ArCS 北極域研究推進プロジェクト

ArCS通信

北海道大学サステナビリティウィーク2016企画「グリーンランドをめぐる「音楽」・「冒険」・「サイエンス」 -北極域の持続可能な未来にむけて-」開催報告

グリーンランド(デンマーク自治領)は、環境変動と社会変化の結節点として、多くの注目を集めています。例えば、海水温の上昇や結氷期間の短縮といった気候変動現象は、陸・海棲哺乳動物や水産資源とともに生きる人たちの生活に、少なからぬ変容を迫っています。同時に、近年の環境変動が、石油や天然ガス、鉱物資源の商業的利用の可能性を高めたことによって、グリーンランド政治の中枢では、経済的自立と本国デンマークからの独立を示唆する政治家が台頭するようになりました。このように、今日のグリーンランドは、環境変動と社会変化が「交差する」場として認識され、それが全地球的に影響を与え得る可能性を秘めていることから、研究者だけでなくジャーナリストや冒険家を含め多くの人たちが関心を寄せる場となっています。

2016年11月7日(月)に北大総合博物館で開催された北海道大学サステナビリティウィーク2016企画「グリーンランドをめぐる「音楽」・「冒険」・「サイエンス」 -北極域の持続可能な未来にむけて-」は、まさにこうした現状をふまえ、分野を超えた協働のあり方を模索する中で実現したイベントでした。当日は、イベントをオーガナイズした杉山慎氏(北海道大学)から、北大の研究体制や現在進行中の北極域研究推進プロジェクト(ArCS)が紹介された後、このイベントが開催されるに至った経緯が示されました。つづく的場澄人氏(北海道大学)からは、グリーンランド氷床の質量変化とそれが地球環境に与える影響について、GRENE北極気候変動研究事業(2011年~2016年)およびSIGMAプロジェクト(2011年~2015年、現在は後継のプロジェクトが進行中)の成果を盛り込んだ発表がなされました。現地での滞在経験が豊富な的場氏は、そこに住まう人々との交流から見えてきた地球環境変動と社会(コミュニティ)変化のインタラクションに目を向けることの必要性も説きました。

イベント・タイトルが示す通り、今回のイベントは研究者だけで賄いきれるものではありません。そこで次に登壇したのは、冒険家として二度(2003年、2013年)にわたるグリーンランドでの冒険スキーの経験を有する立本明広氏(NORTE)と奈良亘氏(SappoLodge)でした。両氏は、冒険家の視点から今日のグリーンランドの自然景観を説明されました。同時に流された映像からは、ダイナミックな自然の中で滑降する両氏の勇姿を観ることもできました。両氏の軽妙な掛け合いと、言葉を超えた映像美とのコントラストが、フロアの関心を一手に集めることとなりました。

自然環境から政治・社会へ。次に登壇した高橋美野梨(北海道大学)からは、本国デンマークとの係わりを中心に、グリーンランドの来し方が説明されました。特にデンマークが推進した戦後の近代化政策は、教育、医療、インフラなどの面で、グリーンランドを急速に発展させましたが、短期的・画一的に進められた近代化は、「自分たちは何者なのか」といったグリーンランド・アイデンティティの喚起につながりました。例えば、1970年代にグリーンランド語で歌う初めてのミュージシャンとして音楽界に現れたロックバンド「スミ(Sume)」は、こうした政治・社会情勢に対して異議申し立てを行い、グリーンランドのグリーンランド化を唱えました。彼らのファーストアルバムのジャケットに、入植者であるノース人を殺害するイヌイットのスナップが使われていたことも、多くのグリーンランド人に衝撃を与えました。

そんなスミの影響を強く受ける(・・・スミの影響を受けていないグリーンランドのミュージシャンはいないとさえ言われている・・・)「ナヌーク(Nanook)」のフロントマン、クリスチャン&フレデリック・エルスナーの2人は、グリーンランドからはるばる来日したスペシャル・ゲストとして、イベントに登場しました。グリーンランド人の5人に1人が持っているという彼らのセカンドアルバム『Ai Ai』からの楽曲を含め、来場者は、極域の過酷な自然環境の中で育まれた楽曲に耳を傾けました。

登壇者全員によるパネルディスカッションでは、ナヌークの日本進出を手掛けた音楽プロダクション「THE MUSIC PLANT」の野崎洋子代表による通訳と杉山氏の進行で、登壇者各々が考えるサステナビリティやアイデンティティについて意見交換を行いました。興味深かったのは、ナヌークの2人がグリーンランド人としてグリーンランド語で歌うことの意義を、グリーンランド・アイデンティティと絡めて等身大の言葉で説明した直後、2人の会話がデンマーク語で展開されたということでした。これは、アイデンティティなるものが、単一ルーツからではなく、その複合性にこそ見出される必要があることをいみじくも示しています。もっとも、グリーンランド人という呼称自体が、イヌイットとデンマーク系住民とを含む制度的な呼称であるので、グリーンランド・アイデンティティはそもそもハイブリッドなものなのですが、グリーンランド語とデンマーク語が入り混じる光景を見るにつけ、「グリーンランド・アイデンティティ」や「グリーンランド化」なるものが一体何を意味し、どこを目指すものであるのか、考えさせられました。

会場には、平日の開催であったにもかかわらず、定員を超える沢山の方に来て頂き、多くの質問も頂きました。グリーンランドにおける環境変動と社会変化の実相を、フロアの方々と共有することができた大変意義深い時間となりました。

高橋 美野梨・北海道大学(テーマ7実施担当者)

ナヌークのフロントマン、クリスチャンとフレデリック・エルスナー

パネルディスカッションの一コマ

杉山氏によるイントロダクション

質疑応答