大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

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研究成果

[プレスリリース]北アメリカの厳冬を引き起こす新たな要因の解明
〜夏季北太平洋亜熱帯からの大気のテレコネクションの影響〜

2015年9月22日掲載

大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所
国立研究開発法人 海洋研究開発機構

国立極地研究所(所長:白石 和行)の中野渡 拓也 特任研究員らの研究チームは、近年頻発している北米寒波の原因として指摘されているベーリング海の初冬の海氷面積の減少が、夏季の太平洋西部亜熱帯域の対流活動の不活発と、それによって引き起こされるアラスカ湾の海水温の高温化によって決まっていることを、広域の大気・海洋データの解析によって明らかにしました。

これまで、ベーリング海の海氷縮小に伴う海洋から大気への熱輸送の増加が、近年頻発している北米寒波の一因として指摘されていましたが、ベーリング海の海氷変動、特に初冬の海氷変動の原因については理解が十分に進んでいませんでした。
 そこで、中野渡研究員らは、過去35年にわたる大気・海洋データを統計的に解析することによって、ベーリング海の初冬の海氷変動の原因を調べました。その結果、初冬のベーリング海の海氷面積は、3か月前(8−9月)のアラスカ湾上を中心とする大気の気圧分布のパターンと有意に相関していることが分かりました。アラスカ湾上の大気の変化は、上流のアラスカ沿岸流の海水温の熱輸送を通じて、初冬の海氷面積に影響していました。この大気の気圧分布のパターンは北太平洋亜熱帯西部の対流活動と関連していることから、近年の北米寒波にはこの対流活動の弱化が影響している可能性があります(図1)。このような熱帯—中緯度—高緯度における大気海洋相互作用の解明は、数か月前から現れる海氷変動の要因として、中高緯度気候の予測精度向上につながることが期待されます。

これらの成果は、英国夏時間2015年9月21日午後3時(日本時間 同日午後11時)に、英国の科学雑誌「Environmental Research Letters」オンライン版に掲載されます。

研究の背景

北極海の海氷の多寡が、大気に影響を与えていることは、これまで多くの研究によって指摘されています。特に、ユーラシア大陸における近年の厳冬傾向は、バレンツ海やカラ海など、上流海域の海氷減少が、海洋からの大気への熱エネルギーの移動を増加させたことによって発生していると考えられています(※1)。

ユーラシア大陸と同様に、北アメリカにおいても2009−2010年、2010−2011年、そして2013−2014年に寒い冬が生じており、近年、寒冬年が増加しています。その原因として、北極域の温暖化に伴う偏西風の弱化や偏西風の蛇行の振幅増大の可能性が指摘されています。一方、温暖化の影響は、自然に内在する気候変動に比べると小さいという可能性も示唆されています。

最近、「大気大循環モデル」を用いた研究により、ベーリング海の海氷面積の減少が、偏西風の蛇行の振幅を大きくさせ、それが2013−2014年の厳冬に影響したことが分かっています(文献3)。実際のデータからも、海洋から大気への熱の放出が著しい初冬(11−12月)のベーリング海の海氷が少ない年は、1ヶ月後の北アメリカの気温が有意に低下していることが確認されました(図2)。この時の500hPa面の等圧面高度はベーリング海で高く、北米で低くなっていることから、先行研究で指摘されているように偏西風の蛇行が北アメリカの寒波に関係していることが分かります。

では、冬季(12−2月)のベーリング海の海氷面積を左右する要因は何なのでしょうか。海氷面積についてはこれまでにも多くの研究がなされていたものの、3ヶ月平均値などの季節平均データに基づいていたことから、初冬の海氷変動の要因については注目されていませんでした。特に、海氷の張り出しに大きく影響を及ぼすと考えられる海水温の影響については実測値が乏しく、これまで十分研究されていませんでした。

そこで、本研究グループは、初冬のベーリング海の海氷面積の変動に着目し、その要因について季節を解像した大気・海洋結合再解析データ(※2)に基づいて、大気と海洋の2つの側面から調べました。

