砕氷船ルイサンローラン北西航路航海 海氷観測チーム

多島海を航行中〜ついに海氷が…!(2013.7.25〜27)

現在地:フランクリン海峡(北緯71度40分、西経96度24分)
チームメンバー:舘山一孝(北見工大)、中野佑哉(東京大学)

ちなみに、北極圏という言葉は、北緯66度33分より北の地域を指します。
…という一文を、前回の記事に書くつもりで忘れてしまいました。さて、そんな豆知識は置いておきまして、カナダ側・北西航路での砕氷船による観測の様子の続報です。通信環境の都合上、低画質とはなってしまいますが、画像とともにお伝えします。

なお、26日についての記事はチーム2名がそれぞれの視点で書いています。2倍読めてお得です(!?)。

7月25日(木)

氷山:かなり離れているが厚い氷の塊である。(7月25日)

船は15〜17ノットほどでランカスター海峡へと入っていく。この日はおおむね晴れて視界が良好だったため、左右の陸地も甲板から目視できるほどであった。また、氷山をいくつも見ることが出来た。ちなみに、「氷山」というのは陸上の氷が塊として海に流れ出たものであり、海水が凍結してできる「海氷」とは異なるものである。

我々は前日までに引き続きXCTD/UCTDによる海洋観測を手伝いつつ、合間の時間でEM(電磁誘導式氷厚計)の組み立てを船内で出来る範囲で行った。EMとは、海氷と海水の大きな電気伝導度の違いを利用して「海水」までの距離を測定すると同時に、レーザー距離計を用いて「海氷」の表面までの距離を測定することで、その差をとって海氷(+積雪)の厚さを計測することが出来る装置である。ルイサンローラン号による観測では、左舷側でクレーンを用いて船体から離して吊り下げて使用する。設置は氷海に入ってから行う。

なお、海洋観測はこの日の夜(26日午前1時の観測)をもって終了し、26日からはいよいよ本業(?)の海氷観測が始まる。

担当者:中野

7月26日(金)

25日の23時に中野君と交代して夜ワッチにつく。海氷域に入るので、海洋観測は1時までとのこと。いよいよだ。レゾリュート周辺の定着氷は先週ブレークアップしたばかり。船速を稼ぐために、この流出した定着氷を避け、南の開放水面まで大きく迂回する進路をとるようだ。

0時半からぽつぽつ二年氷の小氷盤が現れ始めた。海洋観測と平行して海氷目視観測を開始する。目視観測は1時間に1回、船の位置・速度、気象・海象、そして海氷の分布と種類、厚さ、状態などを記録する。これまで観測は紙ベースであったが、今年からiPadでデータの入力と写真撮影を行う方法を試みたところ、期待以上に観測が楽になった。
2時頃から次第に密接度が増えてきた。目視観測の合間に観測機器の時刻合わせや接続テストを済ませ、朝食後の設置に備える。朝7時を過ぎた頃から迂回路も途絶え、海氷の本体に突入する。氷は厚さ40cm程度の一年氷で、表面は融解水の水溜り「メルトポンド」が半分近くを占め、白と黒の見事な幾何学模様が広がっている。氷はもろく、船は8ノットで抵抗無くスムーズに進んで行く。

朝食後、中野君とともに電磁誘導式氷厚計を船のクレーンに取り付け、船外に張り出して氷の厚さの測定を開始した。取り付けを手伝ってくれた船員さんたちとは5年目の付き合いで、慣れた手つきでスムーズに作業をしてくれ、正味30分で設置作業を終えた。

昼食前にレゾリュートからカナダ沿岸警備隊で1番偉いコミッショナーのマークさん、沿岸警備隊の上部組織である水産海洋省のNo.2のジャニスさん、内閣府高官のマーガレットさんが乗船してきた。例年、関係機関の最高幹部クラスが視察のため乗船している。

昼食後、目視観測を継続しながらマイクロ波放射計という氷の温度や性質の違いを測定できる装置の設置を始めた。昨年まで設置していた場所に柵ができてしまったため、柵の隙間にこの装置を取り付けなくてはならず、これまでの取り付け治具では対応できない。乗船直後からこのことに気づき良い方法がないか考えた結果、やむなくロープで吊る方法をとった。2千万円もする高価な装置を海に落とさないよう、慎重に取り付け作業を行った。なんとかうまく取り付けられ、作業を終えたのは6時間後であった。目視観測と平行していたとはいえ、気温0℃、15ノット以上の強風下で長時間作業するのは堪えた。

全ての装置の取り付け具合、動作状況の点検を終えると20時になっていた。22時間労働の長い1日がやっと終わった… しかし2時間の仮眠ののちまた次の目視観測をしなくてはならない。

担当者:舘山

7月26日(金)

設置完了したEM:海氷面から4.5mの高さにクレーンで吊ってある。(7月26日)

