砕氷船ルイサンローラン北西航路航海 海氷観測チーム

氷海を進む〜クグルクツク到着(2013.7.28〜8.1)

現在地:イエローナイフ(北緯67度50分、西経115度08分)
チームメンバー:舘山一孝(北見工大)、中野佑哉(東京大学)

氷中航行:よく晴れて視界も良好。(7月29日)

水は0℃で凍りますが、海水は-1.8℃で凍ります。塩水の方が凍る温度が低いのです。というわけで海水の場合は水温がマイナスということもありえます。…ということを知っていても日常生活では役に立ちませんが。さて、カナダ側・北西航路での砕氷船による観測の様子、3回目です。今回で最終回となります。

7月28日(日)〜7月29日(月)

前夜から停泊していた船が動き出したのは28日6時頃から。そしてこの日もまた20時から翌朝まで停泊していた。日程に余裕があるからかのんびりとした航海だ。…止まっているのは氷のまっただ中なのでのんびりというのも変だが。

28日の昼食はVIPの方々と会食であった。スーツに着替えて身だしなみを整え、緊張しつつの食事となった。観測で船に乗って食事で緊張することになるとは思わなかった。

この2日間は氷中航行が続き、海氷の目視観測、およびEMとPMRの観測も継続して行った。27日までは曇ってばかりだったのだが、この2日はよく晴れて視界も良好、Top Deckからの眺めもとても良いものだった。船はフランクリン海峡からビクトリア海峡にかけて航行しており、密接度(海面全体を10とした時に海氷のしめる面積の割合)は8から10くらいの海域が続いた。広大な氷盤に船が乗りかかると海氷にひびが入り、進むにつれて割れて押しのけられていく。まさに道を切り開いて進んでいくという感じである。

ホッキョクグマその1:余裕の表情(?)でこちらを見ている。(7月29日)

ホッキョクグマその2:ゴロンと寝転がった様子。(7月29日)

29日には、メルトポンド(海氷表面にできる融解水の水たまり)の表面がうっすらと凍って、ガラスのような透明な氷に覆われていた。船が通るにつれてパリパリと軽い音を立てて割れていく。日の光を浴びるとキラキラと輝いてとても綺麗であった。

ホッキョクグマも、29日にはある程度近い距離で見ることが出来た。船ではホッキョクグマが近くにいると船内アナウンスが流れて、場合によっては減速する。すると船員さんたちもぞろぞろと甲板に出てきて皆で写真や動画を撮りまくるのである。29日にはちょうど夕食時にアナウンスが流れたものだから、食事を置いて食堂から出て行く人が続出した。…もちろん我々もその中に入っている。この時は船の進行方向にクマが出現したため、船はいったん停止した。そしてたくさんの人の目とカメラのレンズに見守られる中、ホッキョクグマは悠々と船の前を横断。しばしこちらの様子をうかがった(ように見えた)あと、再度横切って離れて行った。近づいてきてくれなかったのは残念だったが、あのまま長時間船の近くにホッキョクグマがいたら食堂の人に怒られた可能性があるので、そういう意味ではよかったのかもしれない。

7月29日(月)

船はビクトリア海峡を航行中。見渡す限り一年氷の氷野が広がっており、ところどころに風や海流によって海氷同士がぶつかってできたリッジや水面が開いたリードが見られる。これまで海氷があるところでは気温は0.0℃から+2.7℃であったが、高気圧に覆われ今朝は-1.5℃まで冷えた。海氷表面の積雪が融解して形成されたメルトポンドの成分はほとんど真水であり、氷点下で容易に結氷する。目視観測を行っているとザァーといういつもの砕氷音に加えて、微かにピキピキピキとガラス破片が割れるような音がする。よく見るとメルトポンドの表面は厚さ5mm程度の再凍結氷に覆われており、砕氷で起きる波によって凍りは次々と細かく割れていく。また、氷の破片が再凍結面を勢い良くツゥーと滑っていく。微妙な温度の変化で昨日までの景色と環境音が変わった。

ホッキョクグマその3:望遠レンズ越しにとらえた熊の姿とエサに近づくカモメたち(7月29日)