研究の内容

初冬ベーリング海の海氷面積の変動要因を調べるために、バレンツ海の海氷予測可能性に関する研究(文献4)と同様に、大気と海洋に関する3次元データ(米・大気海洋庁 環境予測センターのCFSR(Climate Forecast System Reanalysis)データ)に基づいて、ベーリング海の海氷面積と気温や海水温などの予測変数との正準相関解析(CCA、※3)を行いました。その結果、直前の気温や海水温を除くと、3か月前(8−9月)の北半球の500hPaの等圧面高度(以下、Z500)との間に有意な相関関係があることが分かりました(図3)。

ベーリング海の海氷面積と8−9月のZ500の相関関係の原因を詳しく調べた結果、ベーリング海東部の海氷面積は、アラスカ湾における高気圧や北太平洋西部と北アメリカにおける低気圧によって特徴づけられる大気の気圧配置と密接に関係していることがわかりました(図4a、4b)。このZ500に見られる大気の気圧配置は、 Pacific Transition(PT)パターンという夏季に北太平洋で卓越する大気のテレコネクションパターン(※4)であることがわかりました。また、このZ500とベーリング海の海氷面積は、解析期間を通じ、年スケールでの変化が同調していることから、近年だけでなく数十年にわたる自然変動であることを示唆しています(図4c)。

これらの相関関係の物理要因として、海水温の変動を調べた結果、8−9月のアラスカ湾上空のZ500の上昇に伴い(図5中央パネル)、同時期のアラスカ湾周辺の海面水温が温暖化する様子が見られました(図5左パネル)。このことは、Z500の上昇に伴う湿潤な南東風の強まりによって、蒸発による海面冷却が抑えられ、高い水温が維持されたことを意味します。この温暖化した海水温はその後、3ヶ月かけてアラスカ沿岸に沿ってベーリング海に移動することから、南東風によって維持された高い水温の海水がアラスカ沿岸流によってベーリング海に運ばれ、海氷の張り出しを抑えることがわかりました。

さらに、PTパターンの発生要因を調べるために、熱帯の対流活動の指標である対流性の降水量データの解析を行いました。その結果、PTパターンは北太平洋西部亜熱帯域の8−9月の大気の対流活動と高い相関があることが分かりました(図5右パネル)。このことは、北太平洋西部亜熱帯域の対流活動が弱い時に、PTパターンによってアラスカ湾上空のZ500が上昇し、それに伴う南東風がベーリング海上流域の海水温を温暖にすることによって、数か月後のベーリング海の海氷の張り出しを抑えることを示唆します(図1)。

今後の展望

本研究では、近年頻発している北米寒波の要因として考えられている主要な大気強制の熱源の一つであるベーリング海の海氷減少の原因として、夏季のアラスカ湾の海水温の温暖化、さらにはその励起源として北太平洋西部亜熱帯域の対流活動弱化による大気のテレコネクション(※4)の影響の可能性を見出しました。特に、アラスカ湾の海水温がベーリング海の初冬の海氷予測に重要であることを特定できたことも大きな成果であり、海洋観測の重要性を示すものと言えます。これまで、北アメリカの寒波に影響している偏西風の蛇行には北極の温暖化が影響していることが指摘されていましたが、本研究で明らかになった熱帯—中緯度—高緯度の大気海洋相互作用は、数か月前から熱帯の対流活動や海水温に現れるベーリング海の海氷変動の要因として、中高緯度気候の予測精度向上につながることが期待されます。

研究サポート

本研究は、科学研究費補助金 基盤研究A(24241009)、GRENE北極気候変動研究事業の助成を受けたものです。

※1 バレンツ・カラ海の海氷減少とユーラシア大陸の寒冷化
バレンツ・カラ海の海氷が減少することによって生じる熱源南北の温度勾配が、熱の輸送を担う低気圧経路の北偏やロスビー波の励起に伴う偏西風の蛇行に影響することによって、ユーラシア大陸の高気圧が張り出し、結果として寒気が風下に蓄積される(文献1, 2)。

※2 再解析データ
観測データと数値モデルを組み合わすことによって作成された3次元的に均一な大気と海洋のデータ。

※3 正準相関解析 (CCA)
正準相関解析は、多変量のデータ間で最も相関関係が高いモードを抽出する統計解析手法であり、経験的な予測手法としても用いられることから、米国の大気海洋庁(NOAA)によるエルニーニョ予測などにおいても用いられている。予測対象変数は、主に気温や降水量が用いられるが、今回は海氷面積について行った。

