大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

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研究成果

南極海での船上気象観測で豪州の低気圧予報を改善
〜豪州の観測船と日本のデータ同化による南極予測可能性研究のさきがけ〜

2018年10月23日

国立大学法人北見工業大学
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所
国立研究開発法人海洋研究開発機構

北見工業大学(学長:鈴木聡一郎)の佐藤和敏特任助教、国立極地研究所(所長:中村卓司)の猪上淳准教授、海洋研究開発機構(理事長:平朝彦)の山崎哲研究員を中心とする国際研究チームは、2017年の夏季(11月)に南極海で実施されたオーストラリア(以下、豪州)観測船「オーロラ・オーストラリス」による特別高層気象観測が、2017年12月に豪州東部に大雨をもたらした低気圧の進路予報にどのように影響するのかを調べ、南極海での観測を予報計算に取り込むことで中緯度の低気圧の進路予報の精度が向上することを明らかにしました。

近年、世界中で豪雨に伴う洪水や土石流などの被害が頻繁に報告されるようになりました。南半球の豪州やニュージーランドなどのオセアニア地域でも、低気圧に伴う大雨の気象災害が増加しています。これらの被害を軽減するためには、事前に低気圧の進路や強さを正確に予測することが、防災対策上重要となります。本研究チームによるこれまでの成果で、北極域での高層気象観測が北半球の台風等の進路予報の精度を向上させることが明らかになっていますが(文献1)、本研究は、南半球でも同様に高緯度域の高層気象観測が中緯度の気象予測を向上させるかどうかを調査したものです。

進路予報の精度が向上したのは、南極海での観測データにより、予報の計算で用いる初期値(計算を始める初期時刻の大気の状態)が改善され、低気圧の進路に影響する上空の大気循環が改善されたためです。本成果は、南極地域での科学的観測研究が、南半球の中緯度での減災に役立つ可能性を初めて実証したもので、南極地域観測の意義を新しい側面から示したものであると言えます。

これらの成果は、米国地球物理学連合発行の学術誌「Geophysical Research Letters」のオンライン版に2018年10月18日に掲載されました。

研究の背景

近年、豪州やニュージーランドなどでは、南半球で発達する低気圧に伴う大雨により、人的被害や産業界に大打撃をもたらしています。これらの被害を軽減するためには、低気圧の動向を数日前から正確に予報し、事前に災害対策を講じる必要があります。精度の良い予報を行うためには、計算を始める初期時刻の大気の状態をより正確にすることが有効で、気象観測の少ない領域での観測を充実させることがその解決法の一つです。

本研究チームは、北半球において、観測数が少ない高緯度(北極域)で観測点や観測頻度を増やすと、予報のための初期場の不確実性が小さくなり、その結果、日本やアメリカ(中緯度)で発生する低気圧の予報の精度が向上することを明らかにしてきました(文献1, 2, 3)。しかし、南極域の観測データが南半球の天気予報の精度へ与える影響についてはこれまで明らかにされていませんでした。南半球は、北半球に比べて観測の起点となる陸域が限られ、観測密度や観測頻度が極端に少ない状態です。したがって、特別気象観測を実施すると低気圧の予報精度が大きく向上することが予想されます。

そこで、南極海上で高層気象観測が実施された2017年11月から12月に着目し、南極海での高層気象観測データが低気圧の予測に与える影響を調べました。

研究の内容

この年の夏は、アメリカの「MARCUS」プロジェクト(注1)の一環として、南極海で豪州観測船「オーロラ・オーストラリス」によるラジオゾンデ観測(注2)が行われました(図1)。この特別観測のデータが予報の取り込まれた場合に、予報に用いられる大気の初期場や低気圧の進路予報(図2)の精度が向上するのか調べました。

まず、海洋研究開発機構で開発されたデータ同化システム(注3)を用い、特別観測データを取り込んだ場合(「特別観測あり」)と取り込まなかった場合(「特別観測なし」)それぞれで、予報に必要な大気の初期値を計算しました。次に、同機構で開発された大気大循環モデル(注4)で、それぞれの場合の初期値を用いてアンサンブル予報実験(注5)を行いました。


図1:(上)特別高層気象観測を実施していた観測点。「オーロラ・オーストラリス」で1日4回実施。(下)第一著者が参加したMARCUSの南極航海の様子。

図2:低気圧(2017年12月3日)における地表気圧と300hPa面での高度場。黒線は、低気圧発生から予報時刻までの経路。この時刻には低気圧はタスマニア島の東側に位置していた。

特別観測ありの予報の場合では、地上低気圧の位置に影響する高度約9000mの気圧の谷(トラフ)の位置が予測できており、実際の位置に近い予報が多くなりました(図3左)。一方、特別観測なしの予報の場合では、トラフの位置が正確に予報できず、低気圧の位置が前者よりも約350km北側にずれて予報されていました(図3右)。さらに、アンサンブル予報での低気圧の中心位置のばらつきは「特別観測あり」の方が小さく、特別観測のデータが初期値に組み入れられる(同化される)と不確実性が小さくなることが示されました。

図3:特別観測あり予報(左)と特別観測なし予報(右)それぞれの上空300hPa(高度9000m付近)の高度場(色)と地表面気圧(線)。黒線は実際の低気圧の経路、青の細い線は複数回実施した予報(アンサンブル予報)で得られた低気圧の経路。青線は、アンサンブル予報の平均した経路。特別観測あり予報では、特別観測なしに比べて黒線に近いメンバーが多く、ばらつきが小さい。

