ArCS 北極域研究推進プロジェクト

ArCS通信

2019年度若手研究者海外派遣報告:アラスカでの海氷観測とアラスカ大学でのデータ解析

5月18日から6月1日まで、ArCS若手研究者海外派遣支援事業の下でアラスカへ行ってきました。本派遣の研究目的は海氷の消長に伴う海洋の物質循環と生態系の関係を明らかにすることです。海氷は栄養分などの物質を豊富に含んでいます。春や夏に海氷が融け、それらが海に供給されると、植物プランクトンの増殖などに大きく影響する可能性があります。しかし、海氷から海洋への物質供給と海洋の生物生産との関係は、まだ良くわかっていません。また、海氷に含まれる栄養分についても未知の部分が多くあります。栄養分の起源は海底の堆積物と考えられていますが、これらが「いつ・どこで・どのようにして」海氷に取り込まれるのかは全く理解されていません。私の研究ではこれらを明らかにしたいのです。

派遣期間の前半はアラスカ最北端のUtqiaġvik周辺域で海氷の観測を行いました。この周辺のチュクチ海やエルソンラグーンでは冬から春にかけて安定した定着氷が形成されます。定着氷には冬季の氷の成長が記録されています。なので、この氷の構造と含有物を分析することで、何が・どうやって海氷に取り込まれたのかを推定できます。そこで、定着氷コアを採取して、それを分析しようというわけです。観測はアラスカ大学などの国際チームと共同で行い、定着氷の観測点へはスノーモービルでアクセスしました。海氷上には自分の背より高いリッヂ(海氷が乗り重なった部分)があったり、ホッキョクグマが出現したりと、北極の大自然の力強さを感じました。今回の観測では5箇所で海氷を採取し、海氷の塩分や温度も測定しました。他の時間を要する分析は日本で行います。今回採取した海氷には堆積物の層が見られ、分析がとても楽しみです。

派遣期間の後半はアラスカ大学フェアバンクス校に滞在し、既存の海氷観測のデータを解析しました。例えば、海氷レーダーのデータを解析すると、定着氷がいつ、どのように形成されたかが推定できます。また、係留観測という水中に観測機器を設置する観測で得られたデータと、海氷レーダーのデータを組み合わせると、海氷の挙動と植物プランクトンの増殖との関係を調べることができます。滞在期間では初期的な解析を行い、とても良い結果が得られました。今後、海氷サンプルの分析とレーダーや係留系の観測結果を組み合わせて、海氷が極域海洋の物質循環と生態系に果たす役割の解明を目指します。

伊藤 優人(北海道大学)


Utqiaġvikでの海氷観測のメンバー


定着氷縁での海氷のリッヂの様子