※4 テレコネクションパターン
遠く離れた2地点間の気圧が同期して変動する現象で、ある地点で励起されたロスビー波(西向きに伝播)が西風(東向きの流れ)などの背景流によって定在化することによって形成される大規模な気圧配置。

文献

1 海洋研究開発機構プレスリリース「バレンツ海の海氷減少がもたらす北極温暖化と大陸寒冷化(2012年2月1日)」
http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20120201/

2 東京大学大気海洋研究所プレスリリース「ユーラシア大陸中緯度域で頻発している寒冬の要因分析〜北極海の海氷の減少により寒冬になる確率は2倍〜」(2014年10月27日)
http://ccsr.aori.u-tokyo.ac.jp/press/20141027.pdf

3 Lee M.-Y., C.-C. Hong, and H.-H. Hsu “Compounding effects of warm sea surface temperature and reduced sea ice on the extreme circulation over the extratropical North Pacific and North America during the 2013-2014 boreal winter” Geophys. Res. Lett., 42, 1612-1618, 2015.

4 国立極地研究所プレスリリース「バレンツ海の海氷面積が1年前から予測可能に〜北大西洋からの水温の影響を考慮〜」(2014年10月23日)
http://www.nipr.ac.jp/info/notice/20141023.html

発表論文

掲載誌:Environmental Research Letters
タイトル: Summertime atmosphere-ocean preconditionings for the Bering Sea ice retreat and the following severe winters in North America
著者:
中野渡 拓也
 国立極地研究所 国際北極環境研究センター特任研究員(受入機関:北海道大学 低温科学研究所
猪上 淳
 国立極地研究所 国際北極環境研究センター准教授
 総合研究大学院大学 複合科学研究科 極域科学専攻 併任准教授
 海洋研究開発機構 北極環境変動総合研究センター 招聘主任研究員
佐藤 和敏
 総合研究大学院大学 複合科学研究科 極域科学専攻
菊地 隆
 海洋研究開発機構 北極環境変動総合研究センター センター長代理
論文URL: http://iopscience.iop.org/1748-9326/10/9/094023
オンライン版公開日:2015年9月21日 午後3時00分(英国夏時間) (日本時間では9月21日午後11時00分)

図1:西部亜熱帯域の対流活動の弱化から北アメリカの寒波に至る大気海洋相互作用の概念図

図2:初冬(11−12月)ベーリング海の海氷面積が少ない年に見られる1か月後(12−1月)の(左)気温(℃)と(右)500hPaの等圧面高度の空間分布(海氷面積の少ない年から多い年における各グリッドの気温の平均値を差し引いたもの)。黒の等値線は、気温の差が統計的に有意に大きい領域を示す。

図3:赤:ベーリング海を約50km四方のグリッドに区切り、それぞれのグリッドについてZ500から海氷面積を予測し、その予測値と実際に観測された海氷面積の相関係数を求めた。ベーリング海全体の相関係数の総和を縦軸に、予測に用いたZ500データ取得時期(予測ターゲット時期から何ヶ月さかのぼっているかで示す)を横軸にプロットしたもの(赤)。このグラフから、3ヶ月前のZ500の値が、海氷面積の観測値と最も相関していることが分かる。黒と白抜きはそれぞれZ500の代わりに、予測に水温と気温データを用いたもの。

図4:(a) 3か月前(8−9月)のZ500と、(b) 初冬(11−12月)のベーリング海の海氷面積との間に見られる相関関係の空間分布。色がついた領域は、3か月前のZ500と初冬の海氷面積の変動が特に合っていることを意味する。(c) 相関の高い領域における3か月前のZ500(青線)と初冬の海氷面積(赤線)の変動の時間的特徴。(a)と(b)の相関係数の符号が逆であることから、アラスカ湾上空のZ500が高い時に、3か月後の海氷面積が小さくなることを意味する。

図5:海面水温(℃, 左パネル)、Z500(m, 中央パネル)、そして対流性の降水量(mm/day, 右パネル)とCCA第一モードの回帰分析。上から、PTパターンの変動に対して0、1,2、そして3か月後のそれぞれの変数との回帰係数をプロットしている。黒の等値線は初冬の海氷面積との相関係数が特に高い場所を表す。左パネルの暖色部分の動きを見ると、アラスカ湾の温暖化した海水が、2−3ヶ月かけてアラスカ沿岸に沿ってユニマク海峡(赤色×)からベーリング海に流入する様子が見られる。

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