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グリーンランドにおける資源開発に関する現地調査

報告者:田畑 伸一郎(北海道大学)
関連課題:社会文化課題

社会文化課題の3人のメンバー(田畑 伸一郎、徳永 昌弘、原田 大輔)が2024年9月1日から10日間ほど、デンマークのコペンハーゲンとヌーク(グリーンランド)を訪問し、資源開発とその地域経済・社会への影響などに関する調査を行いました。この調査には科研費の調査を行うため大西 富士夫さん(国際政治課題)も加わりました。

グリーンランド経済は、これまで海産物の輸出に頼ってきましたが、デンマークへの依存を減らすための切り札として、埋蔵量が豊富であると見られている鉱物資源開発に大きな期待が寄せられています。石油・ガスの開発も見込みがあると考えられていましたが、2021年の政権交代の後、グリーンランドは脱炭素の方向に大きく舵を切りました。今回の現地調査は、このような政策転換の背景を理解し、石油・ガスに代わって有望視されているレアアースなどの開発の現状や課題を調査することを主要な目的としました。

我々はまずコペンハーゲンに2日間ほど滞在して、デンマーク国際問題研究所、コペンハーゲン大学、オールボー大学の専門家から、グリーンランドをめぐる状況やデンマークとの関係についての話を聞きました。また、これまでロシア・旧ソ連関係を担当されてきた元欧州局長の宇山 秀樹氏が現在、在デンマーク日本大使を務められ、昨年11月にグリーンランドを訪問したことを知ったので、大使からも話を聞きました。

我々は、大西さんを除いて、今回が初めてのグリーンランド訪問だったので、知り合いもおらず、どうやって面談をアレンジしようかと思っていました。幸い、原田さんが会議で知り合ったグリーンランド自治政府代表・公使のヤコブ・イスボセツセン氏がグリーンランド自治政府の首相府儀典長ヤコブ・ローマン・ハード氏と通商産業・鉱物資源・司法・男女平等省大臣トーマス・ラウリトスン氏を紹介してくれました。特にハード氏のおかげで、2日間で9件ほどの面談(上記の省のほか、商工会議所、天然資源研究所、ヌナ・グリーン社など)を行うことができました。

面談のワンシーン

これらの面談やヌーク市内の視察を通じて私が学んだことを次の3点にまとめてみました。第1に、先住民であるイヌイットが人口の90%を占めるということを何人かの方から聞き、実際に、外見からも、先住民とそうでない人をかなりの程度区別できるような印象を持ちましたが、先住民とそれ以外の住民の数を示すような統計は存在しないことを知りました。それほど「融合」が進んでいて、生活上の区別がないのだろうと思いました。先住民を含む一体としてのグリーンランド人が政府を形成していることから、資源開発において先住民の土地の権利の問題が発生しないことを知りました。このことは、先住民に対する補償のあり方をベネフィット・シェアリングとして議論しなければならない北極の他の国・地域とは大きく異なっているように思いました。

第2に、政府・企業が2021年から脱炭素の方向に強い意志を持って進んでいることが強烈に印象付けられました。この背景には、グリーンランド氷床の融解加速化に象徴されるような気候変動の進展や、欧州等における脱炭素化の動きの影響もあるようですが、グリーンランドで石油・ガスの開発が見込まれていた北東部においては、気象・地理的な要因により、開発が非常に高コストとなり、時間も要し、巨額の投資も必要となるという現実的な問題が大きく影響していることがよく分かりました。輸送問題1つをとっても、カナダやノルウェーとは違うのだと言われた人が複数おられました。レアアースの開発の場合は、可能性があるのは北東部だけではありませんが、それでもコストの問題は大きくのしかかっているようでした。

第3に、首都のヌークしか見ていないので、偏った見方かもしれませんが、生活水準は思っていた以上に豊かであるという印象を受けました。コペンハーゲンでは、円安と実質賃金低下に苛まれる我々日本人は、ホテルやレストランの値段の高さに苦しみましたが、それはヌークでも変わりませんでした。レストランでは、我々は少しでも安いものがないかとメニューの隅々まで探すのですが、ブルーワーカーを含めた地元の人たちはごく普通に食事をしていました。グリーンランドの公式統計によれば、2022年の平均粗所得は都市で29万クローネ(約640万円)、村落で19.5万クローネ(約430万円)となっています。所得税率は42~44%ということですが、日本よりは豊かに思えます。ただし、国家財政歳入の4割余りがデンマークからの補助金、就業者の4割余りが公務員ということです。水産業以外の産業を育成しなければならないという考えを政府や企業の多くの人から聞きましたが、それももっともだと思いました。

ヌークの街並み

コペンハーゲンでも、ヌークでも、日本より生産性が高いのは、従業員を減らしている、あるいは従業員が少ないからではないかと思いました。以前にフィンランドでも同じことを思いました。人件費が高いから従業員を減らすのか、従業員が少ないから生産性が高く現れるのかは、何とも言えませんが、キオスクや小さなカフェを1人や2人で回しているのは、日本とは違うという感じです。日本のようなきめ細かいサービスやパンクチュアリティは期待できませんが。

水産業やレアアースなどの鉱物資源開発と並んで期待されているのが観光業ですが、大型の国際便が飛べるようにするためにヌークの空港の拡張工事が行われている最中でした。今年11月に完成すると聞きました。現在は、ヌークとコペンハーゲンの間の直行便はなく、レイキャビク(アイスランド)あるいはグリーンランド国内のカンゲルルススアーク経由などしかありません。我々の帰路においては、ヌークからカンゲルルススアーク行きの飛行機が直前になって欠航となりました。天候も問題なかったし、機材繰りというのも考えにくいので、何らかの理由で、乗員などのスタッフが足りなくなったのではないかと疑っています。人手が足りていないような印象を各所で受けました。

遅れや欠航は頻繁にあるようで、代替ホテルの提供や食費補助のクーポンの配布などは、手慣れた様子で進められました。この影響で、カンゲルルススアークの空港ホテルに1泊することになり、空港近くのツンドラツアーにも参加することになりました。ヌークで参加したフィヨルド流氷ツアーも含めて、確かに観光資源は豊富であることを実感しました。

脱炭素の方向で、どのようにグリーンランドが進んでいくのか、今後も注視していきたいと思っています。