大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

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研究成果

北極海の結氷予測は「雲」がカギ
~「みらい」北極海航海データを利用した、数値予報モデルの検証プロジェクトから~

2021年1月27日
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所
国立大学法人北見工業大学

雲は放射過程を通じて、地球が太陽から受けるエネルギーの収支(熱収支)に大きな影響を与えます。その影響は極域の海氷面や開水面(海氷のない部分)で特に大きいことが知られています。雲の状態を正確に予測することは、海氷の融解量や海面水温の推定にとって重要ですが、気象・気候予測に用いられる数値モデルにおいては、その再現性の低さが依然として問題となっています。

国立極地研究所の猪上淳准教授、北見工業大学の佐藤和敏助教を含む国際プロジェクトチームは、アメリカやドイツなどの研究機関が提供した9つの数値モデルの出力結果を対象に、雲と放射の再現性に関する相互比較と検証を実施しました。検証データとしては2014年9月に海洋地球研究船「みらい」(図1)の北極海航海(首席研究者:猪上淳)で取得した、船上観測データを用いました。

その結果、多くの数値モデルは、水雲と氷雲が共存する混相雲において、水雲の割合を過大または過小に見積もってしまうという両極端な傾向があることが明らかとなりました。これにより、海面に入射する短波放射や長波放射が変化し、海面熱収支の時間変化が適切に再現できていないことが示されました。これはすなわち、北極海の海氷予測においては、結氷の開始時期がずれてしまうことを意味します。

本成果は、北極海の精緻な気象・海氷予測の実現のためには、数値モデル内の雲物理過程の改良の必要性、および水雲・氷雲の特性を把握する観測データ取得の重要性を示しています。この成果は、Journal of Geophysical Research: Atmospheres誌のオンライン版に掲載されました。

図1:海氷のない北極海を航行する「みらい」。2019年10月北緯77度にて。(写真提供:猪上淳)

研究の背景

気象予報では、大気の状態を予測するために数値モデルが用いられています。数値モデルには、地球全体の大気の状態を予測する「全球モデルや、“日本周辺”や“北極海”といった特定の地域を対象として予測をする「大気領域モデル」などの種類があります。

北極海では雲による放射の影響が海氷面熱収支(注1)を大きく変動させるため、特にこの地域の大気領域モデルにおいては、モデル内の雲と放射の再現性の向上が過去数十年間に渡って大きな課題となっています。モデルの改善のためには検証データが必要ですが、これまでは、約20年前に北極海の海氷域で大規模に観測された雲データが多く用いられていました。ところが、この20年間に海氷面積が著しく減少し(文献1)、新常態である「海氷のない北極海」(図1)での検証も必要となってきました。

また、世界気象機関(WMO)が主導している世界気候研究計画(WCRP)では、世界のいくつかの地域を対象として、計算条件(対象期間や初期条件)を統一して大気領域モデルの相互比較を行う「統合地域ダウンスケーリング実験(CORDEX)を実施しています。北極域においては、海氷域の比較実験は行われたものの、海氷のない海域での比較は未着手でした。

そこで、極地研の猪上淳准教授、北見工業大学の佐藤和敏助教は、アメリカ・海洋大気庁、ドイツ・トリーア大学、ドイツ・アルフレッドウェーゲナー極域海洋研究所、ベルギー・リエージュ大学、イギリス・気象局、アメリカ・コロラド大学の研究者と国際研究チームを結成し、これらの機関が提供する計9つの大気領域モデルの出力結果を相互比較するとともに、日本の海洋地球研究船「みらい」での北極海における観測データ、および、実測値に基づいて大気の状態を再現した「大気再解析データ『ERA5』(注2)を使って評価を実施しました。

「みらい」は、他国の砕氷船とは異なり、北極海の中でも海氷のない海域を中心に観測を続けてきました。通常、研究船の航海計画を立てるにあたっては、限られた航海期間の中でできるだけ多くの地点で観測を行うようにすることが多いため、同じ地点での時系列データを得ることは困難です。しかし、2014年の北極海航海で18日間に及ぶ定点観測が実現したことで、結氷期直前の大気と海洋の純粋な時系列データを取得することに成功しました。これは数値モデルの検証データとしては、利用価値が極めて高いものです。

研究の内容

前述の9つの大気領域モデルの出力結果を、「みらい」での定点観測データ(北緯74.75度、西経162度(図2)での海上気象、高層気象観測データ、下向き放射観測、雲底高度、レーダーによる降雪分布、雲粒子の画像、海面水温など)および、ERA5大気再解析データと比較しました。

明らかになった点は大きく以下の4点です。

図2:ERA5大気再解析データによる2014年9月の平均海面水温(色:℃)、海氷密接度(グレー濃淡:%)、海面更正気圧(等値線:hPa)。「みらい」定点観測の位置は図中の□印。

(1)9つの大気領域モデルの出力結果のうち6つは、混相雲内の水雲の占める割合を実際よりも少なく算出し(図3a)、その傾向は対流圏中層の寒冷環境下(20℃以下)で形成される過冷却水雲(図4)で顕著である。水雲を特に少なく算出したモデルでは、雲の放射影響の関係から、昼間は海面に到達する日射量が多くなり、夜間は海面での放射冷却が卓越するため、海面熱収支の日変動が大きくなる(図5の紫色線)。

図3:水雲(色)と気温(破線)の時間高度断面の例。色が紫~青に近いと水雲が少なく、赤に近いと水雲が多いことを示す。ERA5大気再解析データ(d)と比較すると、aは水雲が極端に少なく、bは下層の水雲が極端に多い。一方、cは対流圏中層の水雲が再現できていると言える。

