ArCS 北極域研究推進プロジェクト

ArCS通信

2017年のEGRIPでの深層掘削

2017年のEGRIPキャンプでの活動は8月24日に無事終了し、すべての参加者が帰国の途につきました(これまでの報告はこちら:2016年2017年)。アイスコアは約890 mまで掘削され、これより深い部分の掘削は来年再開されます。

今年は(1)掘削孔へのケーシングの取り付け、(2)新手法を用いた掘削孔の傾斜修正そして(3)氷が割れやすいブリットルゾーン突入と深層掘削にとっては非常に重要な年であったと考えています。少し専門的な内容になりますが、これらの内容について簡単に説明させて頂きます。

(1)氷床の氷は降り積もった雪の粒子同士が互いに結合し、上に積もった雪の重みを受けてできたものです。氷床の上部約~100 mまではフィルンと呼ばれる雪と氷の間の状態であり、通気・通液性を持っています。一方、氷を掘削すると、その掘削孔は周囲の氷の圧力によって閉じようとします。これを抑制し、より深部の掘削を続けるため、氷と密度が同じくらいの液体(液封液)を掘削孔に入れて掘削が行われます。ケーシングはフィルン層で液封液が掘削孔から外に流れ出さないようにするパイプのことで、深層掘削には欠かせないものです。掘削孔にぴったり合う大きさのパイプをフィルンが完全に氷になる深さまで取り付けるのは大変な作業ですが、取り付け状態が悪いと液封液が漏れ出し、掘削を続けるのが困難になります。掘削場所のフィルン層の深さから、今回は約60 mのケーシングが細心の注意ともに取り付けられ、液封液を使った深層掘削が開始されました。

(2)掘削を行う上で常に課題となるのが、掘削孔の傾斜です。ドリルのバランスがわずかでも崩れると傾きが生じ、一度傾くとさらに大きく傾きやすくなります。この傾斜を防ぐために様々な試みがなされてきましたが、今回のEGRIPでの掘削では、ドリルの外側にバネを取り付ける新たな手法が行われました(写真はこちら:EGRIPホームページ)。掘削孔の傾いている方向に対してバネを向け、そのバネが孔の壁を押すことでドリルの傾斜を修正します。手法の導入にはいくつかの失敗もありましたが、最大約6度あった傾斜は現在約3度に減少しており、この新手法の効果が大きいことが伺えます。

(3)雪が押し固められて氷になるとき、同時に空気が気泡として氷に取り込まれます。この成分を解析することで過去の気候の状態を予測することができます。一方、気泡は深部ほど圧力が高く、掘削して地上まで取り出すことで急激に膨張するため、アイスコアは非常に割れやすい状態になっています。氷が割れやすいこの深度域をブリットルゾーンと呼びます。今回のEGRIPでの掘削では、この氷の割れをできるだけ抑えるため、最適なドリルの選定や掘削オペレーションが行われました。さらにこのEGRIPから始まった新たな試みが氷の冷却です。掘削場の気温はシーズン中およそ-20~-10℃でしたが、より低温の-30℃の冷凍室が掘削場の横に設置されました。氷内部の気泡の急激な膨張を防ぐため、掘削して取り出されたアイスコアはまずこの冷凍室で冷却されました。このブリットルゾーンの氷は来年まで地下(雪中)の貯蔵室で保管し、気泡の圧力をさらに開放した後に解析が行われます。

私は約2ヶ月半の間、自らの担当であるアイスコアの物理解析と積雪・エアロゾル採集と並行して、深層掘削の進捗を身近で見て学ぶことができました。今回、初めて掘削現場を目の当たりにして、この掘削技術には巨大な氷床を掘り抜くための人間の知恵が凝縮されているものだと改めて感じました。特に今年はいくつかの新たな試みが行われ、来年以降もこれらの試みがこれまでよりさらに良質の氷を得ることにつながることを期待しています。

繁山 航(総合研究大学院大学/テーマ2研究協力者)

※事務局注:この記事は2017年9月に書かれたものです。


ケーシング(川村賢二准教授(国立極地研究所)撮影)


保管中のアイスコア(報告者撮影)


ドリラーたちの会話(マティアス・ヒュター氏(アルフレッド・ウェゲナー極地海洋研究所、ドイツ)と中澤文男助教(国立極地研究所))(報告者撮影)


EGRIPキャンプの夕暮れ(日は8月中旬から沈み始めた。報告者撮影)


キャンプを照らす幻日(報告者撮影)