アラスカの最北端に位置するUtqiaġvik(以前はBarrowと呼ばれていた)西岸沖のチャクチ海で2017年8月初旬から中旬に係留観測が行われました。この観測は北海道大学とアラスカ大学との共同で、現地機関の支援も受け、2009年から継続して実施されています。
係留点を含むアラスカ沿岸沖の海域は冬季に海氷に覆われる海域であるとともに、沿岸ポリニヤの形成域です。沿岸ポリニヤは比較的厚い海氷域内に現れる広大な開放水面域または薄氷域で、風が海氷を沖へ運ぶことで形成されます。海の蓋となる厚い海氷がないポリニヤでは、海が大気と直に接するため、良く冷やされて海氷が大量に生産されます。また、海水が凍る際には海水中の塩分が氷から排出されるので、ポリニヤでは重い水が作られます。この水塊は海の深い場所を移動し、熱や物質を運びます。さらに、近年の研究から、沿岸ポリニヤでは、海氷による海底堆積物由来の物質の取り込みが生じる可能性が指摘されています。これらの物質は海氷によって運ばれ、氷が融けると海に放出されるので、ポリニヤは極域海洋の物質循環を駆動しているとも言えます。ただし、これらの現象を海氷域で実際に観測することは難しく、現状では、まだまだ我々の理解が追いついていません。また、チュクチ海は近年夏の海氷減少が著しく進んでいる海域です。この様な海域において、我々は長期間に渡り係留観測を継続してきました。
Utqiaġvik沖での係留系の設置と回収は小さな船を使って、人力で行います。今回の観測では、ふたつの係留系の回収に成功し、新たに三つの係留系を設置しました。これらの係留観測では、海の水温と塩分、流速、濁度に加え、音波を用いた高時間分解能での海氷厚の測定も行っています。したがって、この海域では、冬季の海氷期を含む長期間に渡る海洋と海氷のデータの取得に成功しています。今年の観測では船上から海底堆積物の採取も行いました。これらのデータを解析することで、例えば、係留点付近には、どのような水塊が、いつ、どこから来るのか、海がいつ頃から凍り始めるのか、氷はどのくらいの速さで成長し、どこまで厚くなるのか、などが明らかになります。さらに、人工衛星などによる大きな空間スケールの面的な観測結果を、係留観測の結果と組み合わせて解析すれば、海洋の変化が海氷に与える影響、逆に海氷の変化が海に与える影響、それらの相互作用の理解や将来北極で起こり得る変化の予測にもつながります。
伊藤 優人(日本学術振興会/北海道大学)