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北極関連トピックス解説

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継続と挑戦─2022年度「みらい」北極航海

*こちらの記事はArCS II News Letter No.6 (発行:2023年2月)に掲載されたものです。

海洋地球研究船「みらい」(海洋研究開発機構)は、ArCS IIの活動として2022年夏も北極航海を実施しました。首席研究者・伊東 素代氏(海洋研究開発機構)に、49日間の航海を見守ってきた視点から、2022年度の北極航海や研究船「みらい」の魅力について語っていただきました。首席研究者は、限られた航海日数の中でみんなの希望をかなえ、「みらい」のパフォーマンスを最大限に発揮するために奔走する存在だと言います。(聞き手:ArCS II事務局) Itoh
伊東 素代氏
北極海を彩るオーロラと満月(写真:石原 南未/北海道大学。2022年9月9日、北極海アラスカ沖にて)
この日、「みらい」から西の空を見ると、北極海に沈む満月とオーロラが並ぶ天体ショーが繰り広げられていた。
2022年度「みらい」北極航海の航路

──「みらい」航海の意義とは、なんでしょうか。

「みらい」が調査する太平洋側北極海は、地球温暖化の影響が非常に大きい海域です。北極海の変化は急激に進んでいるため、継続して観測を行い、環境変化とその影響を調べることは非常に重要です。「みらい」はコロナ禍においても観測を継続し、20年以上にわたってデータを収集しています。それに加えて、航海ごとに重点を置くテーマや海域を決めて、特色ある観測もしています。

──2022年度の北極航海での注目すべき観測を紹介してください。

まずは、20年ぶりにカナダ側北極海での観測を行ったことです。マッケンジー川河口域では、気温が11℃を超える暖かい日もありました。北極航海でここまで暖かかったのは私も初めての経験で、この20年間でかなり環境が変わったと感じました。マッケンジー川から流れ込んだ水温が10℃近くある暖かな河川水は、河口から200km以上沖合まで広がり、海氷を融かしていました。これは、これまでの「みらい」航海で主に観測してきたアメリカ側北極海とはかなり違う海洋環境です。ArCS IIの研究者によるシミュレーションで、河川水が北極海の海氷減少や気温上昇に重要だと分かってきています(Park, Watanabe et al., 2020, Science Advances)。カナダ側の河川水の海氷融解への影響も注目すべき研究テーマになると思います。

採泥器を用いた海底堆積物サンプルの採集(写真:小野寺 丈尚太郎/海洋研究開発機構)

本航海はHAPPI Cruise(完新世北極海調査航海)として、採泥器を用いた大規模な海底堆積物サンプルの採集も行いました。今後の解析で、人為起源の二酸化炭素の影響を受ける以前も含めた過去2,000年間の海氷分布、海洋環境や生態系の変化などを復元することを目指しています。

また、昨年度に引き続き、開発中の極域用海中観測ドローンCOMAIの運用試験も行いました。今年度は海氷域の航行試験を実施し、海氷下の映像撮影や水温や塩分などの観測データの取得にも成功しました。磁方位の高精度測定が難しい極域での「自律」潜航にも挑戦しているので、COMAIが実用化されれば、データ収集が非常に困難な海氷直下の環境調査など、新たな可能性が広がります。

──夏の北極海には各国から観測船が集まってくると聞きますが、北極海での観測で国際的な連携などはあるのでしょうか。

もちろんあります。日本は太平洋北極グループ(PAG)のもとで、アメリカ、カナダ、韓国などと共同観測を行っています。さらに2020~22年は、ヨーロッパ側も含めた北極海全域での北極海同時広域観測(SAS)計画にも参加しています。広い北極海、しかも観測船で行ける時期は夏と秋のみで、日本単独でできることは限られているので、世界各国と協力してデータを集めています。

今回の航海では、同時期に観測していたアメリカの観測船の首席研究者とリアルタイムの情報交換を行い、観測場所や時期が重ならないようにも調整しました。北極海は国際協力が盛んなところなんです。

今回は、コロナ禍において初めて海外の研究者が乗船しました。船上では、普段は交流が少ない研究分野や、国籍や年代などが異なる研究者とも話をする機会が多く、そこから共同研究につながることもあります。

──今回の航海で苦労した点があれば教えてください。

航海中は海氷や天気の予報を見ながら、荒天待機や海氷の回避で時間のロスが出ないように、毎日のように観測計画を練り直していました。原油高で航海が1週間短くなり、観測日数もギリギリでしたが、経験豊富なアイスパイロットのD. Snider氏や井上船長のおかげで、振り返ってみると、ほぼベストな観測ができたと思います。

──これまで多くの成果を上げてきた「みらい」ですが、どのような点が優れていると思いますか。

観測機器や実験室などのさまざまな設備が整っていて、幅広い観測ができる点です。また、「みらい」は他国の観測船と比べても最大級の大きさなので、悪天候にも強く、少々海況が悪くても観測を続けられます。ただ、最も優れているのはハード面ではなく、「みらい」航海を支えるスタッフのスキルの高さだと思います。船長をはじめとする乗組員やアイスパイロット、サンプル分析などを行う観測技術員の知識と技術なしには、観測航海はできません。また、陸上からも航行支援や情報発信のサポートがありました。たくさんの方々の支えがあったからこそ、航海を成功裏に終えることができました。非常に感謝しています。

──今後、この航海の成果はどのような研究へ発展していくのでしょうか。

本航海ではマッケンジー川河口域での観測を行うことができたので、河川水の影響を明らかにする研究がさらに進むと思います。また、20年ぶりのカナダ海域も含めて、いくつか継続的に観測している地点があるので、過去の海洋物理・化学データとの比較で、「みらい」北極航海がスタートした1998年から現在までの海洋環境の変化を明らかにする研究に発展していくことを期待しています。

2022年度「みらい」北極航海乗船員(写真:木名瀬 健/海洋研究開発機構)