ArCS 北極域研究推進プロジェクト

ArCS通信

地球最北端の湖沼調査(北緯83度のカナダ高緯度北極・ワードハント島)

日本を2016年7月6日に出発し、ケベックシティーに到着した私はLaval大学にあるCEN(Center for Northern Studies)に向かいました。2013年12月〜2014年3月にかけて訪問研究者としてCENに滞在した縁で、CENがカナダ東部の北緯55度〜83度にかけて広範囲に保有する基地を利用したカナダとの共同観測ができることになりました。その中でも最北に位置するWard Hunt島の基地が今回の調査地です(図1)。調査チームはカナダから4名、日本から私と立命館大学の熊谷道夫さんの2名の合計6名で構成されています。

3日間かけてCENで最終打合せ、食糧買い出し、調査物資のリパッキング作業をし、7月10日の朝に調査物資を積み込んだ車でオタワに向かいました。11日朝にオタワ空港を出発してIqaluit、IqaluitからArctic Bayで給油ストップしたのちにPCSP(Polar Continental Shelf Project)のベースがあるResolute Bayに到着。12日の19時半、ツインオッター機でResolute BayからEurekaで給油ストップして、深夜0時過ぎにWard Hunt島に到着しました。オタワからResolute Bayまで約3000km、さらにResolute BayからWard Hunt島は約1000kmも離れています。Ward Hunt島は地球の陸地の最北端に位置し、調査チームリーダーでありCENのScience DirectorであるWarwick曰く「Top of the world」と表現をしています。

12日〜20日にかけてWard Hunt島にあるWard Hunt Lake(最大水深9.8m)と、海を挟んで南側に位置するエルズミア島北部にあるLake A(最大水深120m)をメインのターゲットにして生態系の調査を行いました。Ward Hunt Lakeへは基地から徒歩で、Lake AへはPSCPにチャーターしたヘリコプターによって直接湖氷上にアクセスしました。どちらの湖も湖岸帯は開氷していましたが、90%以上は安定した氷に覆われていたため、氷にアイスドリルで穴を開けて水中の環境測定(水温・電気伝導度・溶存酸素・光スペクトル・映像撮影)をし、湖底生物群集試料と湖水試料の採集を実施しました。また、Ward Hunt Lakeには1年間にわたって水中の環境(水温・クロロフィル・光・溶存酸素)を観測する係留システムを湖氷の下に設置しました。水中の光スペクトルデータと1年間の水中環境の連続データはこれまでに取られたことがなく、データを解析して水中環境の変動と生物との関係に迫るのが今から楽しみです。問題は1年後、氷の下から無事に回収できるかどうかですが、これはなんとしてでも見つけるしかない、としか言いようがありません。

Ward Hunt Lakeの氷は2008年まで解けたことがなかったのですが、2006年夏に厚さ4mだったのが2008年夏に厚さ3mになり、2011年夏には完全に消失しました。それ以降、夏にはWard Hunt Lakeの氷は薄くなり、冬でも2.5mほどにしか発達しなくなったようです。同じように、Lake Aの氷も2002年まで解けたことがなかったが、2003年夏には完全に消失したとのことでした。湖の中では陸上よりも格段に急激な環境の変化が起きています。湖水のダイナミクスを明らかにし、湖内の生物群集にどのような影響をもたらしているのかを知ることが大きな課題だと、現場の状況を見て肌で感じる調査となりました。

田邊 優貴子/国立極地研究所(テーマ6実施担当者)

図1:CEN (Center for Northern Studies)が保有する北緯53度〜83度にかけた8つの観測基地(最上部がWard Hunt島)

Ward Hunt島(写真左)とエルズミア島北部(背後)

Ward Hunt島のキャンプ地。アメリカとソ連の冷戦時代の遺物がいくつも残っていました

Ward Hunt Lake。湖の奥の海岸沿いに小さくポツポツと見えるのがキャンプ地

Ward Hunt Lake氷上での調査の様子

Ward Hunt島のベースキャンプのそばにたたずむホッキョクウサギ

エルズミア北部で満開に花を咲かせるホッキョクヤナギ

Ward Hunt島にCENが保有しているラボの前でチームのみんなと