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[プレスリリース]2015年夏季の「北極海海氷分布予報」が高精度で的中
~実測値との差2%での海氷面積予測に成功

2015年10月14日

大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所

情報・システム研究機構 国立極地研究所(所長:白石和行)が代表機関を務めるGRENE北極気候変動研究事業()の山口一 東京大学教授らの研究チームでは、2010年から、夏季の北極海の海氷分布予測を発表しています。このたび、今年5月に公開した2015年夏季の北極海の「海氷分布予報」の検証を行ったところ、最小期の海氷面積について2%の差で予測と実測値が一致し、その時の海氷分布も予測に近いものとなりました。

北極海航路の持続的な運用には、海氷分布の予測が欠かせません。今回の成果は、今後の航路利用に向けた予測精度の向上につながると期待されます。

背景

近年注目が高まっている北極海航路を実現し、安定的に運用するためには、その年の海氷状況を高い精度で予測できる手法の開発が必要です。北極海の海氷は毎年2~3月に面積が最大となり、9月前半に最小(年最小海氷面積)となりますが、年によって海氷の状況は大きく異なっており、分布の予測は容易ではありません。

GRENE北極気候変動研究事業の山口一 東京大学教授らの研究チームは、毎年、5月から「北極海海氷分布予報」として年最小海氷面積の予測値や海氷分布の予測を公開し、その後、実測との比較による検証を実施することにより、予測手法の改良を重ねてきました。

成果の内容

本研究グループは2015年5月28日、『北極海海氷分布予報 第一報』として、「夏の北極海の海氷面積は9月11日には450万平方キロメートル程度まで縮小し、その面積は過去4番目に小さくなる」との予測を発表しました。
その後の衛星観測により、9月11日に海氷面積が441万平方キロメートルで極小を示し、過去4番目の小ささとなっていたことが分かりました(米国のNational Snow and Ice Data Center(NSIDC)の9月15日の発表による。http://nsidc.org/arcticseaicenews)。すなわち、研究チームが発表した予測はNSIDC発表の最小面積との差が約2%であり、極めて近い値となったといえます。また、最小期の海氷の分布状況についても、予測とよく一致しました(図1)。

2014年の予測で年最小海氷面積の予測と実測の差が約20%であったことと比べると、精度が大幅に向上しています。これには、冬季の海氷の厚さ分布を予測に取り入れるといった手法の改良も寄与していると考えられます。

さらに、北極海航路の運用に必要性の高い予測として、海氷の後退時期の予測があります。今回、研究グループが予測した海氷域の後退の時期も、観測値と近かったことが分かりました。予測では、「ロシア側の北東航路では8月24日頃(第三報では25日頃)に開通、多島海を除くカナダ側の北極海沿岸(2つある北西航路うち北側の航路)でも、7月22日頃に開水面域がつながり航路が開通する」と見込みました。

実際にもそれぞれ8月末頃と7月末頃にほぼ航路が開通しました。また、カナダ側で海氷域の後退が早くすすんだ点、東シベリア海に海氷が遅くまで残った点なども、実際と一致しました。

予測手法の詳細

北極海の海氷については、以前から、冬季に海氷が発散する(流出する)海域では薄い海氷の割合が増えて5月以降に海氷が融解しやすく(例年よりも早く海氷が無く)なり、逆に海氷が収束する(集まる)海域では海氷が厚くなるため海氷の融解が遅くなると考えられていました。

本研究チームは、過去12年間(2003年~2015年、衛星観測の途切れた2012年を除く)の衛星搭載マイクロ波放射計AMSR-E(地球観測衛星「Aqua」に搭載)およびAMSR2(第一期水循環変動観測衛星「しずく」に搭載)のデータから、独自の計算手法により北極海全域での毎日の海氷の動きを計算しています。その計算結果をもとに、冬季の海氷の収束と発散を解析することにより、冬季(12月から4月にかけて)の海氷の収束・発散が夏の海氷分布と関係していることを、初めてデータから明らかにしました(文献1)。
本予測では、昨年までのデータをもとにしたこの関係と、この冬(2014~15年シーズン)の北極海の海氷の収束・発散を解析した結果から、今夏の海氷分布を予測しました。

なお、同チームは、2010年より上記手法に改良を加えながら毎夏の北極海の「海氷分布予報」を公開・検証しています。

今後の課題

今年は、海氷面積や開通時期については高精度の予測結果となりましたが、同じ研究グループの別チームによる現場観測などにより、予測とは異なりアラスカ沖の沿岸近くに海氷が残っていたことが分かっています。また、ラプテフ海の奥に遅くまで海氷が残った点も予測と異なった点です。これらの、岸に近い場所での特徴的な海氷の残り方は予測できませんでした。このような局所的な海氷分布も予測できることを目指して引き続き手法を改良していきます。

また、現在の予測手法は夏季の気象を考慮していないため、夏季に平年と大きく異なる気象条件だった場合には予測値が実測値と大きくずれてしまう可能性があります。この欠点を克服するため、夏季の顕著な気象を数ヶ月前までに予測するための研究も進め、海氷予測に組み込むことで予測の更なる改良を目指します。

海氷分布の予測精度の向上は、北極海航路の持続的利用の可能性を高めるうえで、重要かつ欠かせない要素であり、今後、本研究の社会還元が期待されます。

なお、この成果は11月6日(金)に開催するGRENE北極気候変動研究事業第2回特別セミナー「北極海航路の持続的利用実現に向けて」(於:東京海洋大学 楽水会館)でも紹介します。
http://www.nipr.ac.jp/grene/20151106seminar/

※GRENE北極気候変動研究事業
「グリーン・ネットワーク・オブ・エクセレンス」(GRENE)事業は、環境エネルギーに関する重要研究分野毎に、大学や研究機関が戦略的に連携し、世界最高水準の研究と人材育成を総合的に推進するため、文部科学省が平成23年度に開始した事業です。北極気候変動、環境情報、植物科学、先進環境材料の4分野で、平成27年度までの5年間の事業が進められています。
GRENE北極気候変動研究事業は、「急変する北極気候システム及びその全球的な影響の総合的解明」を目指し、国立極地研究所が代表機関、海洋研究開発機構が参画機関をつとめ、国内39機関、約300名の研究者が参加しています(平成27年10月時点)。なお、平成27年度においては、文部科学省の北極域研究推進プロジェクト(ArCSプロジェクト:Arctic Challenge for Sustainability Project)の一環として実施されています。
GRENE北極気候変動研究事業ホームページ

研究サポート

本予報は、GRENE北極気候変動研究事業の戦略研究目標④「北極海航路の利用可能性評価につながる海氷分布の将来予測」(研究代表者:島田浩二 東京海洋大学准教授)グループの研究サブ課題「北極航路利用のための海氷予測および航行支援システムの構築」(研究サブ課題代表者:山口一 東京大学教授)の研究チームによるものです。

関連ウェブサイト

海氷分布予報WEBサイト
東京大学山口一研究室ホームページ
北極域データアーカイブ

文献

文献1: Kimura, N., A. Nishimura, Y. Tanaka and H. Yamaguchi, Influence of winter sea ice motion on summer ice cover in the Arctic, Polar Research, 32, 20193, 2013.


図1:今夏の最小期(2015年9月11日)の海氷分布(白い部分)と、5月発表の第一報で予測された海氷域(緑線)。どちらも海氷密接度(被覆率)が30%以上の場所を海氷域とした。

お問い合わせ先

国立極地研究所 広報室
TEL:042-512-0655
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