大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

その他のご質問

オゾンホールが極地に集中するのはどうしてですか?

オゾンを破壊するには、超低温状態を作り出す必要があります。
冬の南極上空には、極渦と呼ばれる半径3000kmくらいの大きい渦ができ、その中は-80℃を下回るような超低温になります。そのため、オゾンホールは極域の上空に発生します。
ちなみに、冬の北極上空は南極よりも温度が高いため、あまりオゾン破壊が起こりません。

南極・北極科学館にあるオーロラ観測ロケットの使い方を教えてください

展示されているのは、S-160JA型オーロラ観測ロケットです。
オーロラの中に打ち込んで、オーロラの中に入っている電子やエネルギー数などをはかりました。
昭和基地では、1970年から1985年の間に、50基を超える観測ロケットが、オーロラや電離層、中層大気観測のために発射されました。
発射ボタンを押して1分後に点火し、その1分後にはオーロラの高さの100kmに到達します。
打ち上げてから7分ほどで落下してしまう上、ちょうど良いオーロラに当たらないと空振りになってしまうため、予測がとても大変でした。

南極で毎年絶対にやっている観測は何ですか。
毎年やっていなくても日本が力を入れている観測はなんですか。

南極昭和基地で行なっている様々な観測のうち、たとえば気象観測(気温、湿度、風向、風速など)は定常観測とよばれ、昭和基地が開設された60年前からずっと行なっている観測です。気象以外にも、電離層、潮汐、測地なども定常観測になります。定常観測は、同じデータを長期間取り続けることによって、変動の様子を捉えようとするものです。
今、日本が力を入れている観測のひとつが、昭和基地における大型大気レーダー(PANSYと呼ばれます)を使った、南極上空の大気の動きを調べる観測です。これによって、上空大気の気温や流れがわかり、地球環境にどのような影響が及んでいるのか、解明が続いています。
それ以外にも、毎年ではありませんが、大陸内陸での氷床ボーリング調査、地質調査、隕石探査、生物調査など、今後も力を入れていく観測は沢山あります。

観測隊員に年齢制限はありますか? 

制限はありませんが、観測隊員は年齢にかかわりなく厳しい身体検査をパスする必要があります。
過去の例ですと、20才前半から60才くらいの年齢幅があります。

南極は、6月7月は本当に真っ暗なんですか?

昭和基地では5月の終わりから7月中旬までは太陽を見ることはできません。
ただお昼頃は地平線近くは日の出前くらいの明るさにはなりますので、一日中真っ暗ということはありません。

極地の魅力を教えてください。

観測隊員経験者に聞いた「あなたにとって南極とは?」。
「雪・氷・ロマン」
「オーロラの特等席」
「広さと自由さの白い天地」
「生物の強さを教えてくれるところ」
「圧倒的な地球」 
「果てのない地平線」
「地球と宇宙の覗き窓」
人それぞれ魅力を感じることは違いますが、圧倒的な自然の中にいると自分を見直すことができます。

① しらせはなぜ自衛隊なのですか。
② しらせは北極には行かないのですか。
③ しらせはなんで前の部分から氷を出すのですか。
① 船の運航とヘリコプターの運用ができる人員を、継続して確保できる組織として、海上自衛隊となりました。
② しらせは自衛艦なので、外国に行くには法律が必要です。今は北極に行ける法律はありません。南極も、法律を改正して行けるようになりました。
③ 今のしらせの新設備です。しらせは氷に乗り上げて、氷を砕いて進みます。その際、氷の上に雪があると、クッションの様になって氷を割る効率が悪くなります。そのため、海水をポンプでくみ上げて放水し、雪を溶かしています。前の部分から出ているのは、氷ではなく海水です。

南極と北極の違いは何ですか?

南極と北極の大きな違いは、陸と海の割合にあるといえるでしょう。北半球全体の陸と海の面積比は2対3の割合にありますが、北緯70度以北では陸と海の面積比は1対3になります。また、北緯80度以北になるとその比は1対9となりほとんど海となります。それに対して南半球全体の陸と海の比は1対4で海の割合が大きい。南緯70度以南に関しては4対1と陸の占める割合が大きくなり、さらに、南緯80度以南になると陸地が100%を占め海洋はなくなります。 

南極点・北極点に立つと、人間の体に変化は起こりますか?

