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グリーンランド・カナック沿岸での現地調査2024

沿岸環境課題では、昨年までに引き続き、海洋、氷河氷床、陸域、人文社会などの研究チームが、2024年7月から9月にかけてグリーンランド北西部のカナック周辺でさまざまな調査観測を行います。写真と共に研究の内容や現地の様子をお伝えします。

グリーンランド北西部ケケッタ沖でのイッカクの行動観察調査

執筆者:小川 萌日香(北海道大学)
三谷 曜子(京都大学)

今年も、昨年お世話になったベテランイッカクハンターの猟に同行することができました。

グリーンランド北西部のケケッタは、カヤックを使った伝統的なイッカク猟文化が残る唯一の海域です。エンジンを止めたボートの上で数日間過ごしながらイッカクの群れが現れるのを待ち、カヤックを使って音もなく近づき狩りを行います。

(写真1)イッカクの行動観察

イッカクはとてもデリケートで、エンジンのついたボートでは近づくことができませんが、伝統的なイッカク猟を行うケケッタでは、イッカクに至近距離まで近づき、自然な行動を観察することができます。

(写真2)船上での食事

イッカク猟は、狩猟が成功するまで陸には戻りません。今回私たちは7日間海に浮かんでいました。氷山とイッカク、時々アザラシに囲まれる絶景スポットで、狩猟の合間に食べるイヌイット料理は絶品です!私のお気に入りはやっぱりアザラシです。マスタードがとてもよく合って、オススメです!

今回で2回目の狩猟同行、5回目のイッカク解体作業のお手伝い。だんだんグリーンランド語も理解できるようになり、狩猟の手順もわかってきて、ハンターさんたちとの交流をますます楽しむことができました。

(写真3)ドローンからのイッカク行動観察

狩猟期間中、合計500頭以上のイッカクを観察することができ、ドローンでの行動観察にも成功しました。毎回貴重な機会をくださるハンターさんたちへの感謝の気持ちを忘れずに、これからデータ解析をはじめます!

(2024/9/27)

グリーンランド北西部カナック村周辺における音響観測

執筆者:Evgeny Podolskiy(北海道大学)
中山 智博(北海道大学)

2024年7月末から8月にかけて、私たちは、グリーンランド北西部のInglefield Bredningフィヨルド周辺に設置された長期海洋観測および地震観測ステーションの回収と一部再設置を行いました。私たちのステーションは、昨年に海底や氷河のカービングフロントの近くの島々に設置され、氷河、海氷、海洋、海洋動物に関する学際的な研究のために使用されています。

(写真1)ドローンを用いた氷河観測の様子

回収中には、Bowdoin氷河のカービングフロントの数値標高モデルを作成するために、ドローンを用いた空撮も行いました。

(写真2)環境音響観測のための係留系を再設置

回収された海洋観測ステーションは、海の音と海水の物理的性質を継続的にモニタリングし、水柱の音響プロファイリングも行っていました。地震観測ステーションは、氷山や氷河によって発生する氷震を記録していました。

(写真3)1年間設置した係留系を回収

データの分析はそれぞれの専門家によって行われる予定です。(i) 動物プランクトン、魚類、氷山などの音響反射体の存在の変動、(ii) 海棲哺乳類(イッカクやアザラシなど)、環境、人間によって発生する生物的、自然的、人工的な音の時間変動、そして(iii) カービングのタイミングと規模が明らかになると期待されています。これらのデータ分析は、現在急速な環境変化を受けている氷河に覆われたフィヨルドが生物のホットスポットや狩場として機能していることの理解に役立つと考えられています。

(写真4)Heilprin氷河の前に位置する島に設置した地震計を訪問

また、7月19日から8月6日にかけて、カナック氷河の流出河川での観測も継続しました。2023年、2016年、2015年には、大雨や氷河の急激な融解により河川が氾濫して橋が流され、カナック村とカナック空港の道路が寸断されました。温暖化が村の社会に与える影響を評価するため、2017年から河川の流量測定を継続して行っています。

(写真5)従来の手法による流量観測の様子

従来の流量測定では観測者が川に入り、河床の深さを測定し、流速計を繰り返し川に入れて流量を計測する必要がありました。この作業は、最低でも10分間、約2℃の水温の川に入り、立っているのが難しいほどの流速(約2 m/s)で行わなければなりません。