予報の精度は、「特別観測あり」予報でも予報期間が長くなれば悪くなりますが、「特別観測なし」はさらに精度が悪くなり、予報の不確実性も大きくなります。この不確実性は空間的に伝播することが考えられるため、低気圧の予報精度に影響していた「特別観測あり」と「特別観測なし」の不確実性の差(特別観測の影響)が時間と共にどのように空間的に広がるのか調べました(図4)。解析の結果、南極大陸と異なり南極海では観測点がないことから、特別観測がないと不確定性が大きくなり、さらに上空の強い西風により南極海全体に広がっていることが分かりました。

今後の展望

図4:「特別観測あり」と「特別観測なし」予報での予報誤差の差(南極海の観測により大気循環が改善された)が大きい領域。観測の有無が原因となる予報誤差が強い西風により広範囲に拡大し、低気圧の進路予測に影響していた。

本研究から、南極海で特別観測を実施することで、南半球中緯度の予報の精度が向上することが分かりました。しかし、船舶による高層気象観測を毎年実施することは難しいため、持続可能な南極域の観測網を構築するのが大きな課題となっています。

世界気象機関では、極域に関わる様々な時間スケールの気象予測を向上させるため、2013年から10年計画の極域予測プロジェクトを開始しています。南半球では2018年11月16日から2019年2月15日までの3ヶ月間を集中観測期間と設定し、既存の観測点や研究船によるラジオゾンデ観測の頻度を増やす予定です(3カ月間で約2400発を追加)。日本も気象庁と国立極地研究所が共同で昭和基地やドームふじ基地において特別観測を実施します。これらの観測データを用いて、予報の精度を向上させるために最も有効な観測点や観測頻度を調査し、南半球の気象予報の精度を向上させるのに効率の良い観測体制を提唱する予定です。本成果は、これらの国際集中観測の先駆けとなる成果で、今後の観測・研究の指針となるものです。

研究サポート

本研究は、科学研究費補助金 新学術領域研究(研究領域提案型)(18H05053)、日本学術振興会海外特別研究員の助成を受けて実施されました。

注1 MURCUS
2017年10月~2018年3月に豪州の観測船「オーロラ・オーストラリス」により雲や大気の観測を行った観測プロジェクト。
https://www.arm.gov/publications/backgrounders/docs/doe-sc-arm-16-055.pdf

注2 ラジオゾンデ観測
センサーをバルーンに取り付け、気温や風などの気象要素の鉛直分布を観測する。対流圏上層(高度約10km)を超えて成層圏まで観測が可能。世界の約800カ所で1日2回(場所によっては1回)の頻度で実施され、そのデータはGTS(Global Telecommunication System)を介してリアルタイムに通報され、各国の気象予報センターが利用できる形式となっている。

注3 データ同化
数値シミュレーションモデルに観測データを融合させる手法のこと。大気モデル等で数値シミュレーションを行う際に、初期値として実際の観測データをデータ同化により取り入れることでより精度の高い大気状態の再現性(初期値)が得られ、より精度の高い予測が可能になる。JAMSTECは独自のアンサンブルデータ同化システムと予報モデルの両方を有しており、大気大循環モデルAFES(Atmospheric general circulation model for Earth Simulator)と同化コードLETKF(局所変換アンサンブルカルマンフィルター: Local Ensemble Transform Kalman Filter)をJAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」上で実行し、全球大気再解析データセット「ALERA2」を構築している。
http://www.jamstec.go.jp/alera/alera2.html

注4 大気大循環モデル
流体力学や熱力学の方程式を基に、大気の温度・湿度や流れの変化を計算するためのプログラム。大気大循環モデルを用いて数日から経年スケールの大気現象をシミュレートし、メカニズムや予測可能性を調査する。

注5 アンサンブル予報
似ているがわずかに異なる初期値を複数個作成し、それぞれの初期値から予報を行う手法。不確実性の情報を加味した天気予報が可能となる。

文献

文献 1: 国立極地研究所プレスリリース「北極域の気象観測で台風の進路予報が向上」(2018年8月30日)
http://www.nipr.ac.jp/info/notice/20180830.html

文献2: 国立極地研究所プレスリリース「北極海上の高層観測で中高緯度の大気循環の再現性が向上- 観測データ空白域での海洋地球研究船「みらい」によるデータの役割-」(2013年3月6日)
http://www.nipr.ac.jp/info/notice/20130306.html

文献3: 国立極地研究所プレスリリース「北極の気象観測で日本の寒波予測の精度が向上」(2016年12月21日)
http://www.nipr.ac.jp/info/notice/20161221.html

発表論文

掲載誌: Geophysical Research Letters
タイトル: Improved reanalysis and prediction of atmospheric fields over the Southern Ocean using campaign-based radiosonde observations
著者:
佐藤 和敏(北見工業大学 工学部 特任助教/日本学術振興会 海外特別研究員/Antarctic Climate & Ecosystems Cooperative Research Centre)
猪上 淳(国立極地研究所 国際北極環境研究センター 准教授/総合研究大学院大学 複合科学研究科 極域科学専攻 併任准教授/海洋研究開発機構 アプリケーションラボ 外来研究員)
Simon P. Alexander(Australian Antarctic Division/Antarctic Climate & Ecosystems Cooperative Research Centre、 オーストラリア)
Greg McFarquhar (The University of Oklahoma、アメリカ)
山崎 哲(海洋研究開発機構 アプリケーションラボ 研究員)
URL: https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2018GL079037
DOI: 10.1029/2018GL079037
受理原稿公開日: 2018年10月18日(オンライン公開)

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