図4:雲粒子ゾンデによって上空で撮影された対流圏中層の水雲(過冷却水滴)の例。気温が氷点下であるにも関わらず、粒子が水滴であることが分かる。図3cの数値モデルではこの状況を比較的再現できている。

図5:定点観測期間中の海面熱収支の時系列(黒:観測、その他の色:各数値モデル出力と大気再解析データ)。▲印は、各モデルにおいて日平均として海が冷え始める日を示す。その後、水温が結氷点に達すると海氷が形成され始める。

(2)観測データでは、雲底高度の温度から見積もられる下向き長波放射と海面付近での下向き長波放射の間には高い相関関係が見られ、水雲の存在を示唆するが、9つの出力結果のうち6つではその関係性は低く、それは雲底高度および水雲の再現性の低さに起因する。

(3)海面付近の水雲を実際より多く算出してしまう数値モデル(図3b)は、同時に大気下層の気温を低く見積もるため、雲による日射の遮蔽効果と乱流熱輸送による過剰な海面冷却によって、結氷の予想日が1週間早まる程度に海面熱収支の時間的ずれが生じる(図5)。

(4)最新の大気再解析データであるERA5は、比較対象の数値モデルよりも水平・鉛直解像度が劣るにもかかわらず、雲や放射の再現性が高い。これは衛星観測などを大量にデータ同化していること、そして、欧州中期気象予報センターで独自に開発された雲物理過程を導入した結果を受けていると考えられる。

今後の展望

雲の再現性については、ERA5大気再解析データで使用されている雲物理過程が有望であることがわかってきたため、各研究機関においては寒冷環境下(例えば0℃から−40℃の幅広い温度帯)で水雲が存在し得るスキームの開発が望まれます。また、極域の雲の再現性向上は北極だけではなく南極でも期待されており、例えばIPCC第5次評価報告書では、南大洋上の雲の再現性の低さとそれに付随する海洋循環の再現性への影響が指摘されており、精緻な全球将来予測計算において克服すべき課題となっています。雲の定量的な検証には、雲粒子ゾンデなど、水雲と氷雲を定量的に測定できる観測機器の継続的な開発が必要不可欠であるとともに、数値モデルの研究グループに高品質な検証データを提供するための研究船の戦略的な運用が期待されます。また、このような国際比較プロジェクトには、日本の数値モデルコミュニティーの積極的な参加も望まれます。本研究グループでは、2019年9月から2020年10月までの約1年間に北極海で実施されたMOSAiCプロジェクト(注3)の観測データを用いて、季節別の各数値モデルの雲や放射の再現性の検証も予定しています。

研究サポート

本研究は、JSPS科研費 国際共同研究加速基金(JP18KK0292)、基盤研究A(JP24241009、JP18H03745)、ArCS(北極域研究推進プロジェクト)の助成を受けて実施されました。

発表論文

掲載誌: Journal of Geophysical Research: Atmospheres
タイトル:Clouds and Radiation Processes in Regional Climate Models Evaluated Using Observations Over the Ice-free Arctic Ocean

著者:
 猪上淳 (国立極地研究所 気水圏研究グループ准教授 兼 国際北極環境研究センター准教授)
 佐藤和敏 (北見工業大学 助教)
 Annette Rinke (アルフレッドウェーゲナー極域海洋研究所、ドイツ)
 John J. Cassano (コロラド大学、アメリカ)
 Xavier Fettweis (リエージュ大学、ベルギー)
 Günther Heinemann (トリーア大学、ドイツ)
 Heidrun Matthes (アルフレッドウェーゲナー極域海洋研究所、ドイツ)
 Andrew Orr (英国南極観測局、イギリス)
 Tony Phillips (英国南極観測局、イギリス)
 Mark Seefeldt (コロラド大学、アメリカ)
 Amy Solomon (米国海洋大気庁、アメリカ)
 Stuart Webster (英国気象局、イギリス)
URL:https://doi.org/10.1029/2020JD033904
DOI:10.1029/2020JD033904
論文公開日:2020年12月29日(オンライン公開)

注1:海面熱収支
海氷面や海面での熱バランス(海氷や海が冷却傾向にあるか加熱傾向にあるかの指標)。熱源としては、日射による短波放射、大気・雲や海面/海氷面からの長波放射、大気−海洋間の温度勾配等によって決まる乱流熱フラックスがある。

注2:大気再解析データERA5
大気モデルによる数値シミュレーション結果と観測データを組み合わせて作成された、高精度で時空間的に均一なデータを再解析データと呼ぶ。ERA5は欧州中期気象予報センターにより作成された最新の大気再解析データである。

注3:MOSAiCプロジェクト
Multidisciplinary drifting Observatory for the Study of Arctic Climate。地球温暖化の影響の顕著な地域である北極域において、2019年から2020年にかけて1年間、砕氷船を用いて集中的に詳細な観測を実施したプロジェクト。日本を含む20か国から数百人の研究者が参加した。

研究サポート

本研究はJSPS科研費(JP17H01618、JP17H06319、JP17K07579、JP18K14515)の助成、および、東京大学大気海洋研究所共同利用研究(受付番号157,2019)の支援を受けました。

文献

文献1
国立極地研究所、宇宙航空研究開発機構プレスリリース「北極海の海氷面積が9月13日に年間最小値を記録 ~衛星観測史上2番目の小ささ~」(2020年9月23日)

お問い合わせ先

研究内容について
国立極地研究所 気水圏研究グループ 准教授 猪上淳
北見工業大学 助教 佐藤和敏

報道について
国立極地研究所 広報室
北見工業大学 総務課広報担当
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