(写真6)川のそばに設置した音響センサとタイムラプスカメラ

観測の負荷を減らすため、今年は、川に入ることなく流量を測定する方法を開発するために、4台の音響センサと3台のタイムラプスカメラを川の近くに設置しました。音響センサは橋と氷河末端の間に、約500 mおきに、約2.5 kmの川に沿って設置しました。川幅や流路の変化が音響信号に影響を与える可能性があるため、3台のタイムラプスカメラで川の動態を記録しました。流量と音響および画像データを比較することで、より正確かつ簡便に河川の継続的なモニタリングを行うことが可能になります。

(2024/9/26)

グリーンランド北西部カナック村で開催したワークショップの報告

執筆者:渡邊 達也(北見工業大学)
深澤 達矢(北海道大学)

私たちはカナック村での研究活動を知ってもらうため、村人を招いたワークショップを毎年開催しています。今年も7月28日にワークショップを開催し、会場には例年以上に多くの村人が集まりました。参加者数は過去最多の約70人に達し、私たちの現地での研究活動が浸透してきたこと、研究の内容や成果に村人が強い関心を示していることが感じ取れました(写真1)。

(写真1)会場には多くの村人が集まった

ワークショップは現地協力者であるToku Oshima氏の挨拶から始まり、次に杉山教授(北海道大学低温科学研究所)から沿岸環境課題の研究テーマと研究者の紹介がありました。今年は7人の研究者から発表があり、多様な話題を提供することができました(写真2)。まず前半は、自然をテーマとした4件の発表がなされました。Podolskiy准教授(北海道大学北極域研究センター)からは、氷と生物の音をテーマに、アパリアス(ヒメウミスズメ)のバイオリズム、氷山移動やイッカクの行動による水中音響についての紹介がありました。小川さん(北海道大学博士課程)からは、海洋生態系に関する研究成果が紹介され、地元猟師の協力で得られたアザラシやイッカクの胃の内容物の分析結果に村人は強い興味を示していました。Thiebot助教(北海道大学水産学部)からは、アパリアスなどカナック周辺に生息する海鳥の生態について紹介がありました。前半最後は、同じカナック村を拠点に活動する雪氷課題チームの西村特任助教(信州大学)が、雪氷課題の取り組みについて紹介されました。

(写真2)Thiebot助教による発表の様子
(写真3)休憩時間に振舞われたお寿司とお好み焼き

休憩時間には、お寿司やお好み焼き、お菓子を準備して、日本の味を楽しんでもらいました(写真3)。皆さんの感想は「ママット!(おいしい)」と大変好評で、食べ物を載せた皿は瞬く間に空っぽとなりました。

後半は社会影響をテーマとした3件の発表がなされました。今津さん(北海道大学博士課程)からは、昨夏、カナックで発生した河川洪水の原因について説明がありました。続いて筆者の渡邊(北見工業大学)より、シオラパルクの地すべりメカニズムとカナック地域の斜面ハザードに関する発表がありました。最後に、筆者の深澤(北海道大学)より村の廃棄物問題と有害物質の生物濃縮に関する発表があり、ごみ捨て場からの汚染水流出が沿岸の生態系に影響を及ぼしている分析結果が提示されました。

(写真4)最後に参加者全員で記念撮影

発表終了後には討論の時間を設け、お互いの理解を深めました。真剣な眼差しの参加者の姿から、我々の使命を果たさねばという決意を新たにしました。これからも村人との関わりを大切にし、コミュニティーが抱える課題や疑問の解決に向けた研究活動に取り組んでいきます(写真4)。

(2024/8/23)

海鳥の羽から探る北極域の海洋生態系

執筆者:Jean-Baptiste Thiebot(北海道大学)
油島 明日香(北海道大学)

鳥の羽は毎年生え変わることで、天候から身を守り、最適な飛行能力を維持します。新しく生えた羽の化学組成は、その時に鳥が食べていた食物によって決まります。そのため、羽の組成を分析することで、季節ごとの摂食状況や有毒汚染物質の濃度を調べることができます。また、羽が生え代わる季節は身体の部分によって異なるので、翼や腹部など異なる部分の羽を採取することで、さまざまな季節に鳥が経験した状況を調べることができます。

