カナダ海盆係留系設置チーム② 観測便り

チームメンバー:吉澤枝里、島田浩二(以上東京海洋大)

ARAON航海記(2012.9.10)

8月1日(水) 21:47(アラスカ時間)
北緯65°42.000' 西経168°29.690'

アラスカ・ノームを出港し、夜にベーリング海峡にさしかかる。北極海洋観測にとってのゲートウェイ。神社の大鳥居のようなもの。実り多き観測研究となるよう、祈る。

手前の島が、米国、奥の島がロシア。かつて、人類はこの海峡を渡って新大陸に辿り着いた。

8月1日(水)22:06
北緯65°45.870' 西経168°29.470'

ベーリング海峡を過ぎ、ユーラシア大陸が見えてきた(右奥)。いよいよ、北極海の縁辺海の1つであるチャクチ海に入る。

8月2日(木)20:51
北緯70°5.500' 西経168°24.030'

本航海初の海氷。この日、北極海最南端の海氷であろう。海氷は汚れている。陸と接触した証。

8月3日(金)12:54
北緯72°39.560' 西経167°16.500'

海氷がひっくり返った様子。海氷の底面は蜂の巣状である。海氷と海水が接する面積は、大きい。海氷の底面は平らでない。海氷の厚さはどう表現したらよいのか、これは、大きな課題である。

8月3日(金) 13:07
北緯72°40.690' 西経167°15.710'

初めて、厚い氷に遭遇する。砕氷船アラオンは海氷にヒットして、船体は傾く。衛星画像を見てほしい(http://www.ijis.iarc.uaf.edu/cgi-bin/seaice-monitor.cgi?lang=j,
もしくは「海氷モニタ JAXA」で検索)。北米大陸から氷が連なっているのが見られる。太平洋側北極海の海氷は、もはや、夏を越せないものがほとんどになった。しかし、遅くまで残る、この緯度帯の帯状の氷。北極海航路の開通時期を決める重要なものになる。この氷は、グリーンランドの西、カナダ多島海沿岸の多年氷が積み重なったもの。多年氷とは、複数の夏を越した海氷で、夏を越すときに起こる融解により塩抜きされる。またほぼ淡水の融解水が再結氷し、固いブルーアイスになる。ブルーに見えるのは、(水以外をほとんど含まず)透き通っているから。新しい一年氷(※)は、(空気を含む)雪のように白い。JAXA-IARC(IJIS)のプロジェクトにて、この海氷の積み重なりによる成長と海氷バンドの形成についてAMSR-E、AMSR-2を用い調べている。
(※一年氷は直前の冬にできたもので薄く、塩を含んでいる。人工衛星で一年氷、多年氷を区別することができるが、これは、表面の塩分の違いによるところが大きい)。

8月9日(木)10:17
北緯77°52.400' 西経167°26.110'

XCTD(水温塩分深度)観測中。北上し海氷は薄い一年氷。海氷に細いエナメル線がヒットすれば、線は即座に切れてしまし、データは海から帰ってこない。慎重に氷を避けて観測を行う。観測しているのは、東京海洋大学博士課程1年、吉澤枝里。

8月11日(土)23:13
北緯79°44.770' 西経172°54.100'

氷上観測予定点に海氷は無し。さらに北上を続ける。一面氷ではあるが、この氷は薄い一年氷。一年氷でフラットだと、今の北極海、厚さは1mもない。降りて作業するのも危険である。さらに北上を続ける。

8月12日(日)16:07
北緯81°17.140' 東経 176°40.250'

北緯81度越え、本航海、初の本格的な晴天。氷はフラットで薄い一年氷。

8月12日(日) 16:10
北緯81°17.140' 東経 176°40.250'

一年氷は、砕氷した後できる路は綺麗な一本道。

8月12日(日)16:16
北緯81°17.140' 東経 176°40.250'

8月12日(日)16:18
北緯81°17.140' 東経 176°40.250'