ビクトリア海峡は動物が多く、アザラシや北極熊、鳥や魚が見られた。魚は砕氷時に起きる波と一緒に15cm程度の魚がピチピチと跳ねながら氷の上を滑っていく。アークティックチャーという種類らしい。北極熊は朝からあちこちで見られ、最大で同時に4頭が視界に現れた。時折熊の食事の跡らしき生々しい血痕が見られた。食べ残しのおこぼれをカモメが食べている。この海域ではお腹のあたりが膨らんでいるふくよかな熊が多い。このように熊の密度が高いと縄張り争いも起こりやすいのだろうな・・・と思っていたら、ブリッジの中で「熊が熊を食べてる!」という声があがった。バードウォッチャーのサラだ。彼女はいつも最初に熊を見つける。私も560mmの望遠レンズをつけたカメラのファイダー越しにそれらしき熊を捉えることができたが、食べているかどうかまでわからない。シャッターを切って撮影した写真を拡大すると、確かに横たわった熊のお腹のあたりが赤く、そこに顔を近づける熊の様子が写っていた。熊同士が縄張り争いで喧嘩をするのは聞いたことがあるが、共食いをするのは聞いたことがなかった。安全な船の上から眺める熊はかわいらしく見えるが、実際は手を伸ばすと3m以上もある地上最大級の肉食獣であり、賢い狩猟者でもある。熊は周りの氷と同じ白い毛で覆われているが、自分の鼻の色が黒いことを自覚しているらしく、アザラシを狩るときは手で鼻を隠しながら風下からアザラシに近づくらしい。改めて北極海は厳しい自然であることを実感し、気が引き締まる出来事であった。

7月30日(火)〜7月31日(水)

氷中航行(Top Deckから後方を撮影):船の通った跡が道のように残っている。時刻は午前0時過ぎ。月も出ており、美しい風景であった。(7月30日)

30日の午前3時頃をもって船は海氷域を抜けた。ラブラドール海と違って波はとても穏やかで、船は滑るように進んで行く。前日までとは一転、曇り空で霧もかかっていた。

目視観測のシフトも終了し、30日はEMの撤収作業を行った。小雨の降る中、船員さんたちの助けを借りて船上に戻し、一段階だけ分解して船内に収容した。海面から4.5mに吊ってあったとはいえ飛沫がけっこうかかるのでケース内への浸水が心配されたが、水はほとんど入っておらず、状態は良好であった。外側の水分を拭き取って金属に錆び止めを施し、保管場所に移した。この後カナダ海盆区間に引き継ぎ、また同様の計測が行われる予定である。PMRも引き続き観測が行われるので、これは31日にケーブルの整理等の作業を行ったのみである。31日はもっぱらデータの整理とカナダ海盆区間への引き継ぎ準備にあてられた。

船は30日10時にケンブリッジベイに到着し、16時まで停泊していた。その後、航行を再開し、31日の16時頃にクグルクツクに到着、投錨した。クグルクツクには港はなく、船がつけられるような岸壁もないため、沖合に停泊して、人も物資もヘリによる輸送を行う。船員さんたちも全員ここで交代する。

8月1日(木)

スーツケースを6時半までにヘリの格納庫に持ってこいとのお達しを前日に受けて、5時半起き。荷物を片付けて部屋を片付けて、7時半の朝食時には空腹もピークに達していた。朝食後少し待機したのち、ヘリでクグルクツクに降り立った。筆者(中野)はヘリに乗るのは人生初、なかなか新鮮な体験だった。クグルクツクに着いてからは飛行機の時間まで周囲を散策したりしたが、それを書いていると何の観測だよりだか分からなくなるのでやめておく(決して書くのが大変だからではない)。

今回、筆者にとっての初めての野外観測が外国、しかも北極海とあって、行く前は期待半分、不安4割(残り1割は暑い日本から逃げられる嬉しさ)といった感じだったが、観測経験豊富な舘山先生に助けていただき、Janeさんら同乗のscienceチームにもお世話になり、気さくな船員さんたちに囲まれ、怪我することもなく楽しんで航海を終えることが出来た。ありきたりな言い方だが、この経験を糧にして今後研究に取り組んでいきたいと思う。

今回、サポートしてくださったGRENE北極気候変動研究事業事務局並びに関係者の皆さま、貴重な乗船機会を与えてくださった山口先生、出張期間中を通してあらゆることでお世話になった舘山先生をはじめ、支えてくださった全ての方々に御礼を申し上げつつ、北西航路からの観測だよりを終えたいと思う。ありがとうございました。

…と、いい感じに締めようと思っていたのに、最後の最後でアクシデントである。カナダ海盆区間チームを乗せて到着し、我々をクグルクツクから連れ出してくれる予定の飛行機が時間を過ぎても到着しない。悪天候のためフライトが遅れているとのことである。予定ではクグルクツク→ケンブリッジベイ→イエローナイフ→エドモントンと乗り継いでエドモントンで一泊し、翌日カルガリーを経由して成田に到着の予定だったのだが、フライト遅延によりイエローナイフで宿泊せざるをえなくなった。航空機は振り替えて成田の到着は予定通りになる…はずである。最後まで何が起こるか分からないのが観測。家に帰るまでが観測。そんなことを考えつつ、イエローナイフのホテルからこの原稿を送る。
(家に帰るまで観測は終わってないようなことを書きましたが観測だよりはこれで終わりです。)

今回の航海の、カナダ多島海域における軌跡:船のGPSデータから作成。