ArCS 北極域研究推進プロジェクト

ArCS通信

数値モデルの観点から北極域を科学する―モデル間比較プロジェクトへの参加―

数値モデルの観点から研究に取り組む利点を1つあげるなら、それは現象の支配メカニズムの理解にあると思います。特に北極のような大気、海洋、海氷が共存する複雑な領域において、どのプロセスがどのように大事であるかといったことを理解するには大きな助けとなります。例えば、海洋や海氷が時間変化しない場合、北極域の低気圧はどのように振る舞うか、といったやや空想的ともいえる問いに対しても物理法則に従った答えを用意することができるわけです。しかし、それにはモデルがうまく現実の世界を再現できている必要があります。また、モデルには各モデル固有の特性があります。例えば、地表面温度が現実に比べ高めに出やすいモデルを使用すると、陸上の雪は過小に表現されます。仮に、この結果が現実的な雪の積雪量とうまく対応していても、それは偶然でしかないわけです。モデルのもつ特性を認識しつつ、モデルがうまく現実をとらえていることを確認することが、数値モデル研究の第一歩目です。しかし、北極域はデータの入手すら困難で、これらの評価を行うことが容易ではありません。数値モデルの観点から北極域を科学することの難しさは、第一歩目からあるわけです。

近年、北欧などを中心とする研究グループは各研究機関が持つモデルの評価に精力的に取り組んでいます。この極域モデル間比較プロジェクト (Polar CORDEX)では、各モデルのシミュレーションの対象として実際に北極域で行われた観測をとりあげ、それぞれのモデルの特性だけでなく、共通の問題点の把握にも努めています。2018年10月17日~19日にかけてポーランドのワルシャワで開かれたこの会議は、昨年に比べ参加者も増えており、また研究の対象も北極だけでなく南極も含まれるようになりました。日本からの参加者は著者だけと寂しいものでしたが、会議自体は大きな盛り上がりを見せました。議論された数値モデルの問題点は、同時に観測の必要性を示していました。 

テーマ5で我々が開発・運用している数値モデルNICOCOは、こうしたモデル研究グループとの連携、そして現地の観測データ無しでは大きな飛躍は望めません。我々は、強い低気圧に伴い、数日で北海道なみの面積の氷が融解してしまった、2012年の事例のシミュレーションにも挑戦しています。海氷がなくなったことで大気はどのように応答するのか? 我々は数値モデルの観点から北極域の研究にブレークスルーをもたらしたいと日々奮闘しています。

久保川 陽呂鎮(東京大学/テーマ5実施担当者)


会議が開かれた会場 (the Institute of Geophysics Polish Academy of Sciences (IG PAS) in Warsaw, Poland)


参加者