次世代の北極研究の人材育成を目指して
*こちらの記事はArCS II News Letter No.9(発行:2024年8月)に掲載されたものです。
ArCS IIでは、これまでの日本の北極域研究プロジェクト(GRENE北極、ArCS)で実施してきた人材育成を発展させて、重点課題①として若手研究者・学生個人の自発的な海外派遣に加えて研究グループとして持続的な海外ネットワーク・研究力強化を目的としたプログラムや若手研究者による研究計画公募などを新たに実施しています。さらに、第3回北極科学大臣会合(2021年5月)の共同声明を受けて、2022年度より国際若手研究者交流プログラムも新たに開始しました。これは、日本国内のみならず海外の若手研究者も参加して国内研究者との共同研究や海洋地球研究船「みらい」による観測などを通じて若手人材の育成や交流を積極的に支援するものです。
こうしたArCS IIの重点課題①の各プログラムによる貴重な現場経験や国際交流を有効に活用して、今後の北極研究を担う皆さんがそれぞれの分野で大いに活躍されることを願っています。
宮岡 宏(国立極地研究所)
ArCS IIサブプロジェクトディレクター、重点課題①責任者




グリーンランドの氷河フィヨルドでアザラシの生態を追う

櫻木 雄太
北海道大学 北方生物圏フィールド科学センター
アザラシは北極域海洋生態系の鍵となる種です。海に面した氷河が存在するグリーンランド北西部カナック村周辺には数多くのアザラシが生息しており、そこで暮らす人々にとって重要な資源にもなっています。本課題において私は、夏期のこの海域に生息するアザラシの分布特徴や食性を調べました。現地調査では、現地の方よりチャーターしたボートから双眼鏡をのぞいてアザラシを探しつつ、各地点で海水を採水して環境DNAから生息している魚種を調べ、村では狩猟されたアザラシの筋肉から食性を分析しました。その結果、3種類のアザラシを発見し、種によって分布する場所や食性の特徴が異なることが明らかになりました。本課題で得られた知見は、各種アザラシの生態の謎に迫るのみではなく、近年急速に進むグリーンランドの氷河や氷床の融解による海洋生態系への影響評価に大きく貢献すると期待されます。

北極海に生きる小さな生命

エヴァ・ロペス(ポルトガル)
ポルト大学 理学部 海洋・環境学際研究センター
私は博士課程の研究テーマとして、多様なプランクトン群集の分類学的・機能的つながりと、環境変動がその動態に与える影響を、生態学的に調べています。その研究データ取得のため、2023年の海洋地球研究船「みらい」北極航海に、公募により参加しました。航海では、海水や海底の堆積物サンプルを採取し、珪藻類を中心に水中と堆積物の微生物群集を比較しました。また、表層水と底層水を混ぜた培養実験を行い、時間とともにプランクトン群集がどのように変化するかを観察することで、急速に変化する北極での微生物間の相互作用の変化を調査しました。急激な環境変化の中で生きる北極のプランクトン群集の動態を理解することは、この重要な地域の将来を予測する上で非常に大事だと考えています。

極域超高層大気の変化を探る

リンディス・メレーテ・ビョランド(ノルウェー)
国立極地研究所 宙空圏研究グループ
地球規模の気候変動は、中層・超高層大気の冷却や収縮を引き起こすことが知られています。国際若手研究者交流プログラムを通じて、私はこのような中層・超高層大気の中・長期的な変化や、極域の超高層大気で生じるさまざまな物理現象への影響を研究しています。スカンジナビア北部とスバールバル諸島にある欧州非干渉散乱(EISCAT)レーダーから得られた中層・超高層大気の広範なデータセットを利用し、電離大気(イオン)が地球の磁力線に沿って磁気圏に流出する「イオン上昇流」の生成機構を調べています。さらに、このEISCATデータセットを用いて、超高層大気のプラズマ物理量の中・長期的な変化と、その変化がイオン上昇流の生成や特徴にどのような影響を与えるかを研究しています。
