ArCS 北極域研究推進プロジェクト

ArCS通信

平成30年度若手研究者海外派遣報告: バイロット島、ポンドインレットにおけるグースの分布変化が生態系に及ぼす影響評価

私は本派遣で2018年7から8月にかけてカナダのヌナブト準州に位置するバイロット島、ポンドインレットを訪問してきました。バイロット島は人間の侵入、行動が厳しく制限された国立公園(Sirmilik National Park)で、入島には事前に多数の手続きを踏む必要があります。交通手段はヘリコプターか徒歩のみであり、ほとんど手つかずの自然が保護されています。ポンドインレットはバフィン島北部に位置する村で、イヌイットの居住区になっています。バイロット島研究の拠点として、夏季は研究者が多く訪れる村でもあります。

私は今回の滞在で、北極圏における主要な一次消費者である“グース”が生態系に及ぼす影響を評価することを目的に研究を行ってきました。グースはその活発な採食活動により、北極域の生態系において非常に大きな影響力を持っています。近年グースは人間活動のあおりを受け、地域によって非常に極端な増減を見せており、その存在による生態系の変化が注視されております。今回対象地に選んだバイロット島はバードサンクチュアリに指定されている(~1965)鳥類の宝庫で、世界でも有数のグースの営巣地となっています。研究対象としても非常に魅力的で、カナダの北極域研究センター(CEN)などによりグース排除柵の設置など様々な研究が行われてきました。対照的に、ポンドインレット周辺は1960年以降、イヌイットの定住が進み、村が急速に近代化してきています。これに伴った騒音(航空機や自動車など)や、狩猟の効率化(ライフルや自動車の利用)が原因となり、グースの飛来が極端に減少しています(Gagnon and Berteaux, 2009, Ecol.Soc.)。そこで、本研究では、グースが長く高密度状態であるバイロット島(グースが飛来する湿地)と、長く低密度状態であるポンドインレット(過去グースが飛来していた湿地)において、植物を中心とした生態系の変化を調査しました。概観としては、バイロット島の湿地は見渡す限りグースに採食されており、植物の背丈も低く、花もほとんど見られませんでした。一方、ポンドインレット周辺では、非常にたくさんの花が咲いており、いい比較結果が期待できるのではと考えております。

研究以外では、英語による日常会話や現代のイヌイットの生活の体験(写真2)、夏の北極域の雄大な風景など、生活面においても非常に有意義な経験になりました。今回の研究を支えて下さったすべての皆様およびArCS若手研究者海外派遣支援事業の援助に深く感謝いたします。

西澤 啓太(横浜国立大学)


(写真1)バイロット島のグース排除柵実験地


(写真2)ポンドインレットにて、船で調査地へと送迎してくれる現地のアザラシ猟師