大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

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研究成果

タスマン海の水温上昇が南極半島の異常高温を引き起こす
〜遠隔応答を通じた中緯度海洋変動による南極大陸周辺の大気循環変動の解明〜

2021年3月9日
国立大学法人北見工業大学
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所

南極半島は、世界平均に比べ気温上昇が著しい領域の1つです。気温上昇により氷床の融解が促進され、世界中の海面上昇への影響が危惧されています。近年、南極半島の異常高温を引きおこす要因として、南極大陸の温暖化や遠方である熱帯域の水温変動による影響が議論されてきましたが、南半球中緯度の海洋からの影響は未解明のままでした。

北見工業大学(学長:鈴木聡一郎)の佐藤和敏助教、国立極地研究所(所長:中村卓司)の猪上淳准教授を中心とする国際研究チームは、中緯度のオーストラリア南東部に位置するタスマン海の水温の経年変動に着目し、南極半島の気温上昇に与える影響を調べました。タスマン海の水温が高くなると、南極大陸周辺の上空に存在する強風域が通常の年より南極側にずれます。その結果、本来ニュージーランドの東側を通過していた低気圧は、タスマン海の水温が高い年に南極周辺に到達しやすくなり、南極半島に高温をもたらす大気場が形成されやすくなることがわかりました(図1)。

本成果では、中緯度海洋の変動が、エルニーニョなどの熱帯の影響、および南極振動による極域の影響とは独立した形で、極域の大気循環に影響を与えることを示しました。過去・現在・未来のタスマン海の水温変動に着目することで、南極大陸の氷床変動の理解と予測がさらに深化することが期待されます。

本研究の成果は、2021年3月8日に英国のSpringer Natureから刊行された国際学術誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。

図1:本研究のタスマン海の昇温が引き起こす大気応答の概念図。

研究の背景

南極半島は、近年異常高温が観測されていることや南極氷床の融解が顕著であることから、世界中で注目されています。南極半島の異常高温は、南極大陸周辺のアムンゼン海で活発化する低気圧活動に伴う低緯度側からの強い暖気移流で引き起こされることが先行研究から分かっています。その原因としてこれまでエルニーニョ/ラニーニャなどの低緯度の変動が関連することなどが指摘されています。しかしながら、エルニーニョ/ラニーニャが発生していない年の南極半島での高温現象は、十分に理解されていませんでした。特に、中緯度海洋の水温上昇や水温分布の変動は、中・高緯度の大気循環場にも影響が及び、特に高緯度側の高温現象の一要因となることが北半球の研究結果で報告されています(文献1)。そこで本研究チームは、南半球で水温上昇が顕著な中緯度のタスマン海に着目し、タスマン海の水温変動が南極半島の気温にどのように影響しているのか、気象データ解析および数値計算から調べました。

研究の内容

南極半島に常設されている6箇所の気象観測所の冬季(6月〜8月)表面気温データを使用し(図2a,b)、平年より暖かい冬の13年分(暖冬年)と寒い冬の12年分(寒冬年)の合成解析(注1図2c)を実施したところ、暖冬年は南極周辺のアムンゼン海で気圧が低い状態(低気圧偏差)、南極半島の北側で気圧の高い状態(高気圧偏差)が顕著になり、中緯度から南極半島へ北風により暖かい空気が流入しやすくなる気圧配置になっていることがわかりました(図3上)。そのため、暖かい空気が運ばれた南極半島を含む一部の南極大陸では例年より暖かい冬になっていました。低気圧の数や活動度の指標である数密度の合成解析でも、アムンゼン海を含む南極大陸沿岸で低気圧が多くなっており(図4下)、アムンゼン海の低気圧が活発になることで南極半島の高温が引き起こされると指摘した先行研究と矛盾しない結果となりました。

図2:(a)南極大陸と今回の研究で着目した領域の位置関係。(b)南極半島の拡大図((a)の赤線)と研究で使用した表面気温データが取得されている6箇所の観測点(赤点)。(c)6箇所の観測所の平均気温の平年に対する差(気温偏差)の時系列。赤点は暖かい年(暖冬年:13年)、青点は寒い年(寒冬年:12年)、黒点は各年の気温偏差を示している。

図3:(上)南極半島の6箇所の観測地点で暖かい冬(暖冬年)に出現する気圧偏差(線)と気温偏差(色)。実線(破線)は暖冬年に気圧が高い高気圧(低い低気圧)偏差、暖色(寒色)系が暖冬年に気温が高い高温偏差(低い低温偏差)を示している。(下)数値モデルで算出されたタスマン海の水温上昇により引き起こされる大気応答。それぞれの図の「高」(「低」)は高(低)気圧偏差の中心を示している。

図4:(上)暖冬年の水温偏差(色)と例年の水温分布(線)。暖色(寒色)系が暖冬年に水温が高い高水温偏差(低い低水温偏差)を示している。紫の領域は、タスマン海の水温上昇の影響を調査するために数値実験で例年より水温を上昇させている領域。(下)低気圧の活動度や数の指標となる低気圧の数密度偏差。暖色系は暖冬年に低気圧の数密度が多いことを示している。矢印は数密度偏差や他の合成解析から想定される暖冬年(実線)と寒冬年(破線)の低気圧の経路。

