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2023年度北極海氷中期予報第一報補足

 このページでは今回の予報で用いた予測手法と、それによる予測精度について解説します。

予測対象日までに海氷が移流する効果の考慮

 これまでの第一報での海氷予測は、4月30日時点での海氷の状態をもとに行っていました。ただ、実際にはそれ以降も海氷は移流します。 図1は2022年9月10日の海氷分布(観測値)に2022年の第三報で予測された海氷縁(海氷密接度20%の位置)を重ねた図です。 とくに東シベリア海では、海氷が解け残った場所が予測に比べて西(左側)にずれていることがわかります。 このずれは、予測時点以降に海氷が西に移流することが原因のひとつであると考えられます。
 夏季の海氷分布は海氷年齢の分布に大きく左右されます。 予測の改良のためには、予測時点(4月末)の海氷年齢(図2左)ではなく、予測対象日の海氷年齢分布を推測してそれを用いる必要があります。 そのために、過去4年間の毎日の海氷漂流速度の平均値を用いて、5月以降の予測対象日までの海氷移流を計算しました。 こうして計算された2022年の8月末日の海氷年齢分布の推定値(図2中)と実際の海氷年齢分布(図2右)です。 2枚を比べると古い氷の分布域がおおよそ一致しています。 この結果を踏まえ、今回の予測では過去の海氷の動きをもとに予測対象日の海氷年齢分布を推定し、それを海氷分布の予測に用いました。

図1:2022年第三報の結果(緑線)と衛星観測値。
図2:2022年の4月末日の海氷年齢分布(左)、2022年の8月末日の海氷年齢分布の予測値(中)と実際の分布(右)。


予測に用いるパラメータの検討

今回の予測を行うにあたり、以下の4通りのパラメータの組み合わせを使って2022年夏の海氷分布を再度予測し、もっとも予測精度の高い組み合わせについて検討しました。 (3)と(4)が上記の解説にある「予測対象日までの海氷の動き」を考慮したものです。
(1)「冬季から春季までの海氷の集まり方」と「春の海氷年齢」
(2)「冬季から春季までの海氷の集まり方」、「春の海氷年齢」と「海氷の平均発散値」
(3)「冬季から春季までの海氷の集まり方」と「春の海氷年齢(夏までの動きを考慮)」
(4)「冬季から春季までの海氷の集まり方」、「春の海氷年齢(夏までの動きを考慮)」と「海氷の平均発散値(夏までの動きを考慮)」
図3は再予測の結果(線)と実際の観測値を重ねた図です。 8月の前半はどの方法による予測もほとんど同じですが、8月下旬以降は方法によってばらつきが見られます。図4は8月1日から9月10日までの海氷域面積の予測誤差を積算した結果です。 赤色が過大予測、青色が過小予測した量を表しており、その合計(グラフの長さ)が小さいほど精度が高いことを示します。 ボーフォート海を含むA1領域では(3)(4)の誤差が小さいですが、 東シベリア海を含むA2領域では(1)(2)の方がより精度が高くなっています。 これは、図3の9月1日の図を見るとわかる通り、(3)(4)ではチュクチ海にはぐれ氷が残ることを予測しているためで、この年の特殊な事例であると考えられます。 また、A3からA5の領域では(4)の方法がよい予測結果を出しています。 全体としては(4)の方法が予測精度が一番良いことから、この方法を今年の第一報に使用しました。

図3:2022年の8月、9月の4種類の予測結果の比較。 水色線は「冬季から春季までの海氷の移動」と「春の海氷年齢」を考慮したもの、 橙線は「冬季から春季までの海氷の移動」、「春の海氷年齢」と「海氷の平均発散値」を考慮したもの、 緑線は「冬季から春季までの海氷の移動」、「春の海氷年齢」に移流する効果の考慮したもの、 黄色線は「冬季から春季までの海氷の移動」、「春の海氷年齢」と「海氷の平均発散値」に移流する効果の考慮したものである。 また実線は密接度20%位置を表している。
(a) 密接度15%以上の海氷域面積の差分をとった結果            (b) A1からA5の解析領域の内訳

図4:A1からA5の領域(b)での5種類の手法による観測値と予測値との差のグラフ(a)。 赤色は予測値-観測値が正の値、青色は負の値を示し、合計が小さいほど予測精度が高い。


予測された海氷分布の確からしさ

 上記の図3に示した予測結果の比較の中で手法による違いが大きい場所は、予測の誤差が生じやすい場所と考えることができます。
 図5は(4)の方法による第一報の結果に(2)と(3)の方法で予測した結果を重ね合わせたアニメーションです。 図中の白い部分が3通りのすべての方法で海氷が存在すると予測された場所です。 今回発表した第一報では、7月下旬ごろから8月下旬までの間、ボーフォート海の大陸側に海氷が解け残る予測となっていますが、その予測結果は方法によって異なります。 このため、この海域は実際の海氷分布が予測と異なる可能性が比較的高い場所であると言えます。 また、同海域で9月以降にはぐれ氷が残るという予測についても、予測方法によって結果がばらついています。 一方、ロシア側の東シベリア海については、すべての手法で結果が一致しており、予測の信頼性は高いと言えるでしょう。

図5:3パターンの予測値を重ねて投影したアニメーション。密接度20%以上の範囲を示し,透過していない白い部分が全てのパターンで海氷が存在すると予測された場所。


予測の利用例

 北極海氷情報室では今年の海洋地球研究船「みらい」による北極航海支援の一環で図6の様な、中期予報と予定航路を重ねた図を提供しています。予定航路と予測された海氷分布を比べることにより、安全に航行できるかおおまかに評価でき、航路の再検討の資料として利用することができます。

図6:2023「みらい」北極航海予定航路と第一報の9月10日の海氷密接度分布。黄色線が予定航路。