前方には、氷のない海水面が多々ある。砕氷船アラオンの速度の落ちない。10ノット(約18km/h)で航行。まだまだ、氷上観測できる氷は先である。

8月13日(月)13:15
北緯82°11.850' 東経 170°58.520'

北緯82度を越えても、多年氷は見つからない。一年氷で観測サイトを設置。

この写真は、50mの深さまで、海氷の下の流速を測っているところ。エクマン層の螺旋階段状に分布する流れをとらえ、その変化に伴う海水の鉛直混合を調べる。

このエクマン層、19世紀末、ノルウェーのナンセンが気づき、学生のエクマンがその謎を数学的に解いた現象。これが、黒潮などの風によって駆動される海洋(水平)大循環を知るスタートになる。太平洋の循環は、北極海観測から分かったのは、何故だろう?

北極海では海の動きが海氷によって可視化されていたからだと思う。見えないものを見る、ヒントを与えてくれていたのが海氷。

8月13日(月)13:16
北緯82°11.850' 東経 170°58.520'

砕氷船アラオンの全景。

8月13日(月)15:55
北緯82°12.260' 東経 171°3.110'

海氷に穴をあけて、流速計を設置し、また、水温計19台・水温塩分計1台を海氷の下にぶら下げ、24時間自動モニタする。それに加えて、写真のように、24時間ぶっ続けで表面から50mまでの水温塩分連続プロファイル観測。2日で交替で24時間以上続けました。写真は吉澤枝里。

8月13日(月)15:59
北緯82°12.270' 東経 171°3.140'

離れて見た光景。

8月13日(月)16:20
北緯82°12.370' 東経 171°3.160'

砕氷船アラオン全景。船首側より。我が国の砕氷船が北極観測するようになるのは、いつのことだろうと思う。その日が、現役のうちに来ればと。

8月14日(火)16:30
北緯82°19' 東経 171°33'

2日続いた氷上観測後、全員で記念撮影。

8月14日(火)16:30
北緯82°19' 東経 171°33'

この5名が2012年韓国砕氷船北極航海の海洋物理チーム。5名中4名が昨年と同じメンバー。若いチームです(私を除いて)。

8月20日(月)15:58
北緯74°59.970' 東経 175°49.940'

2つめの係留系の設置開始です。デッキに投入順に測器を並べ繋いでおきます。昨日までの荒天で、本日実施。東シベリア海陸棚斜面上の係留系は、世界初。この海域はこれまで近代調査されたのは僅か数回。陸棚域から深海盆域までの横断観測は、2008年の「国際極年みらい」観測のみ。4年ぶりにこの海域に来ました。この海域では、海底付近の酸素が異常に低いことが2008年の航海で気になっていましたが、韓国の研究者がドレッジ(海底を曳き、生物などを採取観測)を行ったら、マンガンの塊がありました。その生成に微生物が酸素を用い、海水の環境を決めている世界でした。

8月20日(月)17:22
北緯74°59.520' 東経 175°51.680'

切り離し装置を投入し、いよいよ設置します。海面に流したフロートが直線状であることを確認し。アンカーを投入。

8月23日(木)17:05
北緯76°24.840' 西経178°15.410'

北緯76度を越えているのに、まるで春の太平洋のような光景。すがすがしい北極海です。

8月25日(土)12:16
北緯77°10.300' 西経172°28.810'

東に移動し、再び海氷に。海氷は細い帯状を呈しています。風が吹くと、海氷消滅期にはこのような紋様を呈します。うねりと波が作り出す紋様です。結氷期も同じような紋様ですが、帯と帯の間隔はもっと狭く、冷やされて沈み表面の水が集まるところに氷が集まり、水が湧き上がるところには氷はなかなか張りません。

8月25日(土) 17:34
日時は正確、正確な場所不明

やはり、韓国の船、BBQは週に一度はあります。

8月28日(火)11:56
北緯75°26.350' 西経172°37.930'