一方、タスマン海を含むニュージーランド周辺に着目すると、ニュージーランドの東の海域では、低気圧の数密度が暖冬年には例年より少なくなっていました(図4下)。また、表面水温の合成解析では、ニュージーランドの風上側に位置するタスマン海で暖冬年は例年より水温が高くなっていることがわかりました(図4上)。以上のことから、このタスマン海の高水温によって、例年であればニュージーランド東方の海上を通過する低気圧の経路が南側に約1000kmずれ、その結果南極大陸周辺へ侵入する低気圧が増加するためにアムンゼン海の低気圧の高密度偏差が大きくなり、南極半島で気温が上昇することが示唆されました。

しかし、先行研究では、熱帯域で見られるラニーニャに伴う低水温度偏差(図4上)がアムンゼン海の低気圧偏差を強める役割を持っているとされています。そこで、熱帯域の影響とタスマン海の水温上昇の役割を比較するため、タスマン海の水温上昇の効果のみを抽出する大気大循環モデル(注2)を使用した数値実験を行ったところ、アムンゼン海で低気圧の強化と南極半島で高気圧の強化がもたらす南極半島の高温が確認され、観測事実を支持する結果を得ました(図3下)。また、熱帯の低水温偏差のみを例年の水温に与えた数値実験でも、似たような結果が得られ、先行研究を支持する結果にもなりました(図略)。すなわち、冬季の南極半島の高温現象は、ラニーニャイベントに伴う熱帯の低水温、あるいはタスマン海の高水温で引き起こされ、両者の効果が重なる年はさらに高温化することを意味しています。また、同様の解析を春(9〜11月)や秋(3〜5月)にも適用したところ、冬と同じくタスマン海の高水温偏差により南極半島で高温が引き起こされることが確認されました。

今後の展望

南極半島や周辺の気温変動を引き起こす新メカニズムを提唱した本研究は、氷床融解の将来予測向上に貢献すると考えられます。特に、今後のタスマン海の水温変動を指標にし、南極半島の氷床変動や地球規模の海面変動の将来予測の精度を向上させることが期待できます。本研究では、他の研究に先駆けてタスマン海の水温変化に着目しましたが、南半球の他の海流に焦点を当てた研究も今後重要になると考えられます。そのため、他の中緯度海洋に着目した研究を実施し、それぞれの海域の水温変動が南極半島、南極大陸へ与える影響の調査が今後の課題となります。また、100年規模の長期変動の精緻化のためには、本研究で着目した期間よりさらに過去に遡り、20世紀以前の変動に着目する必要もあります。

研究サポート

本研究は、科学研究費補助金 新学術領域研究(研究領域提案型)(20H04963、18H05053)、科学研究費助成事業 若手研究(19K14802)、日本学術振興会海外特別研究員の助成を受けて実施されました。

注1:暖冬年と寒冬年の合成解析
南極半島の観測点の気温偏差(平年に対する各年の気温差)の時系列から暖かい年13年分(暖冬年)、寒い年12年分(寒冬年)を抽出し、暖冬年から寒冬年を引いた大気場や海洋場を調べる手法。

注2:大気大循環モデル
流体力学や熱力学の方程式を基に、大気の温度・湿度や流れの変化を計算するためのプログラム。大気大循環モデルを用いて数日から経年スケールの大気現象をシミュレートし、メカニズムや予測可能性を調査する。本研究では、地球シミュレータに最適化された大気大循環モデルAFES(海洋研究開発機構が保有)を使用して数値実験を実施した。

文献

文献1
国立極地研究所プレスリリース「メキシコ湾流の流路変化がもたらす北極海の海氷減少とユーラシア大陸の異常寒波」(2014年8月16日)

発表論文

掲載誌: Nature Communications
タイトル:Antarctic Peninsula warm winters influenced by Tasman Sea temperatures

著者:
 佐藤和敏(北見工業大学 工学部 助教/海洋研究開発機構 アプリケーションラボ 外来研究員)
 猪上淳(国立極地研究所 気水圏研究グループ 准教授/総合研究大学院大学 複合科学研究科 極域科学専攻 併任准教授/海洋研究開発機構 アプリケーションラボ 外来研究員)
 Ian Simmonds(メルボルン大学 教授)
 Irina Rudeva(豪州気象局 研究員/メルボルン大学 研究員)
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-021-21773-5
DOI:10.1038/s41467-021-21773-5
受理原稿公開日:2021年3月8日(オンライン公開)

お問い合わせ先

研究内容について
北見工業大学 助教 佐藤和敏(さとう かずとし)
国立極地研究所 気水圏研究グループ 准教授 猪上淳(いのうえ じゅん)

報道について
北見工業大学 総務課広報担当
国立極地研究所 広報室
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