今日、北極域で起きていることと、地球の温暖化現象との間に見いだされる関連性について、科学者の間で強い危機感が持たれる一方で、一般においては懐疑的な見方が広がっていることは、否定できません。「地球温暖化はウソ」という主張が、科学的な論証を覆すものではないとしても、科学者は温暖化の側面ばかりを強調しすぎではないかという意見が根強くあるようです。世界の超大国で、「不都合な真実」が隠されているというかつての指摘が、温暖化を論じる者にとって都合のよい真実ばかり表に出されているという指摘の反撃を受けているのをみると、一般に地球温暖化の議論に対して抱かれる不信感を完全にぬぐい去ることは、不可能なようにも思えます。このような中で、ArCSに携わる研究者が一般市民に対して果たすべき使命の一つとしてあげられるのは、北極域の今をできるだけ多方面から解説する努力を重ねることでしょう。
一方、ロシアが北極海に面してもっとも長い海岸線を持つ国であり、北極域の政治、経済、国際関係のいずれの分野においても重要なアクターであることは、言うまでもありません。その広大な領土には、北極の国際的な共同研究の拠点となる観測基地があり、研究者レベルでの協力が欠かせないものとなっています。このような中で、ロシアの北極域について、まず広く一般の認識を深めることが求められています。 今年5月に北海道大学を会場として、一般市民を対象に7回にわたって行われた公開講座「ロシアと北極のフロンティア:開発の可能性と課題」は、以上のような要請に裏付けられる形で開催されました。この時期の公開講座は、北海道大学スラブ・ユーラシア研究センターが1986年以降、札幌市教育委員会との共催で行ってきた恒例行事で、スラブ・ユーラシア地域に関する研究成果を一般市民に還元することを目的とするものです。7回の各講義内容は、ロシア北極圏の経済開発、ロシア北極圏の自然、北極海航路、シベリア先住民の言語、先住民主体の政治外交、先住民の生業、シベリア牧畜民の経営形態となっています。その大半においてArCSのメンバーが講師を務めました。 全部で74名の登録があり、ほとんどの方が毎回の講義に参加されました。プログラムを通じて、北極域という舞台で起きていることが、受講生の方々により身近に感じられ、自分たちの日常世界と深い関わりを持つということを、少しでも感じていただけたことを願います。
後藤 正憲(北海道大学/テーマ7実施担当者)