ArCS 北極域研究推進プロジェクト

ArCS通信

台風進路予測 ~北極観測の役割~

この度の台風21号により、被害に遭われた皆さまに心よりお見舞い申し上げます。

2018年9月4日、台風21号が「非常に強い」勢力を保ったまま、四国地方に上陸しました。この勢力で上陸したのは25年ぶりだそうです。四国・中国・近畿地方など各地に甚大な被害をもたらしたこの台風は、北日本をかすめながら日本海を北上します。北日本は台風に遭遇するのは非常に稀なため、風水害の備えという観点から言うと手薄かもしれません。正確な台風の進路予想は日本全国どこにいても重要です。

先月(2018年8月)、国土交通省交通政策審議会の気象分科会は、気象庁が2030年に向けて取り組むべき重点課題として、「台風の3日先の進路予測誤差を100km程度に」という提言を発表しました。現在の3日予報の精度が250km程度であることを考えるととても高い目標設定だと思われます。しかしながら数値モデルの開発と並行して、初期場に利用される観測データの高度化が進めば、目標にさらに近づけるのではないでしょうか? 

東北・北海道に大きな被害を与えた台風として2016年8月の台風10号があげられます。この台風は日本域で迷走した台風としても有名ですが、北極域という観点からみても新しい発見があります。この台風10号の期間には、当時北極域で特別に高層気象観測が実施されていました。もしこの観測データが数値予報の初期場に反映されていれば、4日後の台風の位置が100km程度改善できていた可能性を示す研究が最近発表されました(国立極地研究所プレスリリース参照)。 

2018年夏(6月〜8月)に発生した台風は18個で、1951年の統計開始以降では1994年と並んで1位タイと報告されています(9月3日気象庁発表)。実は北極域ではこの夏、2018年7月1日から9月30日までの3ヶ月間は、世界気象機関の極域予測プロジェクトの一環で、北極域にて高層気象観測が合計3000個程度増やされ、日々の数値予報に活用されています(図)。つまり、2016年8月の台風10号の時のように、「もし観測が使われていたら」という状況ではなく、実際に観測を強化し天気予報に活用してもらうという実験的社会実装を行なっています。みなさんの知らないところで北極域の観測が日々の生活に役立っているのかもしれないのです。

猪上淳/国立極地研究所(テーマ1実施責任者)

図:ヨーロッパ中期予報センターによる数値予報で使用されていた2018年9月2日6時(世界時)の高層気象観測点。6時は通常は観測を行わない時間帯だが、北極海、北欧、欧州、北米を中心に観測が強化されている。https://www.ecmwf.int/en/forecasts/charts/monitoring/dcover?facets=undefined&time=2018090206,0,2018090206&obs=Temp&Flag=used