ArCS 北極域研究推進プロジェクト

ArCS通信

気象予報センターと野外観測に関わる研究者の情報交換

野外観測を実施する研究者にとって、天気予報は計画の立案・実施および安全対策を考慮するのに必要不可欠な情報です。しかし、気象予報センター(プロバイダー)から提供される情報は常に不確実性を伴うため、ユーザー側はそれを理解した上で活用する必要があります。一方、ユーザー側は予報に必要な観測データを気象センターに提供することで、数値予報の初期値とモデルの精緻化と予報の不確実性の低減に貢献しています。このようにプロバイダーとユーザーは相補的な関係にありますが、ユーザー個人レベルではプロバイダーに効果的に情報を伝達できていなかったのが実情です。

2019年6月10-13日に、イギリスのレディング市にあるヨーロッパ中期予報センター(ECMWF)(※英語ページ)にて、上記の問題を解決するべく「Workshop: Observational campaigns for better weather forecasts」が開催されました。テーマ1の実施責任者は、昨年度の「みらい」北極航海にてECMWFの高解像度予報を利用した経緯から、このワークショップに招待され口頭発表を行いました。また、テーマ1の3名の研究者もポスター発表を行い、活発な議論を行ってきました。参加者は約80名で、日本からの参加はArCS以外の研究者も含め8名でした。

WSの構成は、数値モデルと観測の相互関係、データ同化を通じた予測可能性、雲システム、熱帯低気圧、温帯低気圧、極域プロセス、成層圏、山岳、重力波、新観測システムなど、全球気象予報に必要な要素に関しての口頭発表が網羅的に行われました。また、2日目以降は口頭発表の他に、WGに分かれてプロバイダーおよびユーザーのそれぞれ抱える問題点を整理し、どのように予報情報を向上させることができるかについて議論が行われました。最終日は「User voice corner」として、データの取得や、必要な変数などの要望を集める場も設けられました。

ArCSテーマ1では昨年の「みらい」北極航海で発覚した、ECMWFの海氷密接度予報における海氷縁での負のバイアスと気温の高温バイアスについて、口頭およびポスター発表で指摘しました。その結果、ECMWFの海氷モデルの担当者が直接私たちと対話することが実現し、データ同化システムで使用する衛星海氷プロダクトをSSMISからAMSR2に入れ替える実験を進めることになりました。「みらい」による気象・海洋観測の結果が現業予報のシステムを改善させるきっかけを与えたことは、ArCSの研究成果を適切な形でステークホルダーへ情報伝達できた成功例と言えるのではないでしょうか?

WGでの議論のアウトカムとしては、上記のような予報バイアスの情報共有、プロバイダー側内部で保有している不具合情報の公開、野外観測スケジュールの見える化、数値モデルの各物理過程の担当者のリストアップ、野外観測データのリポジトリ化やデータジャーナルへの投稿、など多くの提案がなされました。今回はECMWFの研究者が多数参加しており、直接問題点を共有できた点において非常に有意義なWSでした。数値予報の検証では解析値を正解とすることが多いですが、今回の「みらい」の事例も含め、詳細な、または大規模な野外観測によってのみ明らかになる数値モデルの不確実性や不完全性が多くあることを再認識する良い機会となりました。また、世界最高の予報精度を維持するECMWFが観測に携わる研究者をも巻き込んで、数値予報モデルの持続的な開発をしようとする貪欲な姿勢が印象的でした。

猪上淳(国立極地研究所/テーマ1実施責任者)
山上晃央(筑波大学/テーマ1実施担当者)


テーマ1の実施責任者の猪上淳氏のプレゼンテーションの様子


WGでの議論の様子(ECMWF twitterより)


WSに参加した野外観測キャンペーン(Florian Pappenberger氏のスライドより)


集合写真(ECMWFのウェブサイトより)