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第62次日本南極地域観測隊員候補者の公募について

(資料3)

南極における医療の現状と限界

南極は過酷な環境にあり、そこでの観測活動と設営作業は、国内とは比較にならない危険を伴うものとなります。日本の観測隊は、そのなかで隊員の生命と健康を守るための医療施設や治療薬の整備拡充を図ってきました。

しかしながら、南極という特殊な環境から、医療の面では数々の制約があり、国内と同等の医療水準を確保することは困難です。観測隊に参加するにあたり、以下に述べる医療の状況と限界について十分に理解し、承諾していただく必要があります。

①医師体制について

隊員の選考の際には、南極において求められる医療技術と経験を備えた医師を選抜し、原則として2名の医療担当隊員(医師)が越冬します。医療水準や領域については、越冬する医師の専門分野の違いにより毎年多少の違いがあるため、専門外については出発前に必要な研修を行っています。さらに国内の専門医師のサポートを受けられるよう、衛星回線を利用した遠隔医療システムも整備されています。

しかし、看護師、検査技師、放射線技師などは配置されていません。人手が必要な場合には医師以外の隊員の協力を得てこれらの業務を行っています。通常、国内では外科手術の場合、外科医2名、麻酔科医1名、看護師2名で行なわれることと比べると、さまざまな医療業務に支障や制限が生じることは避けられません。

②基本的設備について

病気や怪我に対しての治療、処置は可能です。昭和基地には、外科的手術が可能な設備のほか、レントゲン撮影装置、生化学検査機などが整えられていますが、日本国内と同等の医療水準を望むのは難しい事が多いです。

③薬について

現地で発症した病気や怪我に対する治療薬は、新たに発症するであろうと予測した患者数をもとにその種類と量を決め、計画的に持参していますが、自ずと限度があります。もともと持病があり、日常的に服用している薬がある場合は、医療担当隊員と相談の上、別途自費で出国から帰国までの期間分を準備して下さい。仮に持病を隠したり、必要な持病薬を持ち込まないことによって万一重症化した時には対処できない可能性が高いです。何らかの薬を常用しているような場合には、先ず隊の医療担当隊員と相談し、必ず準備をして出発して下さい。

④緊急搬出について

国内では、一般の病院で対応困難な難病や重症患者の場合には、さらに高度の医療を行うため専門病院に移送する場合があります。南極は、昭和基地の近傍に他の基地はなく、昭和基地以上の医療水準をもつ基地もありません。南極圏から高度な治療が可能な大陸(オーストラリア、南アフリカ、南米など)への緊急搬出は、夏の一時期を除いて通常ありません。

夏期には観測船の緊急活用、諸外国や基地の協力による航空路活用などの可能性はありますが、冬期の救出活動は不可能です。

⑤後遺症について

昭和基地の医療施設は急性期疾患を中心とした設備を備えており、慢性期や機能回復訓練を想定していません。そのため国内では残らない後遺症や機能障害が、南極では発生することがあります。

⑥野外活動時のリスクについて

野外調査中の事故や急病については、適切な治療ができない場合があります。また、昭和基地へ迅速に収容することが困難な場合があります。

⑦妊娠および出産について

昭和基地では妊娠・出産にともなって生じる疾病(流産、胎盤剥離、妊娠中毒症、帝王切開、未熟児医療など)に対応することができません。妊娠した場合は、母体と胎児に危険が生じたり、その対応のために観測隊の計画に大幅な縮小、変更を余儀なくされたりすることが予想されます。

女性越冬隊員については、観測船が帰国する時点で妊娠反応試験を実施することを承諾していただきます。その結果によっては、越冬の中止・帰国が命令されます。

⑧個人情報の扱いについて

診療に関する個人情報は日本国内と同様に保護され、原則として診療情報提供には本人の同意を求めます。ただし、南極という特殊状況下に於いて隊の運営上、必要と考えられる場合は、本人の承諾を得る前に、隊長に傷病名や疾患名とその予後を報告する場合があります。

また、通信回線を用いた遠隔医療の運営や情報交換に際しては、個人情報の保護に努めますが、その保護には限界があります。

なお、隊員候補者の健康判定のために実施した個人健康診断データ及び、南極行動中に得られた定期健康診断を含む医学医療データは、昭和基地における健康管理や安全性向上のための貴重な基礎資料となります。将来的な医療改善と医学研究推進のため、個人を特定できない形で活用することがあります。

⑨越冬の中止・帰国命令について

越冬中の身体上の安全に問題があると診断された場合、その隊員に越冬の中止・帰国を命令することがあります。

⑩まとめ

南極においては国内とまったく同じ水準の医療を受けることはできません。その結果、国内では救命できても南極では救命できない場合や、国内では残らない後遺症が南極では残る場合があることは、遺憾ながら避けられません。

ここまで述べた点については、ご本人だけではなく、ご家族の方々にも十分理解のうえ、承諾していただく必要があることを申し添えます。

2019年5月
大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

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