極点で人間の体に働く見えない力は、大きく分けて3つです。
①磁場 ②気圧 ③重力

①「磁場」については、実は磁極と極点は大きく離れているので、影響はありません。
②南極点は標高2,800m程度あるので、人によっては高山病になったり、息苦しさを感じる可能性があります。北極点は標高0m程度なので、気圧による影響はありません。
③地球上の物体には重力が働きます。重力は、万有引力と遠心力の合力です。遠心力は自転軸上では0になるため、極点も0に近い状態です。(地球の自転軸は、回転しながら移動しているので、極点とは一致せず、日々位置を変えます。)極点と、遠心力が一番大きく働いている赤道直下とでは、重力に0.5%の違いが生じます。

以上を考え合わせると、「極点に立って人間の体に起こる変化」は、赤道で体重50kgの人は250g重くなって50.250kgになる、ということです。これは、遠心力に加え、地球が扁平で万有引力が大きくなるためです。残念ながら、人間の体には大きな変化は感じられなさそうですね。

現在のしらせの次は、今とどう変わるのですか。変わる予定はありますか。

2009年~現在使用している観測船は、「しらせ(5003)」です。次の観測船はまだ決まっていません。
ちなみに、先代の「しらせ(5002)」は24年間、その前の「ふじ(5001)」は、18年間使用されました。

しらせで船酔いするとききましたが・・どのくらい大変なのですか?

客船などの揺れては困る船舶は、重心を低くするために船底が深くなっています。「しらせ」は氷海で閉じ込められても耐えられるように船底が言わば「お椀」のようになっているのでよく揺れるのです。
ピッチング(上下の傾き)、ヨーイング(左右の傾き)、ローリング(軸回りの動き)などの揺れが暴風圏では大きくなります。現「しらせ」にはこうした揺れを減容する装置などが装備されたことなどにより、以前よりは揺れが少ないようです。

南極にある世界各国の基地はいくつですか。
2016年度の越冬観測基地は、19ヶ国41基地です。
今まで日本人で南極に何人派遣されたのですか。
(2017年2月現在)第58次観測隊まで、夏隊+越冬隊+同行者=3376名(延べ数)。
この他に、観測船「宗谷」、「ふじ」、「しらせ(5002)」「しらせ(5003)」の乗組員が約9000名(延べ数)います。
JAREの意味は何ですか?
日本南極地域観測隊「Japanese Antarctic Research Expedition」の頭文字を取って「JARE」です。
どうしたら北極での仕事ができますか 7歳からのご質問
北極圏に領土を持つ国は、アメリカ・カナダ・デンマーク・アイスランド・ノルウェー・スウェーデン・フィンランド・ロシアの8ヶ国あります。仕事にもいろいろな種類がありますが、これらの国に留学して、仕事を探すというのも一つの手ですね。
北極の研究をするのであれば、理系の大学に進学し、研究者を目指しましょう。
しかし、子どものうちは健康な体と精神を育んで、南極・北極に限らず、何にでも興味を持ってください。
どうすれば極地研究所の研究者になれますか
まずは理系の大学を目指してください。大学を卒業したら、総合研究大学院大学極域学専攻に進学するのが一番の近道です。在学中に南極に行ける可能性もありますよ。詳しくは、ホームページをご覧ください。
http://www.nipr.ac.jp/soken/
南極に行くのに何日くらいかかりますか?
観測隊員は、オーストラリアまで飛行機で行き、オーストラリアから観測船「しらせ」に乗ります。
オーストラリアから昭和基地までは2週間くらいかかります。
船はいっぱいあるのか
日本の観測船「しらせ」は1隻だけです。
各国でそれぞれ観測船を持っています。
「しらせ」は毎年11月~翌年4月に、日本と南極の昭和基地の間を一往復しています。
ほっきょくにもきせつはあるのですか? 9歳からのご質問
ほっくきょくは一年中気温は低いですが、きせつはあります。夏は短いです。
そのみじかい期間に、花が咲き、生き物が元気に活動します。
きせつによってとくべつなのは、日の長さです。夏は日がとても長く、冬はとても短いです。
また、日本では、日の出・日の入りが毎日1回ずつありますが、ほっきょく点では、日の出は1年に1回、日の入りも1年に1回です。春分の日に日がのぼると、それから半年はしずみません。そして、秋分の日に日がしずむと、それから半年日がのぼりません。
ほっきょく点から少し南のところだと、日の出、日の入りは1年間に2日にふえます。
もう少し南だと3日に、さらに南だと4日に・・・とふえていきます。

研究所内の施設見学は可能ですか?

通常、見学していただけるのは南極・北極科学館と、総合研究棟1階のアトリウムです。
毎年1回、夏休みの始めの土曜日に一般公開「極地研探検」を実施しており、その日だけは、普段は入れない施設を見学することが出来ます。事前申込制のプログラムもありますので、ホームページでチェックして下さい。

ペンギンのイラストのSYOくんの名前の由来は?