(写真1)グリーンランド北西部のシオラパルク村付近のヒメウミスズメ繁殖地
(写真2)ヒメウミスズメは北極の海洋生態系の優れた生物指標と考えられている

ヒメウミスズメ(Alle alle、グリーンランド北西部では「アパリアス」として知られています)は、北極圏で年間を通じて見られる小さな海鳥(約150グラム)です。そのため、北極圏の海洋生態系における季節的な環境変化を知る上で優れた生物指標です。ヒメウミスズメは生息数が多く、その大部分はグリーンランド北西部で繁殖しており、村人たちの自給自足にかかせない伝統的な食糧です。春と夏には海岸の高い斜面で岩の下に巣を作り、毎日巣に出入りして近くで見つかる海洋生物を食べ、雛を育てます。夏の終わりにはグリーンランドの南とカナダの東に移動し、小さな甲殻類を食べて冬を過ごします。

2024年7月から8月にかけて、私たちはカナック地域・シオラパルク村近くのヒメウミスズメの大規模な繁殖地において、羽毛のサンプルを採取しました。過去2年間、私たちは成鳥の羽毛を研究し、晩夏と秋の摂食状況と水銀(Hg)汚染に関する情報を得ることができました。今回は、特に雛の羽毛のサンプルを採取することを目指しました。ヒナの羽毛は、成長中に卵に含まれていた栄養成分を反映しています。つまり、これらの成分は、繁殖前に母鳥が卵を育てながら海で採餌した食物の代表です。また巣立ち前のヒナに生えたばかりの羽毛を採取することで、ヒナの給餌期間中の親鳥の給餌環境を調べることができます。

(写真3)岩の下の巣で捕獲した若いヒナ。ヒナの体温を適切なレベルに保つよう細心の注意を払ってサンプリングを行う。
(写真4)船から海にいる鳥を数えることで、それぞれの種がどのような海洋環境に生息しているかを調べる

調査の最終日には、地元の狩猟者の船に乗って、フィヨルド全域にわたるヒメウミスズメの分布を調査しました。これにより、海で餌を探すときに鳥がターゲットとする海洋条件をより深く理解し、氷河がこれらの海洋条件に与える影響を調べることを目指しています。

今秋、北海道大学で羽毛の組成分析・生化学分析を行い、その結果から北極の海洋生態系における季節的な相互作用に関する新たな知見が期待できます。過去2年間に収集したデータと合わせた解析により、北極の海洋生態系が水銀などの有毒元素の汚染増加にどのように反応するか、またこのメカニズムがこれらの海洋資源に依存する北極の人々にどのような影響を与えるか、といった課題の解明を目指します。

(2024/8/22)

グリーンランド北西部カナック氷河での観測報告

執筆者:今津 拓郎(北海道大学)
矢澤 宏太郎(北海道大学)
杉山 慎(北海道大学)

(写真1)カナック村

2024年7月10日から、グリーランド北西部カナック氷河での現地観測を開始しました(写真1)。到着したカナック村は気温が約5℃と、日本と打って変わって涼しい気候です。村にはたくさんの犬(写真2)、海には海氷と氷山、山には氷河があり、カナックでの観測に初めて参画した筆者(矢澤・北海道大学)にとって感動する景色でした。

(写真2)カナック村の子犬
(写真3)GPSを用いたステークの測量

2012年から10年以上にわたって、カナック氷河上の6地点に埋設したアルミポールを用いて質量収支と流動速度を観測しています(写真3)。これらの観測は、カナック氷河だけでなく、近年質量損失が加速傾向にあるグリーンランド北西部氷河氷帽の変動を理解する上で重要な現地観測データとなります。今年の観測によって、2023~2024年にカナック氷河の表面で単位面積あたり水に換算して平均0.52 m相当の氷が失われたことが明らかになりました。この損失量は2022~2023年よりも32%小さいものです。質量収支と合わせて流動速度を観測することで、氷河変動のメカニズムを明らかにします。また、これらの観測を来年も引き続き実施するために、新たなアルミポールを設置しました(写真4)。

(写真4)電動ドリルを用いたステーク設置
(写真5)ドローン測量

上述した2つの観測に加えて、高い時空間分解能で表面標高変化を明らかにするために、2022年からドローン測量を実施しています(写真5)。また、高解像度なドローン画像を用いて、融解水によって氷河上に形成される水路の発達メカニズム(蛇行や浸食)や、水路が氷損失に与える影響を明らかにすることも目的としています。夏の観測では測量を3回実施し、計6671枚の写真を撮影しました。撮影された写真を基に数値標高モデルを作成し、その精度を詳細に解析する予定です。過去2年間に得られた画像データや数値標高モデルを今年の結果と比較して、近年のカナック氷河における表面標高変化や、氷河上水路に由来する表面状態の変化の解析を進めます。

(2024/8/2)

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