朝起きたら、窓の外が氷海だった。船と氷がぶつかることによるガリガリとした振動を感じる。一晩寝たら様相が様変わりである。ついに海氷が見られたという思いはありつつ、(変な言い方だが)あまりにも当たり前のように海氷が存在しているので思ったほど実感がわかない。が、実感があろうとなかろうと本格的に観測作業が始まることに変わりはない。おのずと気が引き締まる。

午前中はEMの設置を行った。船員さんたちにも手伝ってもらっての大仕事である。吹きすさぶ北極圏の風と降り出す雨、当然のように低い気温によって体力を奪われつつ、なんとか設置完了した。舘山先生と船員さんたちの作業がとても手慣れていて、迅速に作業が進んだ。

午後はPMR(マイクロ波放射計)の設置作業。これは我々2名だけで行った。両手で持てる程度のサイズの直方体の計測器を3台、フレームを用いて左舷に固定し、海氷面を観測する。マイクロ波放射計というのは、地表面(今回の場合は海面・海氷面)から放射されているマイクロ波を計測する装置である。3台あるのはそれぞれ異なる周波数を利用するためで、その結果によって海面なのか海氷なのかといった表面の状態を知ることができる。これは、人工衛星を用いて海氷分布を知る時にも使われる計測方法である。

設置作業を行いつつ、前夜に海氷域に入ってからはブリッジおよびTop Deckからの氷況目視観測も開始している。目視観測をするのが初めてな筆者(中野)にとって、氷盤の厚さや大きさを見積もるのは難しい。何故かと言うと、長さの基準がないのである。船上から海面を見る場合、海面からの高さは低くても5m以上あり、ブリッジの屋上にあたるTop Deckでは20mほどの高さがある。それだけ離れたところから海氷が浮かぶ海を見ても、どこからどこが何mなのかは到底わからない。唯一参考に出来るのが船自体の長さ(120mほど)で、氷盤の大きさを見る際には役に立つ。氷の厚さは、船に砕かれた氷が側面を上に向けた時に見るのだが、慣れないと50cmだか1mだか2mだか全く分からない。最初は経験豊富な舘山先生に感覚を教わりつつのスタートになった。目視観測は海氷がある間は24時間態勢で行い、チームが2名なので1名ずつ12時間交代である。海洋観測と違って1時間おきなので結構忙しい。個人的には、自分の部屋とTop Deckの間の4階分の階段を1時間に1回のぼりおりするのが結構運動になるという発見をした。…どうでもいいことだが。

海氷は海上に分布しているので、広範囲の情報を連続的に得るには人工衛星データや数値計算による解析が必要になる。しかし、そうした取り組みの検証を行い、精度を高めるためには、現場での実際の観測が必要不可欠である。目で見る海氷は衛星データや数値計算結果からは想像できない多様さを持って広がっており、刻々と変化している。それを実際に感じることが出来たのはまだまだ海氷研究に携わり始めたばかりの筆者(中野)にはとてもよい経験であった。

…「あった」などと書いて思わずまとめみたいな内容になってしまったが、まだまだ海氷域に入ったばかりであり、氷中航行は続く。そしてこの記事も続く(今回やたら長い文章になっていてごめんなさい!)。

船はこの日にレゾリュートに到達し、ヘリでVIPをお迎えした。その後、少し戻ってプリンスリージェント海峡に入り、南下し始めた。

担当者:中野

7月27日(土)

氷中航行(Top Deckから前方を撮影):海の上に氷が点々と浮いているように見えるが、青っぽい部分はメルトポンドで、実は一面氷で埋め尽くされている。(7月27日)

前日から幾度かホッキョクグマを見ることが出来ているが、あまり近くには来てくれないのでいい写真が撮れずにいる。…別に熊の写真を撮るのが目的ではないからいいといえばいいのだが。

前日に設置して観測を開始したEMおよびPMRに設定不具合や接続不良が見つかったので、午前中まではその対処に当たった。船はBellot Straitというとても狭い海峡を西に航行していた。この海峡は北側にサマーセット島、南側にブーシア半島をのぞみ、その幅は1kmから2kmと狭く、中でも最も狭い地点は300mもない上に流れも速いという、船の航行にとっての難所である。ちなみにブーシア半島というのは北アメリカ大陸の最北端にあたる。カナダ多島海域はパッと地図を見ると島が多数あるという印象しか受けず、どこまでが大陸でどれが島だか分からないのは筆者だけではない…はず。

昼ごろには狭い海峡を抜けてフランクリン海峡に出た。ここから再び海氷域である。12時半頃から船は一旦停泊。これはVIPの予定に合わせたもので、それ以上の理由はない。15時半頃、船は再び動き出した。フランクリン海峡を南に向かう。しばらくは氷海が続くはずで、砕氷航行が続く…と思いきや、20時頃から再び停泊した。

目視観測にもだんだん慣れてきた。1時間違うだけで結構氷の様子は変わっていたりして、面白く思うと同時に航行の難しさを思う。見渡す限りの氷海の中、力強く進むルイサンローラン号。航海も残すところ4日ほど。フランクリン海峡からビクトリア海峡へ、そしてケンブリッジベイを経て下船予定地のクグルクツクへと向かう。

担当者:中野