胸にSYOと書いてあるペンギンのキャラクターは、コウテイペンギンのヒナで、名前をショータといいます。
南極の昭和基地(しょうわきち)の「しょう」が由来です。リボンをつけたアデリーペンギンの女の子のキャラクターもいて、ACO(アコ)ちゃんといいます。こちらは、アデリーペンギンの「ア」が名前の由来です。

国立極地研究所では、どのような研究をしているのですか?

国立極地研究所は、地球、環境、生命、宇宙などの研究分野と連携して、極地の科学の総合的な研究と極地観測を行っています。
研究の対象は、オーロラ、大気、雪や氷、生き物、岩石、海洋そして隕石などです。

極地での研究は、私たちの身近なところでは何につながっているのでしょうか?

私たちが暮らしている地球の環境はこれからどうなるのか?未来の環境を予測するためにはどうしたらいいのか?孤立している南極大陸には、人間活動の影響を受けにくいことから地球の環境の歴史がタイムカプセルのように残されています。例えば、南極氷床を3000m掘削し過去72万年間にわたる「氷床コア」を採取しました。過去を調べることでその結果を未来への予測に役立てます。人間活動の影響を受けにくい場所=言い換えれば、汚れが少ない場所。こうしたところでの観測が、オゾンが急激に減少する「オゾンホール」の発見につながりました。

南極観測隊に参加するにはどのような資格や試験をパスすればいいのですか?
どんな職種がありますか?どうやって募集していますか?

南極観測隊は、限られた人数での観測活動や基地の維持をしていかなくてはなりません。
観測隊員になるための試験はありませんが、全員に必要で最も大事なことは「健康な肉体と健康な精神の持ち主であること」です。
研究や観測を行う「観測部門」、基地の維持や生活を支える「設営部門」があり、一つの町を機能させるのとほぼ同様の職種が必要ですので、隊員には「その道のプロ」であることが求められます。資格と経験が必要な職種では、公募によるものもありますので、国立極地研究所ホームページで確認して下さい。

南極や北極では、他の国とどのように協力して観測や研究をしていますか?

南極には、南極地域の平和的利用や領土権の主張の凍結、科学観測の自由などを定めた南極条約があります。(日本は1959年に採択されたこの条約の原署名国(12カ国)の一つです。)また、日本の南極観測は全世界が協力しての「地球観測年」が発端です。このように、元々から南極観測は国際協力が根底にあります。日本の南極観測隊に外国からの研究者が同行しますし、日本の研究者も外国の観測隊に参加しています。第54次観測隊では、ベルギーの観測隊と共同で隕石探査を行い420個の隕石を収集しています。この他にも、2800km離れた双方の基地から雪上車で南極大陸氷床の厚さを測り会合点で合流、相互に観測データを交換しての共同観測や航空機、観測機材、航空拠点施設等を持ち寄っての共同観測など国際共同観測が盛んに行われています。
北極では、北極海を囲む国々により観測が行われていましたが、北極に大きな気候変動の動きがあることから、日本においても北極気候システム及びその全地球的な影響の総合的解析に、国立極地研究所が代表機関となって日本中の北極環境研究者が集結しています。
また、北緯79度にあるスバールバル諸島のニーオルスンには、ノルウェーが運営する国際観測拠点があって、日本を含む11カ国が観測施設を持ち、相互に協力して研究観測を行っています。トロムソ、キルナ、ソダンキラ、ロングイヤービンにある極域超高層大気の長期変動を観測するレーダーやアイスランドでのオーロラ共役点観測、日本を含む14カ国によるグリーンランドでの国際氷床掘削など国際共同観測が盛んに行われています。

この研究所で働くには、どうしたらいいんですか?

事務職の場合は、「関東甲信越地区 国立大学法人等職員採用試験」に合格することが第1段階で、これに合格した後に第2段階として極地研究所の公募に応募して、その試験を突破することが必要でしょう。研究教育職の場合は、研究グループ毎に必要に応じて、応募資格を明示したうえで公募されます。
公募の応募要項は、極地研ホームページに掲載されます。

その要項に沿って応募書類を整えて応募することが必要でしょう。また、研究所には、予め雇用期間を限定した短期雇用制度に基づく事務補佐員職という日々雇用という形態で勤務している人もいます。この短期雇用職員の募集は、必要に応じて不定期で極地研ホームページに雇用条件を明示して要項が掲載されます。

どうやって、南極・北極科学館にあるものを手にいれたんですか? 9歳からのご質問

南極関連の展示品は、実際に日本の南極地域観測隊が使用した観測機器を、大切に保管してきたものを展示しています。また、動植物や岩石、隕石等の資料は、研究用に供した後に、その一部を展示品として利用しています。大きな雪上車は、昭和基地に長い間デポ(後で回収するために置いておくこと)してあったものを、南極観測隊の業績のひとつの金字塔として、展示のために南極から「しらせ」に積んで日本に持ち帰りました。

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