ArCS国際共同研究推進メニューのテーマ1では、海洋地球研究船「みらい」の北極航海(MR17-05)において、9月を中心に6時間毎のラジオゾンデ観測をチャクチ海で実施しました(図1、2)。この観測は世界気象機関(WMO)が実施する国際プロジェクトPPP(極域予測プロジェクト)の集中観測期間であるYOPP(極域予測年)の一環として行われ、取得したデータはリアルタイムでGTSと呼ばれる全球通信システムに通報されることにより、PPPが目指す、極域から中緯度の気象予測精度向上に資するものとなります。
航海中は、JAMSTECで運用中の高解像度雲解像モデル(NICAM:Non-hydrostatic Icosahedral Atmospheric Mode)による予報支援も行われ、雲・降水過程の解明とNICAMの改良に資する観測データの取得を目指しました。NICAMは全球の雲を直接表現することができる超高解像の大気大循環モデルで、北極用にチューニングの必要はあるものの、いくつかの気象現象に関しては精度良く予報できる感触を得ました。
航海23日目の9月13日、発達する低気圧(図3)に伴う降水帯がドップラーレーダー(※1)で探知されるとともに(図4)、海上風が毎秒20メートルに達しました(図5)。このイベントはNICAMでは2日前から予報できており(図6)、NICAMのパフォーマンスの高さを示しています。
また、9月5日から11日にかけては、カリブ海から北米南部にかけてハリケーン・イルマが襲来しましたが、この時期の対流圏上層の大気循環場は、アラスカ北部から北米南部にかけて深い気圧の谷が存在していました。この時、「みらい」でのラジオゾンデ観測を含むYOPPの観測データがハリケーン予測に貢献していた可能性があります。ハリケーン中央部で投下された多数のドロップゾンデと「みらい」によるラジオゾンデ観測がどの程度効果的だったのかを調べられる好事例となる見込みです(図7)。
今後はJAMSTECのアンサンブルデータ同化システムALEDAS2を利用し、上記のふたつの事例などを中心に、観測データの予報における影響を調査する予定です。
猪上淳/国立極地研究所(テーマ1実施責任者)
※1 「みらい」のドップラーレーダー:以下のURL参照
http://arctic-climate.com/doppler-radar
※2 初期場:数値気象予報モデルに気温・気圧・湿度・風向・風速などのデータを入力して作り出す、物理的パラメータの空間的分布状態のこと
図2:「みらい」北極航海の航跡とラジオゾンデ観測を行った地点
図3:AVHRR(改良型高分解能放射計)による、9月13日に発達した低気圧の画像
図5:「みらい」で取得した気象データの時系列。9月13日の低気圧の通過により、海上風が毎秒20メートルにも達していたことが分かる(図三段目)
図7:ECMWF(ヨーロッパ中期予報センター)で利用された、9月9日の高層気象観測点データ
図8:PPP/YOPPで提供しているYOPP Observations Layer。みらいのラジオゾンデ観測点が既に可視化されている