韓国砕氷船のミッションの1つである、海底堆積物採取。円筒のトップには2トンの重りです。これを海底堆積物に突き刺し、採取します。今回は、20本以上は採取したでしょう。海底にはかつての氷山が削った傷跡があり、削られていないところを探し、過去数十万年の環境復元を行います。

8月28日(火)12:08
北緯75°26.350' 西経172°37.930'

皆、どろどろになって懸命に観測します。韓国チームの若手は、よく働きます。

2012年9月1日撮影

1997年9月30日撮影 北緯75° 西経143°

9月1日(土)18:26
北緯75°39.000' 西経157°45.040'

航海も終盤、ほとんど氷がありません。15年前の1997年、北緯75度は、厚い多年氷のみで覆われた世界でした。この海域で行われた最後の越冬観測になりました。その時から日本のいわゆる北極海観測が本格的にスタートしました。1997年に測器を残置する定点観測(係留系観測)を行い、太平洋から北極海に流入する海水が1998年に始まる海氷激減ドミノ倒しの最初のドミノであったことが突き止められました。ここで、CTD(水温塩分)&採水&プランクトンネット観測です。

9月1日(土)18:28
北緯75°39.020' 西経157°45.080'

すると、一頭の白熊が現れました。白熊は船に近づこうとし、観測を開始できません。

9月1日(土) 18:41
北緯75°38.990' 西経157°45.010'

9月1日(土) 18:41
北緯75°38.990' 西経157°45.010'

ついに、船尾のすぐ下までやってきました。危険なので、旋回し白熊から離れます。しかし、フランダースの犬のパトラッシュのように泳いで船を追いかけてきました。船が起こす波を頭に被りながら。。。。

9月1日(土) 22:36
北緯75°39.220' 西経157°45.550'

それでも、白熊はついてきました。僅か数畳サイズの海氷の塊(多年氷)が流れてきて、白熊は、その海氷によじ登り、うつむいていました。絶望を感じさせる、光景でした。

9月2日(日)15:48
北緯74°46.590' 西経155°4.530'

9月2日(日)
北緯74°46.570' 西経155°5.100'

さらに南下したところで、厚い多年氷のバンドに遭遇しました。これが今年最後の海氷らしい海氷です。

9月2日(日)15:49
北緯74°46.570' 西経155°5.430'

多年氷のバンドの先端に、白熊がいました。この厚いバンドも9月は越せないでしょう。

9月3日(月)5:21
北緯74°39.871' 西経161°17.391'

本航海最後のXCTD観測終了時の光景です。北極海に日が沈む季節になりました。合計48点を観測を行いました。

9月5日(火)18:43
北緯73°18.800' 西経166°56.350'

8月上旬の北上時に遭遇した海氷バンドは粉々に痩せていました。多年氷なので、塩分を含まない氷です。塩分を含まない氷は0度で融解します。しかし、塩分を含むと、その結氷温度が下がるのと同じく、融解温度も下がります。北上時に蜂の巣状の底面であった塩分を含む新しいは全く見られません。一年氷は融けやすいというのは、単に薄いだけではなく、塩分を含むことが効いています。北緯77-80度付近での表面水温はマイナス0.5度で融解していました。海氷の種類によって、融けたり融けなかったり、単純な不思議の積み重ねが大事なのだと感じます。

また、8月の上旬は強い低気圧の襲来に見舞われました。気温がプラス数度になることはなく0度±1度の範囲でした。観測の前半は氷縁付近を航行していましたが、波とうねりによる海面の凹凸でバキバキと氷が割れ、小さくなり、側面からの融解が加速されていました。波に洗われる氷は腰がくびれた形状で水面から上は、キノコ氷です。

現実の北極海で海氷が消えゆくさまには様々な不思議があります。一度、見たら、引き込まれる魅力があります。研究室にいるよりも、これを考えよう、ここをこうしたら良いだろうとアイディアが浮かぶ場所です。

あと数日で、ベーリング海峡です。この海峡を南に越えるとき、約束もせずに「またな」と、ささやかに。

9月8日(土)20:53
ベーリング海峡にて