調査終盤に久々の雨が降ると、地すべり斜面の崩壊源付近から湧水が生じている様子をサーモグラフィで捉えることができました。

(写真3)熱カメラによる湧水(低温領域)の検出

電気探査とサーモグラフィで得られた結果は、地すべりの崩壊源付近に水が集まりやすい地盤構造が存在することを示しています。寒冷地域では地すべり発生頻度が低いため、そのような構造が不安定岩屑に覆われて隠れています。気候変動により雨量が増加すると、再び土石流を伴う地すべりを発生させる危険性があることから、今後の斜面災害リスクを住民に伝えていくことが重要です。

(2023/9/26)

グリーンランド北西部カナック村で開催したワークショップの報告

執筆者:Evgeniy Podolskiy(北海道大学)
今津 拓郎(北海道大学)
杉山 慎(北海道大学)

私たちはカナック村での研究活動の一環として、毎年村人を招いたワークショップを開催しています。研究プロジェクトやその成果について説明し、今後の研究方針や課題について現地の人々と共に考える機会です。北極域における研究活動ではこのような取り組みの重要性が高まっており、現地コミュニティーとの協働が求められます。今年もお寿司や日本のお菓子を準備して、地元の小学校を会場としてワークショップを実施しました(写真1)。

(写真1)お寿司や日本のお菓子を食べながら現地住人とArCS II研究者が交流

今年のワークショップは8月3日に開催されました。地元の研究協力者や猟師の他、家族連れや子供たちなど、住人約40人の参加がありました。ArCS IIからは5人の研究者がそれぞれの研究を紹介し、村人からの熱心な質問に答えました(写真2)。このワークショップは研究成果を住人に伝えるだけでなく、彼らと研究者が意見交換することを目的としています。休憩時間には漁業に関する聞き取り調査も行い、気候変動と環境変化が社会に与えるインパクトについて現地の声を集めました。当日はカナックに滞在中のテレビ局による取材もあり、会場の様子は日本のテレビ番組でも紹介されました。

(写真2)ArCS II研究者による研究紹介

ワークショップは現地協力者Toku Oshima氏の挨拶から始まり、次に杉山教授(北海道大学低温科学研究所)がArCS IIプロジェクトと沿岸環境課題についてその意義を説明し、村の廃棄物に関する最新の研究データを紹介しました。廃棄物の健康影響は参加者にとって重要なテーマであり、汚染物質の拡散を防ぐための手立てについて熱心な議論が行われました。次に音響調査を実施するPodolskiy准教授(北海道大学北極域研究センター)が、水音による河川流量観測や、水中音響によるイッカクの生態調査について紹介しました。また筆者である今津(北海道大学修士課程)からは、カナック氷帽の融解および流出水量の観測結果について発表しました。さらに小川氏(北海道大学博士課程)がアザラシの食餌と生物サンプリングについて話し、その内容には地元の猟師が強い興味を示していました。この研究は食物連鎖による汚染濃縮を理解することを目的としています。そして最後に日下氏(北海道大学低温科学研究所)が、1970年代にカナック周辺で撮影された写真の上映会を行いました。写真の中に自分の両親や自分自身を見つけた参加者もいました。

(写真3)現地住人との意見交換

英語とグリーンランド語の同時通訳によって、研究者と住人との交流を円滑に進めることができました(写真3)。また会場にはたくさんの子供たちの姿があり、終始リラックスした楽しい雰囲気でプログラムが進められました(写真4)。このような催しを近隣の小村でも実施し、研究成果の現地への還元と、コミュニティーに寄り添った研究活動を目指します。

(写真4)大きなホッキョクイワナに集まる子供たちとArCS II研究者

(2023/9/14)

グリーンランド北西部カナック氷河における氷河変動と流出水量の観測

執筆者:峰重 乃々佳(北海道大学)
山田 宙昂(北海道大学)
今津 拓郎(北海道大学)
杉山 慎(北海道大学)

2023年7月8日から8月12日にかけて、カナック氷河とその流出河川での観測を実施しました。

(写真1)カナック氷河流出河川での流量観測
(写真2)観測期間中に洪水により決壊したカナックの道路

カナック氷河の流出河川では2015年と2016年に洪水が発生し、人々の生活に大きな影響が出ました。そこで、2017年以降、流出水量の測定を目的とした観測を続けています。流出水量の測定には、水位と流量の関係を調べる必要があります。そのため、圧力センサーを用いて連続的に水位を測定しつつ、観測期間中に54回の流量測定を実施しました(写真1)。また音響とインフラサウンドの記録装置を導入し、新しい手法によって流量の連続測定を目指しています。今夏も7月30日に洪水が生じて空港と村を結ぶ道路が決壊し(写真2)、8月にはさらに大規模な洪水と道路破壊が起きました。観測の継続によって、このような災害の予測や、被害の低減に役立つ成果を目指しています。

(写真3)氷河に埋設したポールを測量して年間の流動速度を測定
(写真4)ドローンを使った氷河観測の様子

一方氷河上では、2012年から10年以上にわたって、質量収支と流動速度のモニタリングを継続しています(写真3)。また昨年からドローン測量を開始して、高解像度の画像や数値標高モデルを用いて氷河変動を解析しています(写真4)。カナック氷河は氷の温度が0℃より低いため、内部に浸透できない融解水が氷河表面に水路を形成します。それら水路の幅や蛇行度について解析することも、ドローン測量の目的のひとつです(写真5)。今年は観測中に、氷河末端部から上流域までの範囲で計6回の撮影を行いました。7月は晴天が続いたため雪・氷の融解が激しく、水路の変化や雪氷生物による氷の暗色化が顕著でした。これらの変化を高い時間分解能で解析することで、融解が氷河変動に与える影響を明らかにします。

(写真5)氷河上に発達した水路

(2023/9/6)

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