2016年「みらい」北極航海が北極域研究推進プロジェクト(ArCS: Arctic Challenge for Sustainability)のもとに実施され、8月22日から10月5日までの45日間にわたり北部ベーリング海及び北極海を中心として大気-海洋から生態系に及ぶ総合的な観測が行われました。
2016年は北極海全体では衛星観測史上2番目の最小海氷面積を記録しましたが、チュクチ海北部にはバロー沖からロシア海域にかけて海氷が残り (図1、写真1)、当初の観測計画は変更、あるいは中止を余儀なくされました。しかしながら、ユニークな海洋環境や生態系が維持されている海域は、海氷・気象状況の許す限り重点的に観測を行いました。このような海域は、近年の温暖化や海氷減少に大きく影響され、海洋環境や生態系が変わりつつあります。
その代表的な場所がアラスカ・ホープ岬沖の海域です。この海域は生物の存在量や多様性が高く、生物学的ホットスポットと呼ばれています。生態系の底辺を支える植物プランクトンは、ベーリング海から供給される栄養塩により春季ブルームを引き起こします。そして、秋には海底に蓄積した有機物粒子から再生される栄養塩で秋季ブルームが維持されています。GRENE北極気候変動研究事業のもとに設置された係留系による観測から、ホープ岬沖の動物プランクトンの季節変動が明らかにされ、海鳥の季節移動と関係していることが示唆されました。また、ホープ岬沖の底層水は炭酸カルシウムの飽和度 (海洋酸性化の指標)が未飽和となり、炭酸カルシウムでてきている生物の殻が溶けうる環境になる時期があることが分かりました。人為起源二酸化炭素がさらに増えれば、その影響で炭酸カルシウムの殻をもつ生物がダメージを受ける期間が増加することも示唆されました。このようなユニークな海域のより詳しい調査のため、本航海では密な海洋観測 (写真2)や採泥観測 (写真3)、そして係留系の設置 (写真4)を行いました。
アラスカ・バロー岬沖も着目すべき海域です。この場所には太平洋からの暖水 (太平洋夏季水)などが流れ込んでくるため、係留系を設置して熱・淡水フラックスの変化をモニタリングする観測を続けています。また、チュクチ海の陸棚斜面及びカナダ海盆は、気象場の変化に伴う陸棚-海盆間の水塊交換とその生態系へのインパクトを理解するのに重要な海域です。このため、この海域を縦横に走るいくつかの観測ラインを設けました(図2)。このような重点海域の観測を含め、本航海では、海洋観測点数 148、採水点数 85、プランクトンネット点数 68、採泥点数 23、漂流ブイ投入数 2、係留系回収数 5、係留系設置数 8と多種多様な観測を実施しました (同図)。船長・アイスパイロットをはじめとする乗組員の方々の多大なる協力のもと、研究者・観測技術員の努力と奮闘により (写真5)、質の高いたくさんのデータを得ることができました。これらのデータをもとに、変わりゆく北極海の姿とその変化を引き起こすさまざまな要因を明らかにし、今後の気候変動研究に貢献する成果を挙げていきたいと思います。
西野 茂人・海洋研究開発機構(テーマ4実施担当者)
写真1:アラスカ・バロー岬沖 (71°25’N, 158°40’W)を航行する「みらい」の船首から望む海氷。
写真2:塩分・水温・深度センサー (CTD)と採水器による海洋観測の様子。
写真3:スミス・マッキンタイヤー採泥器 (S&M grab)により海底から採取された泥を処理している様子。
写真4:アラスカ・ホープ岬沖 (68°02’N, 168°50’W)に係留系を設置する作業風景。
2016年9月16日の海氷密接度を色で示す。データは米国海洋大気庁 (NOAA)より取得した。青線は「みらい」の航路を表す。
北部ベーリング海及び北極海における調査海域図 (左)とチュクチ海陸棚斜面からカナダ海盆にかけての拡大図 (右)。青丸は海洋観測点を表し、塩分・水温・深度観測・採水システム (CTD)や投げ込み式の塩分・水温・深度観測システム (XCTD)、プランクトンネット、採泥器 (S&M grab)、光学測器等による観測が行われた。赤丸は係留系、黄色三角はセジメントトラップの観測点を示す。また、ホープ岬沖とバロー岬沖では国際連携のもと密な海洋観測 (Distributed Biological Observatory)を実施した。
※本年度の「みらい」北極航海はArCSの一部として実施されています。航海の情報は「みらい北極航海ブログ」でもご覧いただけます。