ArCS 北極域研究推進プロジェクト

ArCS通信

冬季ユーラシア大陸中緯度域における寒冷化の要因分析

地球温暖化が進行中にも関わらず、北半球中緯度域の特にユーラシア大陸中央部では近年寒冬が頻発しています(図1a)。北極海の海氷減少(図1b)による中緯度大気への遠隔影響がユーラシアの寒冷化の原因であることが指摘されていますが、観測データを基にした解析や数値モデルによる実験結果の間で結論が異なり、その反直観的な影響の妥当性が議論になっていました。

今月ネイチャー・クライメイトチェンジ誌で発表された新しい研究は、この難しい問題の解決に取り組んでいます。研究間の矛盾の原因を明らかにし、異なる推定結果を調和させるために、著者らは、観察データと7つの大気大循環モデルによる大規模アンサンブルシミュレーションとを統合的に解析しました。この新しい解析手法は、観測データとシミュレーションに共通に含まれる大気応答を抽出することを可能にします。その結果、モデルはバレンツ・カラ海の海氷減少に対する地表気温の応答の空間構造(ユーラシアで低温)をよく再現するものの、その振幅を過小評価していることが明らかになりました。この海氷減少に起因する大気応答の過小評価の程度がモデル間で異なるために、S/N比(信号対雑音比、注)もモデル間で異なります。このことは、実験設定や解析手法を注意深く選ばない限り、海氷の影響が他の要因によって容易に覆い隠されてしまうことを意味し、研究間で結論が異なる潜在的な要因だと考えられます。このモデルのエラーを補正した結果、ユーラシア大陸中央部における最近20年間(1995-2014年)の寒冷化の約44%がバレンツ・カラ海での海氷減少に起因することがわかりました。もし海氷の減少が人為起源の気候変動の現れだとすると、近年ユーラシア大陸中央部で頻発している寒冬のある部分は人為起源の温室効果ガスの増加によってもたらされていることになります。 

本研究成果は、人為起源の気候変化に伴う顕著現象の変化の推定をより確かなものにする上で、また今後の気候変化予測やそれを反映する政策決定などに非常に重要な示唆を与えるものです。

これらの成果は、2019年1月14日付でNature Climate Change(ネイチャー・クライメイトチェンジ)誌オンライン版に掲載されました。

The article “A reconciled estimate of the influence of Arctic sea-ice loss on recent Eurasian cooling” is published in Nature Climate Change at doi: 10.1038/s41558-018-0379-3 . 

森 正人(東京大学/テーマ5実施担当者)



注: S/N比(信号対雑音比)

気象力学の分野では一般的に「全分散(シグナル+ノイズ)に対するアンサンブル平均の分散(シグナル)の割合」を指しますが、この研究では、地表気温の「全分散に対する海氷駆動の分散の割合」を指します。



図1:観測された冬(12-2月)平均場の1980-2014年における長期変化傾向(線形トレンド)の分布。(a)地表気温(℃)、(b)地表気圧(hPa:ヘクトパスカル)、ならびに(c)海氷密接度(%)。10年あたりの変化量を示しています。a-bで点描は90%水準で統計的に有意な領域を表します。cでは95%水準で統計的に有意な領域のみ図示しています。(a)の図中の黒枠で囲まれた領域は本文中で「ユーラシア大陸中央部」と参照される領域を、また(c)の図中の黒枠で囲まれた領域は、本文中で「バレンツ・カラ海」と参照される領域を表しています。