ArCS 北極域研究推進プロジェクト

ArCS通信

2017年北極圏大学(UArctic)学長フォーラム報告

自然環境を人間との関係から切り離して対象化する「科学(Science)」と、人間が自然環境と密接な係わりを持ち、それに巻き込まれる存在であることを前提とする「Indigenous knowledgeやTraditional Ecological Knowledgeを含む在来知(以下、在来知)」とは、いかにして共存し、協働することができるのだろうか。

上記の問いは、直接的・間接的にかかわらず、近年の北極研究の領域で、頻繁に耳にするようになりました。そもそも、科学と在来知とを二項対立的に捉える思考は、人間と環境の関係をどのように解釈するか、ということと係わります。一方の科学は、人間と環境の関係を二元論的に捉え、還元主義的、客観的、分析的且つ機械論的に理解しようとするのに対して、在来知はそれを一元論的に捉え、全体論的、直感的、経験的且つ精神論的に理解しようとします。もっとも、この対照性は、先行するいくつかの研究で指摘されてきたように、それらが語られ、流通される際に創出された差異に過ぎません。科学に直感を排除する機能が備わっているわけではないし、在来知に分析を拒む意図があるわけでもないからです。ただ、こうした整理は、科学と在来知とを、分析可能な概念として操作化することに貢献する可能性を有しています。

2017年8月23日~25日にかけて、英国スコットランド・アバディーン大学キングス・カレッジにて、「The Inhabited Arctic: Lands, Peoples and Scholarship in the Circumpolar North」と題する北極圏大学・学長フォーラム(UArctic Rectors’ Forum)が開催されました。北極圏大学(University of the Arctic)は、北極圏の持続的な発展を目的とする教育研究機関ネットワークで、北海道大学は日本で唯一のメンバー校となっています。今回の学長フォーラムでは、基調講演やビジネスミーティング、学生ミーティングと同時に、下記3つのパネルが立てられ、情報共有・交換が行われました。 

  • Panel 1: How can disciplines in the natural sciences and in the social sciences and humanities work together to advance our understanding of the circumpolar North?
  • Panel 2: How can research best assist inhabitants of the North in responding to the challenges of global environmental change?
  • Panel 3: How can the knowledge and wisdom of northern peoples help to shape the agendas for future circumpolar research?

私は、パネルの全ての議論を聴講し、うちパネル3にはパネリストとして参加する機会を得て、北極圏大学メンバー機関の代表者(学長、副学長、役員等)が、北極研究に対してどのようなパースペクティブを持っているのかを直接知る濃密な時間を過ごすことができました。冒頭の問いは、3つのパネルに共通する、あるいは起点となる問題意識として、パネルの議論を規定するものでした。そこから導き出されるエッセンスは、学問が、法則的科学の追及としてのみ存立しているのではなく、人間が織り成す「非法則的」な行動を「納得の方法」に読み替えていくことをも目的としている、というナイーブだけれど、基本的な姿勢であったように思います。

科学と在来知とを結び付ける取り組みは、例えば、先行プロジェクトの一つである、The Meaning of Ice, Siku-Inuit-Hila (Sea Ice-People-Weather) Project 2007-2009に具現化されています。本プロジェクトでは、グリーンランド(Qaanaaq)、アラスカ(Barrow=Utqiagvik)、ヌナヴト(Clyde River=Kanngiqtugaapik)を跨いで、ハンター、古老、研究者の相互派遣を行いながら、海氷の増減・流動について調査がなされました。そこでは、人文社会科学者、自然科学者だけでなく、地元民が計画段階からプロジェクトに係わると同時に、一般的なプロジェクトで実施される<外部→地元民>のインタビューだけでなく、<地元民→地元民>の形でインタビューが実践されました。本プロジェクトは、在来知により力点が置かれており、地元の言葉を理解して、地元民とコミュニケーションをとり、地元民が何を考え、何を語ろうとしているのかについて代弁する科学者、つまり地元での語りを「無毒化して包摂する」仲介者としての科学者の記述が散見されるなど、いくつか留意すべき点はありますが、プロジェクトの根底には、科学(研究)が有する還元主義(scientific reductionism)への批判があり、在来知に関心がないか、関心があるふりをしている科学者への異議申し立てというメッセージが埋め込まれていたように思います。こうした取り組みは、決して新規性のあるものではありませんが、かといって「古さ」を理由に捨象してよいものでもなく、常にどこかで意識しておかなければいけない、研究に対する姿勢なのだろうということを、私はフォーラムでの時間を通して考えていました。

今回のフォーラムに参加するにあたって、研究対象地域の歴史的身体をいかに学び、空間的方位を見定めながら、北極を対象とする科学研究を遂行していくためにはどうあれば良いのか、色々考えたものの、明確な解は何も出てきませんでした。準備段階からフォーラムへの参加に至るまで、私が常に気にしていたのは、「事実」をめぐる現在地をどう理解するかということであって、何が知られていて、何が知られていないのかについて、法則的科学の追及によって明らかになったことのみに正当性を与えることはできないだろうという程度のことです。例えば、実証主義歴史学に対する批判を含む「戦略的」な態度として、生前の保苅実が、歴史学者としての立場から、「(ジミーが)魚が空を飛んだといえば、本当に魚は空を飛んだと信じられる」と言ってのけたように、科学では到底処理しきれない(と考えられている)経験とどう向き合うか、私(たち)は、研究プロジェクト全体を見渡しながら、無毒化して包摂しないバランス感覚を共有しつつ、地元の語りに対して、もう少し真摯になってみる必要があるのかもしれません。昨今、世界の北極研究において、自然科学と人文社会科学、さらには地元との協働が求められている背景の一つは、この辺りにあるような気がしています。

高橋美野梨(北海道大学・テーマ7実施担当者)

パネルディスカッション


アバディーン大学キングス・カレッジ